11帰宅
「先程はうちの者がすまなかった」
「こちらも言葉を選びませんで。申し訳無い」
ユネアとカールは互いに側の連れの頭に手を置いて、頭を下げさせた。やられる両者は不本意丸出しだが、無駄な抵抗はしない。
リアンは頭を下げさせられながらも、ユネアという人物に意外性を覚えていた。LEAPへの不快感は他と同様に持っているだろうが、それも浅く、シオに関して言えばもしかすると、神扱いを躊躇う部分があるのかもしれない。実際、会議中にはリアンやシオをを助けるような発言もあった。
この人なら、なんとかしてくれるだろうか。
トップ部隊の隊長でもあるし、言ってみる価値はあるかもしれない。ユネア、カナート、カール、リアンの四人だけとなった場で、リアンは真っ直ぐにユネアを見つめた。ユネアもそれに答えるように見つめ返してくる。
「貴様、ユネア様に何をもぐっ!?」
「しーっ」
「!カーむぐっ……」
眼鏡の奥に光るのは好奇心か、軽蔑ではないことに一先ずは安心し、名を呼ぶ。
「ユネア」
「きっさまぁぁむぐっ!」
「何だ、リアン」
「シオは、神になることを望んでいません」
「存じている」
だが、その存在なしでは組織が成り立たない。
「私に何ができるというのだ」
トップの部隊と言えど、実力者と言えど、シオ神の存在なくしては部隊を引っ張っていくことなど到底不可能だ。もしかしたら何らかの形で収まるのかもしれない。しかしこの安定した状況をこの問題が多々ある時に内側から崩す"賭け"をすることは、ユネアには出来ない。
その苦渋にまみれた表情を見て、リアンは自然と笑みが溢れた。シオのためにここまで悩んでくれているのか。
あぁ、良かった。
「あなただけでも、シオを普通の女性として扱ってあげてはくれませんか」
「……それは……」
「隊員達の面前でとは言いません。二人で話す時だけでもいいんです。シオにはたった一人でも支えが欲しいだけなんですから。悪いけど、俺やカールじゃ足りない」
カールはカナートの口を押さえながら優しく笑った。
君もそこまでシオを思ってくれていたか。
「そんなことでいいのか?いや、それは本当にシオ様……シオさんの助けになるのか?かえって迷惑になど……」
「いいんです。それで」
「……普通に、一人の女性として接していいんだな?」
「はい」
「……わかった。今は君の方がよくシオという人物を理解しているようだし、信じよう。遠慮なくそうさせてもらう」
「はい。ありがとうございます」
ユネアはさらに何か言いかけたが、ふと口をつぐんで微笑んだ。
「何故私達は君らを毛嫌いしていたのかな」
「人間の感情なんてそんなもんです。その場の空気や都合がいい方に流される。でも俺たちの存在も、シオと同じように組織には必要なはず」
「……そうだな。しかし君達はそれでいいのか」
リアンはカールと目を合わせると、肩をすくめた。
「たとえここでどんな扱いを受けても、暖かい家がありますから」
「そうか」
*
「おーぃ、そこのお前ーー!」
中庭を囲んだ回廊で、以前とは比べ物にならないくらい陽気に話しかけてきたのはイワンだった。いつものように両脇にはトニャーとシュガーもいる。片腕を挙げてヒラヒラと振りながら歩いてきたと思うと、リアンの肩を組んだ。若干ビクついたリアンに気が付きながらも、カールは何もしないし、何も言わない。
「お前あんなにハッキリ言う奴だったのかぁ!?腹痛くて仕方なかったぜ!」
「はぁ……」
「あんた!リアンが困ってるだろ?しかしあたしも見直したよ。トップ様には言いにくい空気があるからねぇ」
「いやぁ、俺はそういうの好きだぜ!やっぱもう嫌われてるから出来ることかぁ?」
「お父さん!最低!」
どこの父親もやはり娘には弱いらしく、シュガーが声を荒げるとすごすごとリアンから手を離した。
「まぁそれはそうと、あれもお前の仕業か?」
イワンが指差す方で目にした光景は━━━
「やめろ!着いてくるなって言ってるだろ!?」
「冷たくしないでくれ、シオ!私は君のことが心配なんだ」
「ユネア様ぁぁぁあ!どうかこの辺でお止め下さぁぁぁあい!」
シオの後にユネア、そしてその後をカナートという壮絶な追いかけっこが繰り広げられていた。
「ユネアの奴もあれで大分印象変わったぜ!ギャハハハハ」
シオはユネアの真っ直ぐすぎる思いに戸惑っているようだったが、その表情には微かに━━も感じられた。
「カール。うちとしてはとれからよろしくして欲しいんだが」
「こちらこそ。あなたが味方であってくれるほど心強いものはない」
「堅苦しい敬語とかも無しにしてくれや。今まで不快にさせてたなら悪かったよ」
「いえいえ、これから貸しは返していただきますので」
「ブハッ、あんたも悪い人だ」
リアンは三人の終わりの見えない追いかけっこを静かに眺めていた。
**
「お、お茶です。どうぞ」
「あぁ、ありがとう」
「ノイルさん。気持ちは分かるが、そうピリピリしなさんな。ミレイちゃんが脅えてるよ」
「あ……ごめんね?」
「いえ、私も心配です」
ミレイはぺこりと頭を下げ、手入れされた髪を自然な動作で耳にかけると持ち場へと戻った。先程ミレイをフォローした科学班の男は椅子に座ったまま体をノイルの方に向けると、小声で囁く。
「女ってのは怖いねぇ。あそこまで変わるものとは」
「ん?あぁ、そうだな」
ノイルも一瞬は何も言わずに出て行ったカールへの怒りを忘れた。ミレイの気持ちを知っているため、男には軽く返事をする。
これも、あの少年の影響か。
