閑話休題 賢者と先代魔王
バラギアン王国の王都にある巨大な城。グレートレッドホーン城。
その城の地下深くには一般に知られていない区画があり、その区画にある応接室でユーニスは古い資料に目を通している。
「陛下……。どうやら、この情報で間違いないようです」
「ふむ。僕にも見せてくれ」
「どうぞ。ここに書いてある『封印の杖』と呼ばれる魔術具が、ガーディアンの感覚を麻痺させて、外部の変化に反応しないようにしているようです」
そうするのが当たり前のような仕草で手を伸ばしてきた先代魔王へと、ページを開いたままユーニスが資料を手渡す。
ふかふかの絨毯。赤いビロードのソファ。
丁寧な彫刻が脚まで施されたローテーブルに、照明の魔法がいくつも組み込まれたシャンデリア。
滅多に使われないのに、豪華な調度品がそろっている応接室。
その応接室で、ユーニスの隣にはマーガレットが座り、反対側のソファには先代魔王と年老いた宮廷魔術師が座って、手分けして資料を調べていた。
「なるほど……。ガーディアンを直接どうにかするのでは無く、周りで何が起きても動かないようにしたのか」
「ガーディアンの力が必要になった時は、封印を解けば元通り……。うまいやり方ですね」
……アラベスの代わりにガーディアンの調査を引き受けて、二ヶ月ほど経ったでしょうか?
まさか、こんなに時間がかかるとは思っても見ませんでした。
街から街への移動に、伯爵や魔王への面会待ち。
資料を調べたいと思っても許可が下りるまで待たされて、先代魔王の協力を得て本格的な調査が始まるまで、一ヶ月ほどかかってしまいました。
待たされている間、マーガレット様と一緒に王都にある有名なスイーツのお店に通ったのは楽しかったですが……。
「陛下。私にも、その資料を見せてくだされ」
「そうだな。これで間違いないか、お前も読んでくれ」
開いたままになっている資料が、今度は隣に座っているローブ姿の老人へと手渡される。
……この老人は確か、ライナバスという名前だったかしら。
かなり偉い地位にある宮廷魔術師のようですが、それにしても、先代魔王との関係が近すぎるのではないでしょうか?
「これは、幻惑魔法の使い手として有名な魔王が残した資料ですな? ゴーレムとは関係ないと思って、読み飛ばしていましたが……。まさかこんな方法でガーディアンを封印するとは」
「敵の視覚や聴覚を封じる魔法は珍しくないが、それをゴーレムに応用する発想が面白いな。あまり知られていない地味な魔王だが、それでも、魔王にふさわしい力を持っていると言うことか」
目の前にいる老人は、魔王から紹介されるまで名前を聞いたことも無かった人物ですが、知識は豊富で、私の見立てでは実力もかなりの物です。
冒険者ギルドの長老たちと良い勝負ぐらい……?
四天王として有名な人物以外にも、こんな魔術師が潜んでいるのが、歴史あるバラギアン王国の底力なのかもしれません。
「どうやら、最初の実験で成功したようですな。あとは杖を量産して、それぞれの街に配るだけだと書いてあります。……と言うことはこの城にも、封印の杖があるのではないでしょうか?」
「杖の見た目はわかるか?」
「ここの記述によると……。手に持つ部分は普通の木で、先端に付けられた赤い水晶玉が封印の機能を果たすようです」
「赤い水晶玉の付いた杖、か……。どこかで見た記憶があるぞ……」
ギルド経由で依頼されたのは、ガーディアンが動き出した理由を探ること。
ここまでわかれば、私たちの仕事は終わりでしょう。
あとは魔王や伯爵に、魔術具の状況を調べてもらうだけです。
調査の一環で、ガーディアンの製造に関する情報も手に入りましたが……。
これは、あとでこっそりソウタ君へのお土産にする予定です。
☆
数日前、アラベスから入った連絡によると、ソウタ君はギルドからの依頼を受けて、バラギアン王国の南東地方に向かうそうです。
何でも、野良ゴーレムを退治しに行くとか……。城の地下で地味な調査をしている私たちと比べて、あっちは派手で楽しそう。
……私も真剣に、ロック鳥に乗る方法を考えるべきでしょうか?
確か、トパーズさんという名前でしたよね。
一度乗せてもらっただけですが、背中は広くて揺れもほとんどなくて、それほど悪くない経験だった気もします。
あとは私が、高いところを平気になれば……。
トラウマを克服する魔法が、賢者の書に乗ってなかったかしら?
