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ハリユ王国物語  作者: ねむのき新月
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5章の2 祭りのあとのはじまり

 どうすることもできない結末を振り払うように、ファリーヤは明るく尋ねた。


「えっと、あなたとお兄様は仲良しなんでしょ? 今回の件は褒めてもらったの?」

「いや、警戒が足りないと叱られた」


 サヒードはアイディ以外にも警護をつけていた。

 アイディと連携しあって警戒していたのだ。

 万一ラシードに何かあれば、すぐに動いただろう。

 だが、その万一が起こった場合、ラシードの命の保証はほとんどない。


『わたしへの恩義というが、それがおまえを縛る鎖になっているのなら、わたしは自分を許せない』


 弟を慈しむのは兄としては当然のことなのだから。


「……ぼくは、兄上の弟で良かったと思ったよ」


 口にしてから照れ臭さをごまかすように咳払いをして、 ラシードは話を変えた。


「きみのほうは? ダレイスはどうしてる?」

「今日は祭に店を出してると思う。お客さんに薬草茶の試飲もしてもらうって言ったけど。『地道な商売は向いてないんだよねえ』なんて言ってたから、真面目にやってるかどうか、あとで見に行かなくちゃ」


 そして、ファリーヤは軽く空を見上げた。

 そこに鷹の姿はないが、きっと懲りずにまたやって来るに違いない。


「あのミラルっていう魔神はね、ダレイスのことが好きなのよ」

「――あのときの魔神は、少年、だったよね?」


 小作りな面差しも華奢な体つきも、中性的ではあったが男性だったはずだ。


「そうなんだけどね。すごくダレイスに懐いていたの。なのに、ダレイスは人間界に来たきりで帰らないでしょう? それに堪えられなくなって、このところしょっちゅう覗きに来てたんだけど、都には入れない。だから棗椰子のところから、じっとうかがってたんですって」


 健気なことだが微妙なところである。


「ダレイスはね。あたしの両親を救えなかったってずっと後悔しているの」


 力はあったのに、助けが間に合わなかった。

 もちろん魔神とて万能であるわけがない。

 それでもダレイスは悔やんでいる。


「いままで父親孝行も兄に任せっぱなしだったし、姪のあたしも気になるって、魔神の国から出てきたの。お祖父様だって本当は嬉しいくせに、魔神の力は人間が生きていく上では必要ないって、怒ってるのよ。必死に生きようとする人間に失礼だって」


 だからファリーヤは、祖父の気持ちを和らげるためにも、叔父と約束をしたのだ。

 魔力を封じるために鉄の腕輪を何本も腕につけること。命の危険にさらされない限りその腕輪は取らないこと。極力人間めいて生活すること。


「でも選んだ職業が結局魔術師だから、お祖父様は気に入らないのね」

「きみも弟子入りなんて言うし?」

「だって、ダレイスがお祖父様の息子だって誰も知らないんだもの。死んだことになってるの。魔力が強すぎたから、ひいお祖母様が迎えにきて、魔神の国へ連れていったの。そのほうがいいってみんな思ったって」


 時折は夕闇に紛れて顔を見せには来ていたものの、ダレイスはずっと魔神の国で暮らしていた。

 しかしいまはこのロンにいてくれる。ミラルには申し訳ないことだが。


「せっかく大好きな叔父様がそばで暮らしているのに、他人みたいだなんておかしいでしょ。最初の頃は、ちょっと魔術師の店に用があるっていう感じで行ってたんだけど、入り浸るには弟子志望が一番自然で手っ取り早いと思ったのよ。色々手伝いもできるかなって」

