11話 イスリア
昨日とはうってかわって人でごった返している闘技会場。
一般観客とは違い、参加者専用のゲートをくぐるのは若干の優越感を俺に与えてくれる。
これから俺が戦うんだぞ。
お前等一般人は、その勇姿を褒め称えるためにそこにいるんだぞと。
もっともゲートをくぐり抜けた先の通路は、一般観客用とは違い無骨の極み。
飾り気のない石造り打ちっぱなしの細い通路を進み、参加者用の控え室へと案内された。
「おいおい! ここは託児所じゃねぇぞ?」
部屋に入った瞬間、そんな言葉をぶつけられる。
なんだ。
俺専用ではないのか。
案内された控え室には、俺以外に二人の参加者がいたのだ。
一人は今、俺に対して無礼千万なことをほざいたムキムキマッチョ。
そしてもう一人は我関せずといった戦士風の男だ。
「最初にこのガキとあたる奴は幸運だな! 不戦勝みてぇなもんじゃねぇか!」
こういう人間はどこにでもいる。
前世でも、自分の力を過信して挑みかかってくる馬鹿は山ほどいたのだ。
モン娘二体の力を得ている俺。
あれから実戦は経験していないが、それでもこんなマッチョ君程度に劣るとは到底思えない。
少し身の程というものを弁えさせてやるか。
「お前の相手も幸運だな。なにせ本当に不戦勝になるんだから」
一瞬何を言われたのか理解出来なかったマッチョだったが、その意味が分かると顔を赤くして詰め寄ってきた。
ウォームアップでもしていたのか、汗臭い風がむわっと漂う。
臭い。
「おいガキ! 魔物使いみてぇだけど、あんま舐めた口きくと――」
「きくと?」
こちらの胸倉を掴もうとしていた手を、逆に掴んで握り潰してやる。
「がぁぁぁッ! 離せッ!」
とたん痛みに絶叫し、引き離そうと俺の腕を掴みながら男は膝をついた。
俺の指が筋肉質な腕に食い込む。
予想以上に俺の筋力は上がっているようだ。
もうほんの少し力を込めれば、容易くこの腕をへし折ることが出来るだろう。
「分かった! 分かったから離してくれ!」
なにが分かったというのだろうか。
涙目で懇願するマッチョ君。
だが知っている。
こういう手合いは反省しただろうと許してやった途端に、手の平を返して攻撃してくるものなのだ。
きっと脳みそまで筋肉で出来ているんじゃないだろうか。
なので
「嫌だね」
問答無用で、俺はもう少し力を込めてやった。
ボグッと筋肉の中で不快な音が聞こえ、直後にマッチョ君が絶叫した。
「ぐあぁぁぁぁッ!! 折ったッ! 折りやがったッ!!」
そうして手を離してやると、折られた腕を大事そうに抱えながら男は床を転がる。
そんなに大事なら差し出してこなければ良いものを。
まぁ痛みに叫び怨嗟の声をあげながらも、こちらを睨みつける瞳に力が失われていないことは賞賛しよう。
馬鹿だけど。
男はよろよろと立ち上がると、今度は足を差し出してきた。
相手からすれば必殺の回し蹴りなのかもしれないが、猫の動体視力を得ている俺には折って下さいと差し出されたようにしか見えない。
なので、遠慮なく折ってさしあげる。
「んがぁぁぁッ!!」
足まで折られて立ち上がれなくなったマッチョ君は、口から泡を吐きつつ再度転がった。
惨めにのた打ち回る男を冷めた目で見下ろし、俺は
「行け! スー子!」
とスー子を突撃させた。
良く分からないながらも転がるマッチョ君の腹にぶつかっていくスー子。
これは必要なことなのだよ。
なぜならここにはもう一人。
完全に顔を覆った兜をつけているので表情は見えないが、戦士風の男がいるのだ。
ゆえに俺は、魔物使いとしての体裁を整えておかねばならない。
剣は置いてきたが、魔物を使わず素手でマッチョ君を圧倒したとあっては『本当に魔物使いか?』と疑われてしまうからな。
我ながら演技派である。
スライムの強さに戦いたのだろうか?
