トレンチ23 勝利
「勧業技術博覧会金賞、良平殿、前へ出られよ」
名前を呼ばれた良平は、緊張に足を震わせながらも前に出た。思えば表彰されることなんて小学校の絵のコンクール以来のことだ。
それにしても……。良平は思わず自分の身に着けている装束を見下ろしてため息をついた。文人の装束なのだろう、白いローブを着させられ、胸にいくつも勲章のような飾りをつけられている。見た目には軽そうなローブだが、実際には細かな刺繍がなされていてとにかく重い。もしかして、これを着ている文人たちはみんなムキムキマッチョなんじゃあるまいか、そんな気がしないではない。
そういうどうでもいいことを考えていないと、緊張で上手くまっすぐ歩けないほどだ。
居並ぶ群臣。そしてその群臣たちの奥の数段上の踊り場に、王様がいる。
王様は玉座にある。肘掛にもたれかかり、こちらを値踏みするような顔を浮かべている。
カトルに教わった通り、段を上がる前に九十度のお辞儀をし、また歩き始める。そして、王様から三メートルほどの地点で足を止めた。
王様のそばに侍る長老格と思しき文人が巻物を開き、読み上げる。
「このたび、良平殿は“ねこぐるま”なる発明により我が国の技術に新風を吹き込みたる功、まさに一万の兵を倒すにも勝る大いなる働きである。また、類似した発明がないことも確認されたことにより、良平殿の発明“ねこぐるま”に金賞を与える」
「ありがたき、仕合せにて」
良平は両手を前にあわせて跪いた。これがブレインガルド流の最上の挨拶らしい。
すると、王様は玉座からおもむろに立ち上がり、群臣の一人からあるものを受け取った。メダルのようなものだ。
「まったくもって見事である。これからも、励め」
「はっ」
この王様は暗君だと聞いている。それでもこうやってお言葉を頂戴するときには心から恐縮してしまっている。それが王様というものの徳というものか。
王様の手により、良平の胸にその勲章が取り付けられた。
円形の勲章はきらびやかに輝いている。
ど、どうしたものか……。
博覧会の賞授与式の後に開かれているパーティのど真ん中で、良平はとにかく困っていた。
そもそも、この博覧会に出品したのには目的がある。けれど、その目的はまだ果たされていない。それどころか――。
「良平殿、あなたの発明をうちで商品化しませんか! もちろん独占契約料はお支払いしますよ!」
「何をおっしゃるやら、あなたのところは販路が小さいでしょう。うちと契約すれば、大売れ間違いなしですよ」
「はは、おたくはケチだから駄目ですよ。うちはほかのところの倍はお出ししますよ」
商人と思しき客が良平目指してやってきておべっかを使ってくる。打算があるとはいえ好意をもって接してくる相手を邪険にするわけにもいかず話を合わせているうちに、どんどん時ばかりが空転していく。このダンスフロアにある玉座は、あまりに遠い。
ぐぬぬぬぬ。どうしたものか……。商人たちのギラギラした視線に嫌気が刺し始めていた頃、突如として助け船がやってきた。
「良平殿」
現れたのは、手にグラスすら持たず、パーティに似つかわしくないしかめ面を浮かべる文人だった。確か、式典の時に取次を行っていた人だ。
その文人は眉一つ動かさずに用件だけ伝えてきた。
「王様よりお召しの命がございましてな。お越しいただきたく」
「あ、はい」
明らかに商人たちが嫌な顔をしたものの、良平はそれを見なかったことにした。
「すみません、お呼ばれにあったようですのでこれにて」
正直、ああいうがつがつした連中はあまり好きになれず、そもそもパーティの時にどんな顔をすればいいのかわからない(笑えばいいと思うのだけれど)ので、この文人の来訪は実にありがたい。
けれど、既に文人は歩き始めている。重いローブを引きずってその後を追う。
「あのう、王様が僕をお呼びになられたということですが、一体どういう用件で……」
「……」
「王様と何をしゃべればいいのでしょう」
「……」
「王様とお話しするとき、何か礼儀作法とかあるのでしょうか」
「……」
前を歩く文人はまるでこちらの問いかけに答えようとしない。沈黙は金なり、とても思っているのだろうか。それとも、お前のような無学者と喋る気はない、ということだろうか。いずれにしても困る。
そんな文人が案内したのは、ダンスフロアに隣接するバルコニーだった。バルコニーとはいってもかなり広い。三組程度ならダンスにしゃれ込めるほどの広さだ。その中に卓と椅子が一セットだけ置かれている。