時間がある時にでも、ゆっくり調べてみましょう。
私が考え事をしている間に、先代魔王は部屋を出て行き、先端に赤い水晶玉の付いた杖を持って戻ってきました。
その間もずっと、横に座っているマーガレット様は、古い資料を楽しそうに読んでいました。
「この杖で間違いないか?」
「陛下! どこでこれを……」
「地下にある魔王の墓所で、奥の壁に飾ってあった。ただの飾りだと思っていたが、まさか魔術具だったとはな」
杖を受け取った宮廷魔術師が、赤い水晶を覗き込んで鑑定しています。
私も、身を乗り出して見せてもらいましたが、かなりの魔力が秘められていることしかわかりません。
「持ち手の部分に魔王のサインが入ってますし、これが封印の杖で間違いないでしょう。ああっ、陛下! もっと慎重に扱ってください‼」
「どういう事だ?」
「資料の記述によると、その水晶玉を割ることで、ガーディアンの封印が解かれるようです。……試してみますか?」
「いや、止めておこう。この杖は元の場所に戻してくるよ」
正確な数はわかりませんが、王都を守るガーディアンは、表に見えている物だけで二十体以上は居たはずです。
他の都市とは違って、隠されたガーディアンが居るという噂もあります。
一本の杖で全てのガーディアンを封印しているとは限りませんが、ここで実験をするのは止めた方が良いと、先代魔王も判断してくれたのでしょう。
「お嬢様方にも手伝っていただいて、助かりました」
「いえいえ。これも仕事ですから」
杖を手にした先代魔王が部屋を出て行って、ソファに残された宮廷魔術師から声をかけられました。
……普通の魔族に見えますが、この老人は私より年上なのでしょうか?
マーガレット様より長生きしている可能性ともなると、かなり低いと思われますが、ここで突っ込みを入れるのは野暮というものでしょう。
褒め言葉だと思って素直に受け取っておきます。
「お二人は、このあとはどうするおつもりですか? 引き続き、杖の調査や研究を手伝っていただけると助かるのですが……」
「私には、引っ越しの予定が入ってまして。マーガレット様は——」
さりげなく隣を確認しても、マーガレット様はこちらを見ようともせず、小さく首を振るだけです。
どうやら、気になっていた資料を全て読み尽くした様子。
「マーガレット様も忙しい方ですので、このあとの調査はそちらにお任せしようと思います。ここから先は、冒険者ギルドの範疇を超えそうですし」
「……それもそうですな。取り急ぎ必要なのはそれぞれの街で、杖がどのように管理されているかの調査でしょうか」
「封印の杖の応用については興味がありますが……。これは、個人的に研究させていただきますね」
「それは面白そうですな。では、何かわかりましたら私の方に連絡を——」
「それじゃあ、とっとと資料を図書室に戻して、くら〜い地下の世界から、明るい地上に戻ろうか!」
宮廷魔術師の言葉を遮ったのは、応接室に戻ってきた先代魔王です。
……声をかけるタイミングを見計らっていたのでしょうか?
ローブ姿の老人が、何とも言えないような表情になってます。
「へ〜い〜か〜……」
「おやぁ? ガーディアンの調査がようやく進んだというのに、ライナバスには何か不満でも?」
この二人は本当に、宮廷魔術師と先代魔王なのかしら?
仲が良い友人のようにも見えるけど……。ここで私が追及しても、特に得るものはないでしょうね。
「では、私たちは資料を片付けますね」
「ちょっと待ってくだされ。杖に関する資料は出しておいて——」
ローテーブルに山のように積まれていた資料を、ソファの周りに置いてある箱へと戻していきます。
何も言わなくても、マーガレット様も手伝ってくれました。
「あっ、そうそう。依頼料のおまけという訳じゃないんだけど、面白い情報が入ったので君たちにも教えておこう」
「……何でしょう?」
資料をほとんど片付けたところで、いかにも話のついでといった感じで、先代魔王が声をかけてきました。
「この国の南東地方にある、千年闇の森は知っているだろう? あそこを彷徨っていたアイアンゴーレムが討伐されたんだって」
「えっ……? それはたぶん……。でも、そんなことが……」
アラベスから連絡があった時、ソウタ君はまだ、イムルシアにある自分の屋敷にいたはずです。
そこから数日でバラギアン王国の南東地方に移動して、魔族大戦時代から彷徨い続けているゴーレムを倒すなんて、普通に考えると有り得ません。
しかし、ロック鳥をパートナーとしているソウタ君なら……。鉄の巨人を自由に操るソウタ君には、簡単な話かもしれません。
そもそも、アイアンゴーレムを倒せるような人物なんて他には——
チラリと横を見ると、マーガレット様が目を輝かせていました。
聞かなくてもわかります。ソウタ君のことを考えていたのですね。
「ふふっ……。君たちにも、思い当たる人がいるんだね?」
宮廷魔術師の老人より先代魔王の方が、話の運び方が上手なようです。
どうなるのかわかっていても、私は誘惑を断ち切れませんでした。
「……もう少し、詳しい話を聞かせてもらえますか?」
「もちろんかまわないよ。ただし、話の続きはお茶を飲みながらね。城の喫茶室にお茶菓子も用意させてるから」
調査を終えた以上、すぐにでも帰るつもりだったのですが……。
少し、帰るのが遅くなりそうです。