トレンチ24 王家の山
「なるほどな。それにしても、私ごときのためにそこまでせずともよかったものを」
松明を掲げながら、ユエはそう吐き捨てた。暗がりで松明の明かりに照らされているゆえに、ユエの顔色は今一つ判然としない。ただ、オレンジ色に照らされた銀髪が揺れて輝いていた。
しかし、とユエは言った。
「礼を言おう。いかに“麦原の地”といえど、いつ干戈を交えるか分からぬ地に配属されたとなれば、死を覚悟せねばならなかった。そんな地から救い出してくれたのだからな」
ユエはちょこんと頭を下げた。
良平は松明で行く先を照らしながら首を振った。
「いえ、これは僕だけじゃなくて、ジュさんやカトルさんが……」
「なんだ、君は私のことなどどうでもよかったのか」
「いえ、そういうわけじゃありませんけど」
「ならよかった」
ユエは普段にない柔和な笑みを浮かべた。その笑顔があまりに眩しすぎて、良平は顔を背けた。が、一方のユエはまさか自分がそんな眩しい笑みを浮かべていることになど気づいていないのだろう、ふーむ、と色気のない声を発した。
「で、王様の命に従って王家の山にまで来たわけだ」
「ええ。けど、ここ、すごいですねえ」
「何が」
「いえ、墓ですよ墓」
「墓の何がすごいのだ」
「いや、墓だからすごいんですよ」
これは考古学者の性というものだ。墓というのは考古学上もっとも検出しやすく、文化グループの選別がしやすい遺構であるといえる。墓にはまず遺骸が収まっている。ここからは被葬者の人類学的データを検出することができる。被葬者と一緒に埋葬された品々からは、その文化の様相や宗教観・宇宙観といったものを見出すことができ、大規模な墓などに見られる壁画からは社会構造を見出すことさえできる。墓というのはまさに考古学者のためのタイムカプセルなのだ。
だが――。ユエはジト目をして良平を見据えてくる。
「君は変態さんだったか。以前からアレだとは思っていたが……」
「いえ違います、考古学者は墓を見ると八割がた興奮するんです!」
「だとすれば、コウコガクシャという存在はみな変態だな」
ぐうの音も出ない。
そういえば――。“考古学者は墓を見ると八割がた興奮する”という格言(?)を教えてくれたのは、確か並河さんだった。確かその時も、“考古学者は変態でなくばやっていけない”とか極論を付け加えてたっけ……。そんな学部時代を思い出す。
そういえば、現実世界は、いや、並河さんはどうなっただろう。
現実世界の情報はほとんど入ってこない。こちらに入ってきてから唯一得た現実世界との関わりはギの遠藤教授とのやり取りくらいのものだ。現実世界は一体どれほどの時が流れているのだろう? もしかして、現実世界では昏睡状態だった並河さんはとうの昔に目覚めていて、行方知れずになっている(だろう)僕のことを心配してくれていたりするのだろうか。それとも、僕のことなんか気にも留めずに働いているのだろうか。それとも昏睡から醒めずにそのまま、いや――、それどころか。
「……い、おい、ってば」
「はっ」
ユエの声によってようやく現実に呼び戻される。振り返ると、ユエが深刻そうな顔を浮かべて顎をしゃくった。
「よかったな、あと一瞬気づくのが遅れていたら死んでたぞ」
「え、へ?」
慌てて前を向くと……。廊下が突如として途切れ、大きな落とし穴が設置されている。覗き込んだものの、底には闇がこびりついていて、深さを知ることは到底できなかった。
ユエはその辺に落ちている石を拾い上げて、穴に落とし込んだ。ひゅるるるる……。穴の中で反響していた音はいつまでも続き、いつまで経ってもそこにぶつかる気配がない。
「これは底なしだ」
「掘ったんですか、これを」
「いや、おそらく違うだろう。ここの王墓……。先代王墓は“王家の山”にもとよりあった洞窟を整えて作ったと聞いている。おそらくこの落とし穴はわざわざして作ったのではなく、もともとこういう穴があったのだろう」
「もしかして、ブレインガルドでは洞窟に人を埋葬する習慣があるんですか」
「ああ。その通りだが」
なるほど。
これは当たり前のことかもしれないけれど、支配階級も庶民も同じ宗教や葬送儀礼の形式である場合が多い。あとはそのグレードの違いだけだ。おそらくブレインガルドには洞窟に何らかの宗教的な意味合いがあって(現実世界だと、洞窟は母親の産道の暗喩であり、洞窟への埋葬は再生を祈願するための儀式だとみなされることが多い)、格、というか身分によってそのお金のかけ方が違うということなのだろう。
これだから墓は楽しいのだ。その文化グループのすべてが詰まっているといっても過言ではない。落とし穴を幅跳びの要領で飛び越えながらも、良平はご機嫌だった。
が、ユエはどこか不機嫌だった。
「しかし、なぜ王様は君に先代王の墓の調査をお命じになられたのだろうな」
「え? なぜ、とは?」
「先代王がお亡くなりになられたのは十年ほど前のこと。それこそ一万年前のものを相手にする君に調査を依頼するのが解せないのだが……」
ユエの疑問はもっともだ。
ブレインガルドにおいては、儀礼をすべて終えた墓に関してはことごとく封印し、他人が足を踏み入れるのを極度に嫌う傾向にあるようだ。王様の墓などもそうなようで、王様ですら、『先代王の墓へは入り口の祭壇で贄をささげている程度だ』と言っていた。
にもかかわらず、よそ者の、しかも考古学者に墓の立ち入りを依頼するとは、これはいったいどういうことだろう?