ミレイは食堂に入るとアイリークに呼びかけ、お盆を返した。
「悪いな。わざわざお前に」
「いえ、今ちょうど手が空いてましたから」
そう答えると、アイリークは何を思ったのかミレイの頭をぽんぽんと撫でた。不思議そうに見上げるミレイに(珍しく)笑いかけ一言、
「お前、可愛くなったな」
「そ、そうですか……?」
「あぁ、ちゃんと表情が見えるようになったからか、おまえ自身もよく笑うようになった。可愛いよ」
「……ありがとう、ございます」
たった一日のことだけれど、きっかけがあれば人なんてすぐに変われる。もちろんそれは彼女自身の問題であったのだが、アイリークは自分のことのように嬉しく、食堂を出て行く背中を見送った。
これは今朝の話である。
手の空いた奴らの溜り場となっている食堂で珍しい組み合わせを見た。
「あ、あの」
「ん?え、ミレイ、さん?」
「アリサさん!ちょっとご相談がありまして……」
厨房近くで朝食をとっていたアリサはそれを聞いて、ゴクンと今噛んでいたものを飲み込んだ。目を見開いたままたどたどしく口を開く。
「な、なんで私……」
「アイリークさんが、アリサさんなら聞いてくれるだろうって……」
鋭い視線を感じたが、アイリークはそ知らぬ振りをして料理を作り続けた。二人はしばらくすると、一緒に食堂を出た。
アイリークは一つ息を吐く。
LEAPでアリサやミレイのように若い者は少なく、それが女ともなればなおさらだ。加えて二人は科学班と戦闘隊という全く別の分野で活動しているため、合う機会も話す機会もなかなか無い。
だからアイリークは、ミレイが食堂に入ってきて早々元気が無いのに気が付いて、理由を聞くと『なんだか最近ここの辺りが痛いんです。病気なのでしょうか』というべたな台詞と共に心臓を押さえたのを見て、すぐにアリサを紹介した。もちろん兄妹(姉妹)として男に囲まれて平然としている妹を多少なりとも心配していたのは事実だ。
しかしどちらにしろ、その方面の相談をするのに歳の近い同性というほど心強いものはないだろう。
「うまくやってるといいんだが……」
バタァンっ!
「兄さんっ!!!」
いきなり扉を開けてミレイを引きずりぎみで食堂に入ってきたかと思うと、アリサによる弾丸トークが始まった。本当に、もし誰か居たらどうするつもりだったんだというほどアリサの声は大きく、その内容は遠慮することを知らない。
要約すると、ミレイが気になっている男の子がいてアリサは応援したい。その手始めに可愛いのに見せないのはもったいないから変身しましょう!と。まぁこんな感じだ。
わざわざ『気になっている男の子』と回りくどい言い方をしなくともアイリークはその男の子を知っているが、ね!と返事を振られたミレイがこれまで以上にか細く返事をし、髪で隠れた顔が真っ赤に染まっているのを見たらそれもどうでもよくなった。
「でね!兄さんも協力してよ!」
「あぁ?なんで俺が?」
「だって兄さん実はいろいろ知ってるじゃない。女になるために蓄積した知識と技術をここで発揮しないでいつ使うのよ」
「よろしくお願いします」
「……はぁ、今日だけだぞ」
「いぇい!がんばろうね、ミレイ!」
面倒だとは思ったが、早くも打ち解けて楽しそうにする様子を見るのは悪い気がしなかった。
「これでアイツも惚れるな!なんてったて私が惚れるんだから!」
というわけの分からないお墨付きをもらった自身の容姿を鏡越しに見つめ、ミレイは自室のベッドに倒れた。
短くなった前髪には慣れないし、コンタクトはずれそうで怖い。たったこれだけのことだが、今まで何もしてこなかったミレイにとっては新鮮で、毎日自分でと考えると不安もある。しかしそれよりも、今は彼が帰ってくるのが待ち遠しくて仕方が無い。何よりここ最近出会ってもいない。
すると、外が少しだけ騒がしくなったような気がした。それから
「あんたって人はぁっ!」
とノイルの怒鳴り声。
ミレイも飛び起きて扉へ向かうが、自分が寝転がってしまったことを思い出して再び鏡を見る。少し髪を整えると、途端に不安になった。だが、何人にも褒めてもらえた。大丈夫。
そう言い聞かせて勢いよく飛び出し、訓練場へと向かった。
すでにカールとリアンは大勢に囲まれてなんやかんやと騒がれており、直接話せる状況ではなかった。しかし少し見るだけでも、とミレイは人ごみのなか歩みを進める。これも昨日までならなかった話だ。
ようやくその姿が捕らえられた。まずは無事帰ってきたことに喜びを感じたが、ミレイはふと歩みを止めた。
リアンは前回見かけた時と変わらない姿でそこに立っている。そこにほんの少しの違和感を感じたが、その感情が大きくなるにつれて一つの形となった。
『あれは本当にリアン君なの?』
そんな疑問は持つべきではない。持ってはならない。しかしリアンはミレイにとってとてつもなく遠い存在に見え、ミレイはそれ以上近付くことが出来なかった。
本当に変わったのは彼だ。そう思うと、外見だけ変わって褒めてもらって浮かれている自分が恥ずかしい。
その視線の先でリアンは何やら話しているようだったが、前に居る人が動いた事でさらに視界が開けてその相手が見えた。リアンの近くで話しているのは、見たことの無い―――――女性。
一人は青い短髪ですらりとした表情豊かな女の人。もう一人、リアンに触れるか触れないかという辺りで少し脅えたようにしている、少し露出の多い、真っ赤な髪の可愛い女の子。
ミレイはその光景に背を向けた。