俺を止めようと立ち上がっていた戦士風の男は、スー子の活躍にポカーンとしていた。
そこに男の絶叫を聞きつけたのだろう。
ドタドタと運営委員達がやって来た。
「どうしました!」
だが部屋に入ってくるなり、こちらもポカーンとした顔になる。
手足を折られて転がるマッチョの上で、スライムがぽよんぽよん跳ねているのだ。
信じられない光景を見たという表情で、運営委員が尋ねてきた。
「えぇと、あのスライムは君が?」
「あぁそうだ」
「そ、そう。強いんだね、君のスライム」
どうやらマッチョ君は、今大会で優勝候補に名を連ねる人物だったらしい。
それがただのスライムに倒されていたので、驚愕したというわけだ。
「でも本番前に私闘は困るんだよ」
いかん!
失格になってしまうのではないか?
どうしても魔力増強ドリンク改が欲しい俺は焦ってしまう。
こんなつまらないことで失格など、馬鹿馬鹿しいにも程があるのだ。
そこに、我に返った戦士風の男が助け船を出してくれた。
いや、男だと思っていたが声からすると女のようだ。
「先に手を出したのはそちらの男です。少しやりすぎな気もしますが、この少年は悪くありません」
運営委員達の視線が、しばし俺とスー子とマッチョ君を行き来する。
だがやがてそういうことならと頷きあい、倒れているマッチョ君を運び出して行った。
どうやら俺にお咎めはないらしい。
当然だがな。
さりとて助けられたことは事実。
常識人の俺は、戦士風の女性に礼を述べることにした。
「ありがとう。助かった」
「いえ、本当のことですから」
「人と話す時は兜をとれ」
まったく常識のない女だ。
普通会話をする時は、兜を取って顔をみせるものだろう?
にも関わらず、指摘されてもなお兜を取ることを躊躇う女。
そんなに不細工なのだろうか?
声からして綺麗系の若い女を想像したのだが、早まったか?
「わ、分かりました。非礼を詫びます。
ただ、顔を見てもあまり騒がないでいただけますか?」
騒ぐ?
超絶不細工か超絶美人か、どちらかということか?
前者だったら見なかったことにしようと心に決め、俺は頷いた。
それを見て、観念したように女は兜をとる。
ふぁさっと音を立てそうなほど、美しく黄金色の髪が宙を舞った。
無骨な兜の中から現れたのは、キリッとした細い眉、海より深い真っ青な瞳。
そして小さな小鼻の下には、白い肌と対象的な真紅の唇が不安そうに固く結ばれている。
ようするに美人。
超絶という枕詞をつけても文句が出なさそうな美人である。
まだいくらかあどけなさが残るところをみると、歳の頃は十五、六といったところか。
「お名前をうかがっても?」
なので当然ながら口説く。
美人を見たら口説けというのは、俺の中で絶対の掟なのだ。
その言葉に女は「え?」と驚く。
名前を聞かれたことがないのか?
この大陸の男達は見る目がないんだな。
「え、えぇと、イスリア。そう、イスリアです」
今度は俺が驚く番だった。
イスリア。イスリアだと!?
それはあの銀髪。
俺の魂をこんなひ弱な体に転生させた張本人の名前である。
「あ、あの、何か……?」
ただならぬ俺の気配に戦き、イスリアが恐る恐る声をかけてきた。
いかん。
殺気が駄々漏れになっていたようだ。
俺は気を取り直して、あんな銀髪とは似ても似つかない可憐な方のイスリアに正対する。
「いや、名前に心当たりがあったもので。失礼。
俺はリク。今度一緒に食事でもどうだ?」
「ふふ。ませていらっしゃるんですね」
軽く流された。
だが怯まない。
俺は諦めの悪い男なのだ。
「イスリアとそんなに違わないだろう? 確かにまだ成人はしていないが」
緊張が解けたのか、ふふっとイスリアが柔らかく笑う。
まるで花が咲いたかのように空気が和らぎ、場が暖かさに包まれる。
ただの美人じゃあない。
これは本気で欲しい。
「そうですね。では、もう少しリクさんが大人になってからなら」
「リクで良い。敬語も不要だし特別に呼び捨てることも許してやる。
なので大人になってからではなく、今すぐ一緒に大人になろう」
冗談だと受け取っているようで、なおも柔らかい笑みをたたえるイスリア。
子供の自分が恨めしい。
「じゃあこうしましょうか。今日の大会でリクが優勝出来たら、その時は――」
「分かった。約束だぞ」
食い気味に答える。
『その時は』の先をあえて言わせないことで、『大人の階段を上る約束をした』と後で言い張るためだ。
策士である。
「えぇ、約束よ」
そうとも知らず約束は交わされた。
どうやらこの大会。是が非でも優勝せねばならなくなったようだな。
すでに我が物と確約したイスリアを見て、俺は闘志を漲らせるのだった。