しかし、いくら考えていてもらちが明かない。考えるのを止めよう、と決めたその時、目の前に大きな両開きの木扉が現れた。鉄で周りを縁取られ、表面には竜の彫刻がなされており、閂がはめられ、さらにその閂は錠で留まっている。
良平は王様から預かったカギをジーンズのポケットから取り出した。これを錠に差し入れて回すと、かちゃり、と音がして錠は外れた。重い閂をへいこらとずらし、重い木の扉を押し開く。そして、ユエに預かってもらっていた松明から藁で火を取って、部屋の奥に投げ入れた。これは、奥の部屋に酸素が残っているか、また有毒ガスで満たされていないかを調べるためのテストだ。部屋の中に入れた藁の炎は、外と大して火の色も変わらずに燃え続けている。大丈夫だ。良平は部屋の中に入った。
そこは、十畳ほどの空間だった。
壁には極彩色で葬列の有様が描かれている。頭を抱えてうずくまる大臣、髪を振り乱して泣く女、王の死体に末期の水をやる次代の王、物々しい恰好をした武官たちによる葬列。それらの様が驚くほど細密に描かれている。
これはこれで興味深い。本当なら、松明など使いたくない。松明を使うとどうしても煤で壁画が汚れてしまうからだ。
うーむ。壁画の美に見入っていると、後ろのユエが声を上げた。
「これは、どういうことだ!?」
「ど、どうしたんですか?」
「おかしいのだ、副葬品が一切ない」
壁画に気を取られていて気づくのが遅れてしまったが、部屋の奥には石でできたと思しき棺が置いてある。やはりこれも緻密な彫刻がなされているものだ。その棺自体は念入に封印がなされており、簡単に開きそうな様子はない。だが、この十畳余りの部屋には、棺以外の物を見出すことができない。
「あの、ブレインガルドでは副葬品を入れる習慣があるのですか」
「もちろんだ。庶民の墓であっても、身の回りで使っていたものすべてを収める習慣がある。王様ともなれば愛馬を収めた例や、奴婢を収めた例すらあるくらいだ」
驚きはしない。むしろ、これだけ大きな墓を造営する文明で、副葬品を入れないなどということ自体があり得ないといえる。
「ってことは、盗掘、ってことですか」
自分で口にして、良平はその可能性を否んだ。ここに入る際に、王様から預かっていた鍵を使って入った。あの扉が無理に開かれた痕跡は全くなかった。ということは、盗賊の類による盗掘の可能性はないと断言できる。
ということは――。
「まさか」
ある可能性はただ一つだ。だが――。
「どうした?」
「ユエさん、ユエさんは口が堅いですか?」
「何をいまさら。私はとてつもなく堅いぞ。任せておけ」
どんと胸を叩くユエ。ほっと息をついた良平は続ける。
「もしここに副葬品があったとして、持ち出されたのだとしたら、それができる人はまずそう多くはありません。確か、この鍵は王様のみが持っていると聞いてますが」
「ああ。この鍵を束にしたものを錫杖の先につけてな。それで古代の王から徳を引き継いでいるという象徴としているのだ」
「ということは、副葬品を盗んだのは王様であるという可能性すらあります」
「なっ!? 君、取り消すんだ。これは不敬罪だぞ」
「ですから、最初に『口は堅いですか』と聞いたんです。あくまでこれは可能性の話です。王様以外にも、チャンスはあることでしょうし」
「どういうことだ」
「この鍵、そう難しい構造のようには思えません。おそらく複製をつくるなどそう難しいことではないと思うのですが」
だが、ユエは首を横に振った。
「いや、これは“魔鍵”だ。複製は不能」
「ってことは、やっぱり王様が?」
「いや、周囲の近臣がここを開けたと考えるべきだ。普段、鍵がついている錫杖は王宮の宝物庫に保管されているはず。近臣ならば持ち出すことはできるだろう」
「近臣……?」
「ということは、かなり私たちはのっぴきならぬところにまで足を踏み入れたことになるな」
そうだ。近臣、ないし王様が先代王の墓荒らしをしていた、ということになる。ということは、この件がそのまま権力闘争の具になりえるということだ。
むむむ……。いずれにしても。
「もう戻りましょう」
ここにいるのががぜん怖くなってきた。さすがのユエも、うむ、と青い顔をして頷いた。
と、その時だった。鞘走りの音が玄室内に響いた。
振り返るとそこには、ガントレットなどを軽く装備した騎士たちがレイピアやブロードソードなどの獲物を引き抜いて、こちらに厳しい目を向けていた。どう見てもこれは。
騎士の一人がこう言い放った。
「お命、頂戴」
なんだか二週間に一遍の更新になっちゃってますがお許しください!(ボルガ式)