ぽっかりと浮かぶ月。その月を見上げながら椅子に座り、卓の上のグラスに酒を注ぎ、ひとりため息をついていたのは――。王様だった。
「ご苦労」
王様は老文人にそう声をかける。すると老文人は眉一つ動かさず頭を下げ、この場から去っていった。そうして、ダンスフロアのにぎやかな音が遠くに聞こえるこの場には、王様と良平だけが残った。どうしたものか思案していると、王様は酒のボトルを手から離し、空いている椅子を指した。
「座るがよい」
「よ、よいのですか」
「構わぬさ」
「で、では……」
恐縮しながら腰かける。すると、王様はグラスに口をつけて酒を飲みほした。そして、悲しげに微笑んだ。
「そう緊張するな。群臣の近侍せぬ王など張子の虎も同じよ」
「いえ、そういうわけにも……」
「そんなことより、予はお前と話したかったのだ。良平」
「え?」
「お前はあのコウコガクなる学問をショクにもたらした“旅人”だろう?」
「覚えておいでなのですか」
意外だった。あの時、王様は心ここに在らずといった感じで、まるでこちらの話を聞いていないように思えたからだ。
その良平の疑問を察したのだろう。王様は笑う。
「暗愚のフリをするのもなかなか骨が折れる」
「フリ?」
「平和な世ならば、暗愚を装う必要もないのだがなァ。平和ならざる世では、生きるために暗愚を装わねばならぬ」
「そ、それは……」良平は声を潜めた。「コウコウのせい、ですか」
「コウコウだけではない。勅任文人や軍人。奴らとて、予にとっては頼もしい味方であると同時に敵よ。風向きが変われば、奴らとて信用ならぬよ。――なあ、なぜこの国では“旅人”が珍重されておるか、わかるか」
「え? 新技術をこの国にもたらす存在だからでは」
「それだけではない。王からすれば、ほかの勢力に染まっておらぬ人間は、喉から手が出るほど欲しいのだ。でなくば、こうして酒を飲みながら愚痴を言い合う者もおらなんで困る」
また王様は酒瓶をグラスに傾けた。
「良平、もしも、困ったことがあれば言うがよい。予で助けることができることあらば、いくらでも手を貸そう」
「で、では、お願いしたいことがあるんです」
そうして良平は、ユエの件を話した。
覚えておらぬかと思いきや、王様は、ああ、と声を上げた。
「ショウゲンの娘の……。ひどいことをしてしまった。そうか、ショウゲンの娘はお前にとって必要な人間であるか」
「はい」
「そうか。ならば、勅を出してお前の元へと返してやろう」
「やった!」
これでまた発掘ができる!
心中では心躍っている。
が、王様は、ただし、と声を上げた。
「条件があるぞよ」
「じょ、条件? 僕でできることだったらよいのですが」
「発掘をしてほしいのだ」
「え?」
王様は難しい顔を浮かべて月を見上げた。
「セトの北に、“王家の山”と言われる地域がある。ここはショク王国歴代王の墓があってな。我らショク王室の墓域となっておる。そこにある、先代王の墓を発掘してほしいのだ」
「先代王? しかしそれは」
「できぬのか」
「いえ、考古学の発掘としてできないことはありません。けれどそれは――。発掘というよりは墓暴きという性質のものに」
「そう案じてくれるお前にだからこそ頼めるのだ。重ねて、なにとぞお願いしたい」
そこまで言われてしまっては、もはや頷くしかない。
頷くと、王様は更にこう付け加えた。
「あと、この件は極秘に調査を願いたい。誰にも話してはならぬ。確かお前は今、勅任文人のジュと親交が深いようであるが、こやつにも説明してはならぬ」
「なぜです?」
「どうしても、だ。自分の命が惜しければ、何も語らぬことだ」
「命を懸けるようなことなんですか」
「ああ」王様は頷いた。「予も誰に諮ることなく勅を発してショウゲンの娘を救い出すという危ない橋を渡るのだ。お前にも危ない橋を渡ってもらわねば筋が通らぬ」
命令一つ飛ばすのに、こんなに神経質にならなくてはならないのか……。しかし、これが王様を取り巻く状況なのだとすれば、かなりこの国の病根は深いとみるべきか、政治機構がどこまでも整っているのだとみるべきか。
いずれにしても、自分のやろうとしていることがどういうことか、ようやくながらわかってきたような気がした。けれど、すべては考古学のため、だ。
「やります」
良平ははっきりと、そう言い切った。
先週は更新を忘れてしまい(!)申し訳ありませんでした。
 




