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12話 闘技会・前編

 ほどなく一回戦が始まった。

 今日行われる試合は全て一対一の勝ち抜き戦である。

 優勝するためには都合四勝が必要な計算になるが、その一勝目は開始二秒で俺の手にあった。


 円形の闘技場。

 俺と対戦者をぐるりと囲んでいる観客は、一様に驚愕で目を見開いている。


 それもそのはず。

 魔物使いと紹介されたはずの少年が、その倍も背丈のある大男を開始するや否や投げ飛ばしたのだ。


 ベルトと胸倉を掴まれた大男は地面と平行にすっ飛んで行き、そのまま壁へと激突した。

 石造りの壁が崩れ、頭から血を流して動かなくなった大男。

 審判までもが唖然とするなか、スー子がトドメの突撃を繰り返している。


「し、勝者! リク!」


 戸惑い気味の声が高らかに俺の勝利を宣言すると、観客の驚愕は大歓声へと変わった。


「「「うおぉぉぉぉっ!!」」」


 凄ぇぞとか格好良いぞとか当たり前なことを口々にし、俺を褒め称える。

 うむ。

 まぁ悪くない。

 前世では褒められることはあまりなかったからな。

 存分に褒め称えるが良い。


 気の済むまで観客に手を振って応えた俺は、気持ちよく入場ゲートに戻った。

 そこには俺の嫁になる女。

 イスリアがいた。


「凄いわね。正直驚いたわ」


 他人行儀な口調は止めたが再びフルフェイスの兜を被っているので、せっかくの美声もくぐもってしまっているではないか。

 あれだけの美人だというのに、とんだ恥ずかしがり屋さんめ。


「口だけではなかっただろう? 当然、あの約束も口だけではないぞ?」

「えぇ、分かっているわ」


 それだけ言うと、イスリアの体から闘気が漲るのが分かった。

 ほぅ。

 女だてらに、なかなか大した闘気ではないか。


 その容姿以外にも俄然興味が沸いた俺は、このままイスリアの戦いを見届けることにした。


 彼女の相手は槍使い。

 フットワークも軽そうで、トントンとリズムを刻んで横移動を繰り返している。

 あの速度から繰り出される槍捌きはやっかいだろうと、戦闘経験の多い俺ですら思う。


 ――が。


 その槍使いが右から左へ飛んだ瞬間。

 わずかに高く飛んだのを見逃さず、イスリアは踏み込んだ。

 いや、踏み込んだと思ったらもう勝負はついていた。


 槍をかち上げ、着地する寸前の足を払い、倒れた男の首元を剣で制する。

 流れるような美しい動きだった。


 正直な話、猫の動体視力をもってしてもギリギリ捕らえられるほどの速度に驚きを禁じえない。

 俺と同様の反応を返す観客と勝ち名乗りを背に受けながら、イスリアは軽やかに帰ってきた。


「どうだった?」

「やるじゃないか」


 先の戦いで俺を強者と認めていたイスリアは、その賞賛を嬉しそうに受け取った。

 そして俺は焦っていた。


 こんな戦いに向いていなさそうな女があれだけ強いのだ。

 最初の対戦相手が弱すぎただけで、実は他の奴等も強者ばかりなのではないか? と。


 もっともそれは杞憂に終わった。

 次の対戦相手、優勝候補筆頭と目される男。

 流剣のオピアット君が、まったくもって雑魚だったからだ。


 そこそこ有名人らしい彼は、大歓声で観客に出迎えられる。

 その八割程度が女性客の黄色い声援だ。


 爽やかな笑顔で髪を振り乱し、声援に応えるオピアット。

 控えめに言ってぶち殺したい。


 あぁ、別にこれは醜い嫉妬とかじゃないぞ?

 戦いの場に赴くのに、あんなチャラついた髪形と態度が許せないだけだ。

 俺は戦いには真摯に向き合う男だからな。


 なので、開始の合図とともに顔面にパンチ。

 まずはその鼻っ柱を折らせて頂いた。

 大分手加減したので意識は飛んでいないが、盛大に鼻血を撒き散らすオピアット。

 その顔から先ほどまでの余裕は消し飛んでいた。


「このガキ! ぶち殺してやる!」


 いいね、いい。

 実にいいよその顔。

 俺はそういう顔が見たかったんだ。


 怒りに任せ、二つ名の流剣とやらを繰り出してくるオピアット。

 少し間合いの外から、縦斬り、横斬り、袈裟斬り、逆袈裟と、体を回転させながら次々に斬撃を繰り出している。

 まるで竜巻だが、その動きは遅いし軽い。

 俺は実力差を教え込むようにゆっくりとその暴風圏に侵入し、袈裟に飛んできた剣を指二本で受け止めてやる。


「はぁ!?」


 信じられないといった表情のオピアット。

 その横っ面をひっ叩き、吹き飛ぶ前に逆からもひっ叩く。

 往復ビンタである。


 何往復しただろうか。

 吹き飛ぶことも許されない彼の顔が倍ほどに腫れあがった頃、ようやく俺はオピアットを解放してやった。

 女性達から聞こえていた黄色い歓声が、悲鳴に変わっている。

 今日で何割かのファンが減ったことだろう。

 残念だったなオピアット君。


「勝者、リク!」


 困惑と歓声を背に、俺はイスリアの下へむかう。

 彼女はこの試合も見ていたようだ。


「あれはやりすぎよ?」


 イスリアもオピアットのファンだった……ということはないだろうが、その声音には幾分こちらを責める色が混ざっている。

 これはしくったか?

 ここで彼女の心象を悪くするのは愚策である。


「イスリア、君も戦士だろう? 戦場で情けは自分の死に直結するぞ」


 言い訳のように出た言葉。

 だが、思ったよりは効いたようだ。


「そ、そうね……。ごめん。私はまだ心構えが甘かったのかもしれない」


 納得したようである。

 危なかった。

 次からは気をつけることにしよう。


 ともあれ次は準決勝。

 この二戦で分かったが、俺の力はすでにかなりの高みにあるようである。

 もちろん前世とは比べるまでもないのだが、この程度の大会なら優勝するのもわけはないだろう。


 通路の壁にもたれかかって、ボケッとイスリアの後姿を眺める。

 重そうな鎧兜を装備しているが、それを感じさせない軽やかなステップ。

 あの戦闘スタイルならば、軽装備のほうが良いのではないだろうか?


 そんな感想を抱いている間にも、イスリアは勝利を決めていた。

 どうやら俺と彼女だけ、この大会では別格の存在らしい。

 またも会場がどよめいている。


「おかえり」


 入場ゲートまで戻ってきたイスリアに声をかける。


「ただいま、リク」


 今の会話は凄く良い。

 近い未来を想像させるようで。


「この分だと、決勝戦は私とリクになりそうね」


 彼女は手応えのなさにがっかりしているのだろうか。

 少し落胆しているようにも聞こえた。


「決勝は退屈させないさ」

「楽しみにしてるわよ?」


 無骨な兜越しでもわかる柔らかさで、イスリアは笑った。


 さて。

 彼女を退屈させないためにも、ちゃちゃっと決勝行きを決めさせてもらうとしようか。


 闘技場の中央では、すでに対戦者が待ち構えている。

 ローブを纏った魔術師だろうか?

 軽く捻ってやるかと、俺は足取り軽く進み出るのであった。


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