1、空白の7年
俺が勤めていたブラック企業の菓子メーカー。
全てが地獄の有様だった。
何故かと言えば休み関係無く上司に呼ばれ。
夜中でも用事があれば電話してくる。
安月給、深夜給付無し。
睡眠がとれない。
体調が管理できない。
食事は必ずゼリー飲料のウンダーもしくはコンビニ弁当。
そんなこんなで体調が崩れ俺は精神科でこう診断された。
重いうつ病。
そしてドクターストップがかかりようやっと退職が出来た。
正確には逃げただけかもしれないが。
☆
俺は久々に地元に帰って来た。
地元はクソ田舎。
本屋も無ければ当然ファーストフード店は無い。
セミが鳴いて子供が網を持ちはしゃいでセミを取りに行く様な。
つまりゲームセンターもあまりない様な。
そんな田舎だった。
俺はそんな田舎にうつ病になり帰って来た。
もう都会には帰れないよな。
「暑いな」
この九州の田舎に帰れたのが6月の下旬。
初夏にも近い様な感じだ。
だけど俺にとっちゃ世界は灰色に見える。
うつ病の特性だな。
そんな事を思いながら歩いていると「来た」と声がした。
女子の声。
多分、駅から出て来た彼氏などを迎えに来たのだろう。
周りを見渡しても学生ばかりだしな。
「お帰り」
そんな声が近くなってくる。
俺は溜息を吐きながら階段から降りて歩いていると「ちょっと!?無視!?」とその声の主は俺の腕を握った。
顔を上げるとそこに物凄い美少女が居た。
何というか絶句するレベルの。
「うわ。なんだあの子。可愛いな」
「マジかよ」
セミロングの栗毛色の髪の毛。
純白のドレスに似た所謂ワンピース。
白いワンピースに麦わら帽子。
シミも黒子も無い様な小顔。
俺に笑みを浮かべる女性。
なんだコイツは。
こんな滅茶苦茶な美少女の知り合いは居ない。
「お兄ちゃん。お帰り」
「あ、ああ。君は?」
「いやいや、私のこと忘れたの?私。久留米美弥だよ」
久留米美弥。
その名前で思い出せるのは……。
「私と遊んで」
そんな言葉を思い出す。
そして俺は絶句した。
ま、まさか。
いや。
7年前のあの近所の小学5年生の少女が!!!!?
「お前……!?」
「お帰りなさい。お兄ちゃん」
泣きそうな顔で笑顔になる美弥。
俺の腕に自らの腕を絡ませた。
それから笑顔になる。
俺は「オイ待て。美弥。気持ちは分かるが」と慌てるが。
彼女は笑顔のまま離れようとしない。
「待て。美弥。他の人が居るっての」
「離れない。離さない。逃がさない」
「分かったから。何処にも行かないって」
すると美弥は震えはじめた。
それから「嫌」と言ってから涙声になる。
そしてぶるぶると震える。
怒りの様なそんな感じで、だ。
「美弥……」
「7年も何処に行っていたの」
その様に言いながら怒りながら俺を睨む美弥。
俺はその言葉に何も言えなくなる。
詰まってしまった。
そして俺は「すまない」と言う。
「私は7年間ずっと我慢していたから。これぐらいは良いよね」
「しかしお前。18歳だろ。こんなべたべたは」
「知らないの。お兄ちゃん」
「何をだ」
「18歳になったら結婚出来るんだけど」
何を言ってんだコイツは。
冗談でも言うな。
俺は引き摺って行く美弥を見ながら苦笑いを浮かべる。
すると美弥は「お兄ちゃん。うつ病になったってね」と言う。
俺はその言葉に「知っていたのか」と返事をする。
「何でそんな事も言わないの。……ばってん私、ずっとまっちょったけんね」
「美弥……」
「もう逃がさないって事」
美弥はそう言いながら車まで引き摺って行く。
そこには俺の両親が乗っていた。
俺を見ながら「お帰り」と言ってから「雪穂。頑張ったわね」と言う。
父親も柔和な顔をしてから「美弥ちゃんは待ちきれないって飛び出して行ったんだぞ」と言う。
だが次に父親も顔を顰める。
「何故お前は7年も帰って来なかったんだ」
重圧に俺はひゅっと息を飲む。
その言葉に俺は餅が喉に詰まる様に言葉に詰まる。
悪かったとは思っている。
だが帰る事が……叶わなかったからな。
すると父親は車に乗り込んだ俺の頭に手を乗せた。
「この大馬鹿息子が」
そして父親は俺の頭を撫でた。
俺は「止めてくれ父さん。もう子供じゃないんだから」と言う。
それから車は母さんの運転で美弥を乗せ発進した。
美弥は俺達を見ながら優しく微笑んでいる。
「それにしても雪穂。連絡は寄越したけどうつ病って!アンタね!」
母親がミラーを見ながら怒る。
俺は「すまなかったって」と眉を顰める。
美弥も怒った。
「なんで無理って思ったのに無理にでも帰って来なかったの。お兄ちゃん」
「いや。……そうだな」
1年目で帰ろうとは思ったんだ。
だけど仕事をほっぽり出して帰る気にならなかった。
それが俺の性格だったから。
真面目系の性格だったからな。
そう思いながら俺は窓から外を見る。
懐かしい田舎のあぜ道をこの車は行っていた。
☆
「まあ何はともあれ。お帰りなさい。雪穂」
古民家。
家に帰ると母さんにそう言われた。
そして奥に行くとゴーヤのカーテンがあり鉢植えがあった。
それから更に奥に行くとばあやが居た。
ばあやはむすっとした顔をしながら農作業をしていたが俺の姿を見るなり農機具のクワを足元にカランと落とした。
「雪ちゃん……」
「ばあや。ただいま」
「この大馬鹿者が……やっと、やっと。帰って来たんだね」
長靴をペコペコとゆっくり鳴らしながら俺の元にやって来てから手を握った。
それからばあやは涙を流した。
そして泣き始める。
流石の俺も涙が浮かんだ。
俺は何をしていたんだろうか。
この空白の7年間、ずっと。
「とにかく。美弥ちゃんのご両親も他のみんなもお前を心配していたんだ。これを持って行きなさい。挨拶をして来るんだぞ」
父親は少しだけ不愛想になりながら家に入る。
後から見ると父親は嗚咽を漏らして泣いていた。
「馬鹿息子が」と言いながら、だ。
俺は眉を顰めながらゆっくり家から出て待ち合わせていた美弥と一緒にお土産を持って、お詫びを持って。
田舎道を歩き出した。




