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エクストラ  作者: にしちば2000
Chapter1 人類の代理人
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Extra Stage 『アクト・オブ・ソフィア』

ディーゼルパンクでディストピアなシチュエーションサバイバルを目指します。

よろしくお願いします!m(_ _)m


 ある天文台が、宇宙から微弱な電波を受信した。


 はじめはただのノイズかと思われたが、長期間にわたる観測データの蓄積により、それは一定のペースで規則的に届いていることが分かった。恒星や銀河から放射される自然現象の電波ではなく、もしかすると「人工的なもの」ではないかと、多くの研究者が信号の復元に乗り出した。


 信号の波には、二種類の形があったようだ。

 これは「0と1」ではないか。研究者たちは考えた。


 情報を0と1の配列に変換する、デジタル通信の基本的な仕組みがある。二種類の波がそれぞれ0と1を示しているとすれば、文章にしろ画像にしろ何らかの情報が含まれている可能性が高い。

 この広い宇宙のどこかに、我々と同レベルの通信技術を持つ文明があるのか。それともさらに高度な存在がおり、我々が解読できる形式にあえて変換しているのか。後者であれば侵略の危機も考えられ、世界中の研究機関が総力を挙げて解析を進めた。


 信号はあまりにも弱く、1ビットを確定させるだけで途方もない年月がかかった。研究者たちは一生を費やして数ビットを解析し、その成果を次の世代へ引き継いでいった。およそ数(・)千(・)年(・)に及ぶ解析の結果、信号の変調方式やデータ構造が、人類が約一億年前に打ち上げたとされる宇宙探査機「ボイジャー2号」の仕様と一致することが判明した。






Extra Stage 『アクト・オブ・ソフィア』






 そもそも、一億年も昔に打ち上げられた宇宙探査機が今も動いているわけがない。詳細を知る者などもう存在しない。ただ、とある変わり者の科学者が、ボイジャーの歴史資料を持ち出して「これではないか」と言い出した。始めは誰も見向きもしなかったが、ひとつのデータがその資料に記載された配列と一致した。


 ボイジャーをはじめとした宇宙探査機は、

 "01010110 10010101..."

 こうした0と1の配列で情報を送ってくる。したがって解読するためには「0101から始まれば温度データ」「1001から始まれば大気データ」というふうに、約束事が書かれた一覧表のようなものが必要になる。そんな中で一部の配列が、ボイジャーの資料に記されたパターンと合致した。仮にボイジャーでないとしても、この信号が一億年前の地球の通信規格である可能性が一気に現実味を帯びた。


 研究者たちは次に思った。


「信号は何を伝えているのか?」


 数千年間の解析で分かったのは「ボイジャーの配列かもしれない」ということだけ。なにせ信号が弱すぎる上に、ボイジャーが途中でデータの内容を変えれば解読もゼロからやり直しである。

 研究者たちは、解読と同時にボイジャーとの通信も試みた。


 現在の送信頻度では、データの完全な解読の前に地球が寿命を迎えてしまう。そこで過去の資料を頼りに、ボイジャーがいるであろう方角に向けて「もっと送信頻度を増やせ」という命令を発信した。途方もない遠距離から飛んでくる電波など、大海に落ちた一滴のワインのようなもの。味を特定するためには、とにかく一滴でも多くワインを垂らしてもらう必要がある。


 それから二(・)万(・)年(・)後──。

 今まで観測されたことのないほど膨大な量の信号が、地球へと送り返された。


 二つの奇跡が起こった。人類の呼びかけがボイジャーに届き、命令が意図した通りに処理されたのだ。

 送信量の増大により、これまで1ビットの解析に何世紀もかかっていた作業が、今では数年でデータ全体を解読できるようになった。信号が何を伝えようとしていたのか、人類はここにきてようやく知ることができた。


 送られてきたのは、周囲の放射線量や気圧、気温、重力加速度などの観測データ。しかもその環境は驚くほど地球によく似ている。ボイジャーは宇宙空間を漂っていると思われたが、実際はとある惑星の地表に着陸していたのだ。

 さらに、これまで「大体このあたりにいる」と想像するしかなかったボイジャーの位置も、今回の応答によりおよそ明らかとなった。


 研究者は、応答の冒頭に16ビットのデータを付与するよう指示を出していた。命令にはすべて固有のビット列が割り当てられており、いつどの方向へ送った命令が返信のきっかけになったのかを特定できる仕組みである。16ビットの組み合わせは6万5536通り。発信源は、きょしちょう座47星団近傍(きんぼう)の恒星系、距離はちょうど一万光年先であることが確認された。