「あぁ、魔法の道具の回収とか?」


 ラシードの問いに、ファリーヤは過去のやりとりを思い出す。

 はぐらかしていたのだが、もうその必要はないだろう。


「そう。魔神の国へ返してるの。魔神が作った魔神用の道具だもの。人間の世界にあってはいけない物なのよ。そう思わない?」

「王家の魔法の壺は?」

「あれは人間が作った物だから、いいんですって」


 線引きははっきりしている。

 どれほど魔神に不利な物であろうとも、それは人間の物だ。


「なるほど。それで、今回の件で、タリクとダレイスの仲はどうなんだ?」


 タリクは牢内で普通に過ごしていたようだ。

 警邏長はイクレムからの圧力でなかなか外へ出しはしなかったが、国王や宰相からのせっつきもあり、丁重に扱っていたらしい。

 中間管理職の悲しいところである。


 そしてタリクが大商人であることを知っている牢番は袖の下をもらい、加減をしていた。

 食事もそれなりのものが出たようだが、何分齢七十の老人である。


 ダレイスが父タリクのために用意した薬草を、タリクはむっつりと受け取っていた。


「お祖父様ったら、意地っ張りなの」


 そんなファリーヤの感想に、ラシードは苦笑する。


「きみがぼくの目を怖がらないわけがわかったよ」

「そうよ。魔神の血筋だもの。あなたが目で悩むなら、あたしは自分の血を悩まなくちゃいけないんでしょうけど、これが悩みにならないのよね」

「どうして?」

「あら、いつもと逆ね」


 くすりとファリーヤは笑う。


「気にしてないからよ。言い触らしはしないけど、さすがに。でも全部含めてあたしが成立してるんだし、今更どうにかなるものでもないし」


 胸を張るファリーヤだったが、ほんの少し緊張気味に聞き返す。


「あなたはあたしが怖くないの?」

「……は?」


 ラシードは知らぬ言語を使われたかのように一瞬唖然としてから、続けた。


「どこをどう怖がれと? 何度も危ない目に合っていながら、懲りない女魔神の曾孫が怖いって? あり得ないな。それにきみが自分で言ったろう? 悪いことしてるわけじゃなし、堂々としていればいいって」


 ラシードのこの台詞が、自分でも驚くほどファリーヤは嬉しかった。


「でもそういえば、ダレイスの居場所がわかったのは魔力のお陰なのか?」


 少しだけばつが悪そうに、少女は肩をすくめる。


「ああいうことができるのは、新月の夜付近にちょっとだけ。あのときは、ダレイスの行動を見たの。その場で何が起きたのか、過去を見ただけよ」


 だから本当は、探し回らなくても新月まで待てば、簡単に見つけられるとわかっていた。


「でもじっとしていられなくて、ちょっとでも早く見つけようと思ったんだけど、結局、魔神の力に頼っちゃった」


 お祖父様の嫌いな魔神の力、と頬杖をつくファリーヤに、ラシードは同じような姿勢を取る。


「でもその力でひとを助けることもできる。少なくともぼくはとても助かったよ」

「役に立ててよかったわ。けど、他にはたいしたことできないのよね」


 女魔神の血は流れているものの、ファリーヤに魔神としての力はほとんどない。

 新月の前後数日間だけ、わずかにその魔力を得る。ほんの少し過去を見る。ほんの少し未来を見る。ほんの少し怪我の治りが早くなる。その程度だ。


「その程度だけど、お祖父様は嫌がるのよ。だから普段は、新月の頃はさっさと休むことにしてるの。そのほうがお祖父様が安心するみたいだから」

「タリクはきっと魔神の力が嫌いなんじゃなくて、そのためにきみたちが魔神の国へ連れて行かれることが嫌なんだと思う」

「……うん。実はあたしもそうじゃないかなって思ってた」


 手の中で石榴を転がしながら、ファリーヤはぽつりと呟く。


「お祖父様が普段はあたしの好きにさせてくれてるのは、最終的には、ひいお祖母様が助けてくれるっていうのがあると思うのよ」


 だからファリーヤには危機感が足りないのかもしれない。

 それは普通の人間にはない恩恵だろう。


「でもそれ、お祖父様としては微妙よね? 対人間的には安心なんだろうけど、対女魔神的には不安もあるというか」


 おもむろに少女は腕輪を抜いた。


「やっぱり、これ、ひいお祖母様に返そうかな……。あたしは魔神の国に行くつもりはないし、都合よく使うのもなんだか気が引ける」

「きみを守るために渡してくれているんだから、持っているべきだよ」


 腕輪を戻しつつ、ラシードはそう意見する。


「でも、なんだか狡いことしてるみたい。今回だって本当は、新月を待たなくても、ひいお祖母様を呼べばすぐにダレイスを見つけられたかもしれないのに」

「そうとは限らないんじゃないかな。ダレイスは隠れていたんだから」

「けど」

「それに、きみは命が危なくなるまでそれを使おうとしなかったろう? それも、危ないときに自分以外の人間がいたからだろう? 持って生まれた才能だと思えばいい。記憶力が良かったり、力が強かったりするのと同じだよ」


 少々乱暴な言い分だが、ファリーヤは自分を真っ直ぐに見る真剣な青い目を見て、くすりと笑った。


「ありがとう。そう思うことにするわ。そういえば、ね? ずっと気にしてるようだけど、あなたの目は凶眼なんかじゃないって、わかったでしょ? 今回の騒動だって無事におさまったもの」

「イクレムは、ぼくに睨まれたって大騒ぎだった」

「失礼な話ね」


 まるで自分のことのように立腹するファリーヤに、ラシードは目元を和ませる。


「ハリクに会ってきたんだ」

「赤ちゃん王子様ね?」


 変わった話題に、ファリーヤは身を乗り出した。


「ミシカ義姉上が、顔を見に来るようにって矢の催促で。母上や兄上にもせっつかれて、行ってきた。兄上に似てる感じがしたけど、とにかく小さくてね。ミシカ義姉上がさっさと抱き上げてぼくに寄越すんだよ。ふにゃふにゃで落としたらどうしようかと思ったんだけど、ぼくの目をじっと見て、笑ったんだ」


 どこかはにかむようなラシードを見て、ファリーヤは最初に出会ったときの顔を思い出していた。


「ハリクの乳母は渋い顔をしていたけどね。凶眼が魔除けになると思えばとかなんとかぶつぶつ言ってた」

「迷信の中には真実が含まれてることも多いけど、そうじゃないことも信じちゃうひとたちも多いのよね」

「古くから伝わっていることだからね。なかなか急には切り替わらないよ」

「でも――あ!」


 ファリーヤは良いことを思いついたというふうに、手を叩いた。


「あたしの目は吉眼だって祖父は言うわ。魔神の血が入ってるのに、変な話だけど。だから、あなたがその目を気にするなら、ずっとあたしがそばにいてあげる。きっと足して割れば五分五分の普通でしょ?」


 そんな提案に、少年は意味ありげにふっと微笑む。


「きみ、その意味わかってる?」

「え?」

「それは結婚の申し込みだろう? なかなか大胆だね?」


 ファリーヤは、慌てて否定する。


「な、ち、違っ」


 幸い、道行くひとは自分たちが祭を楽しむのに一生懸命で、片隅に座り込んでいるふたりに興味を示してはいない。


「違うのかい?」

「う、えと。も、申し込みをしたわけじゃ」

「ああ、やっぱりぼくのこの目がいけないんだね」


 芝居じみた動作でうなだれるラシードに、ファリーヤは慌てて声を上げる。


「あなたの目は好きだって言ってるじゃない!」

「――聞いたことないけど」

「嘘。綺麗だって言ったわよ」

「綺麗は聞いたけど、好きだっていうのは聞いたことない」

「だ、だから、好きよ、その青い目」

「目だけ?」


 追いつめられているような気がする。

 しかしそれは気のせいではない。

 そしてその息苦しさは、不快なものではなかった。


「ラ、ラシード。あの」


 からかうような笑みをおさめ、ラシードはファリーヤを見つめた。


「ぼくは、きみがずっとそばにいてくれたら嬉しいよ」


 幼いとき、はじめて会ったときから、ずっとそう思っていたのかもしれない。


「ファリーヤ! ここにいたのかい! わたしと祭を回ろうじゃないか――!」


 場の雰囲気が、一瞬で壊れた。


 タリクが無事に牢から出て、いままでと変わらぬ状況になったためか、懲りないイータグがいそいそとやってくる。


「――あのね、イータグ」


 文句をつけようとしたファリーヤの手首が引かれて、目の前に、ラシードの顔が広がった。

 唇に柔らかいものが重なって、すぐに離れる。

 何が起こったか理解したファリーヤが、声にならない声を上げた。

 そんな少女を抱きしめ、ラシードがイータグを睨みつける。


「きみは、自分からファリーヤに別れを告げただろう? まだ何かあるのか?」


 ラシードの瞳の色に驚いたのか、ただその剣幕に怯えたのか、びくりと身を強ばらせたイータグは、『あぁ』とか『うぅ』とか呻いて、そそくさとその場をあとにした。


 ファリーヤはぐいと腕に力を込めて、ラシードと距離を取る。


「ちょっと、ラシード。イータグくらい自分で追い払えるわよ」

「許嫁面したあんなやつに、きみの周りをうろうろされるのは、ぼくが我慢できない」


 少女は先程の行動と、その台詞の意味を、考える。


「え、えと、でもね」

「嫌だった?」


 ラシードの親指が、ファリーヤの唇をそっとなぞった。

 ファリーヤは空を映したような青い瞳に自分の姿だけを見つけて、ゆっくりと目を閉じる。


「嫌じゃ、ない……」


 その頬は手にある石榴の実に負けないほど、赤く染まっていた。

                                   了

これで終了となります。

つたない作品にお付き合いいただきありがとうございました。

作品は言うまでもなく、投稿作法など、ご不快な部分も多々あったかと思われます。

章分けやサブタイトル等の修正も考えましたが、この作品はこちらへの初投稿ということで、このまま残すつもりです。

ご縁がありましたら、またよろしくお願いいたします。

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