 数万もの方位の中から候補が判明したとはいえ、宇宙の広大さを考えれば、まだ正確な位置を絞り込めたとは言い難い。研究者は命令の内容を変えながら、発信源である惑星を少しずつ絞り込んでいった。


 電波は光の速さで進む。

 一万光年離れていれば、命令が向こうに届くのは一万年後。

 ボイジャーの返事がこちらに届くのも、一万年後。

 人類とボイジャーの、長い長い会話の日々が始まった。


 ここまできても根本的な謎は残ったままだ。

 なぜ一億年前の人工物が動いているのか。

 故障することなく、いかにして惑星に着陸できたのか。

 なぜ、電波が届くのか。


 ある懐疑的な科学者は、「未知の文明がボイジャーを悪用しているのではないか」と言った。何のためにと聞かれればそれは分からないが、まあ……可能性がないとは言い切れない。ただし解析された環境からは、人工電波や人工光源、工業由来の大気成分など文明を示す痕跡は確認されていない。豊富な液体の水が存在し、酸素を含む大気がある。原始的な生態系、手つかずの大自然の惑星の可能性が十分にある。


 最初の電波の受信から百(・)万(・)年(・)後。

 研究者たちはようやく、ボイジャーが着陸したと思われる惑星を特定した。


 人類がここまで必死になるのは、単なる探求心や好奇心だけではない。


 地球は、ゆるやかに終焉へと近づいている。

 たとえ人類が平和に暮らしても、この星のためにと手を取り合っても太陽の膨張までは止められない。それは善でも悪でもない、理由も目的もない宇宙の自然現象のひとつ。いずれ終わるこの星に、いつまでもしがみついている理由はない。


 惑星は「第二の地球」と名付けられ、入植計画が始動した。




 ◇




 第一陣の入植者に選ばれた千名は、肉体から意識を切り離され、砂粒よりも小さなナノマシンへと格納される。それらは針の形をした宇宙船に積み込まれ打ち上げられる予定だ。

 宇宙空間に出ると、宇宙船は「観測点航法」を利用して、空間の膨張に抗(あらが)いながら光速に近い速度で移動する。入植者たちは意識だけの状態で、一万年におよぶ長い時間の経過に耐え続けなければならない。


 宇宙船の名は「ソフィア1」。以降もソフィア2、ソフィア3……と、合計五つのソフィアを打ち上げる計画だ。


 私はソフィア1の管理者となった。

 過去百万年にわたり、この計画の実現に生涯を捧げてきた先人たちの代表として、入植者たちを率いることになる。研究者としてこれ以上の名誉はないが、はたして私なんかでいいのだろうかという不安もよぎる。

 それでも人々は、私こそが適任だと言う。

 彼らの励ましには感謝しているが……本音を言えば、彼らは自分自身が一万年もの時間を耐え抜くことを避けたいだけなんだろうと思う。


 途方もない時間の経過で精神が病むのを防ぐため、入植者たちの意識は極限まで圧縮される。恐怖も悲哀も孤独もない、無の領域だ。

 一方、管理者である私は、この計画の全容を知る唯一の入植者として意(・)識(・)は(・)そ(・)の(・)ま(・)ま(・)にソフィアへと格納される予定だ。


 正直、不安だ。

 恐れるなと言うほうが難しい。

 私の気が狂わない保証もないだろう。一万年という時間は、個人の覚悟や気合で乗り越えられる長さではないと思うが、それでもやるしかないらしい。


 しかし、楽しみなこともある。


 新天地には新しい音や色があり、誰も見たことのない芸術に出会えるのかもしれない。新しい物理法則の発見や、未知の生命体との遭遇……そんな未来には強く心を惹かれている。

 アクト・オブ・ソフィアが成功すれば、こうした恒星系を介した繁栄が当たり前の時代がくるかもしれないし、上手くいかずに、人類はあっさり滅びるかもしれないし。何はともあれ最初の一歩を踏み出さなければ始まらない。


 困難を乗り越えて星々へ。

 ボイジャー2号を追いかける旅へ。


 では、また向こうで。



※「ローレンツ収縮」についての補足

ソフィアが「光速に近い速度」で移動する場合、船員の体感時間は一万年よりも短くなります。一万年を耐える必要はありません。

ただし、「観測点航法」という移動方法においてはローレンツ収縮が起こらない設定です(これは架空の概念であり、このような移動方法は現実には存在しません)。

物語の本筋とは直接関係がないため、あくまで補足的な情報としてここに記します。

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