11 天使降臨
土と苔に覆われたゴーレムに、堂々とした態度で近づくオニキス。
……二体が並んだところを見ると、かなりサイズに差があるな。
森に居たゴーレムは身長が三メートルぐらいで、オニキスは十五メートルぐらいある。
小さくてもどんな能力があるかわからないし、気を抜かないで……。と、僕が伝えるのよりも早く、戦闘が始まった。
殴りかかってきたゴーレムの腕を掴み、胸の前まで軽々と持ち上げて、がら空きのボディにオニキスがストレートを決める。
鉄と鉄のぶつかる重くて鈍い音が、太い幹まで震わせて、ゴーレムの身体にへばりついていた土や苔が、どぼっと音を立てて地面に落ちる。
露わになった鉄の身体は、既に胸の部分が大きく凹んでいた。
——ガゴオォォン…… ガゴオォォオン…… ガゴオォォオオオン……
建設現場で見かける重機のような音が、辺りに響き渡る。
オニキスは手を止めようとせず、ゴーレムの身体を地面にたたきつけて、馬乗りの姿勢で何度もパンチを叩き込む。
……大人と子どもの喧嘩かな? 心配するほどでもなかった?
トパーズの眼を借りて見守っていた僕には、鉄の身体から少しずつ、青白い光が抜けていくのが見えた。
分厚い雲に向けて、ゆっくり上っていく淡い光。
——ドッゴオオォォォォンンン……
ひときわ大きな打撃音が響き渡り、ゴーレムが完全に動かなくなった。
「ふううぅぅぅぅ……。終わった……ようです……」
自分でも気付かないうちに緊張したのだろう。
自然と、大きな吐息が唇から漏れた。
原形をとどめないほどボコボコにされて、思いっきり地面にめり込んでいるアイアンゴーレム。
鉄の塊が青白い光に包まれ、光が太い柱となって、分厚い雲を突き抜ける。
周りの木々や地面からも光があふれ出し、光の柱に絡みつき、さらに太い柱となって、高く天へと昇っていく。
……魔族大戦の生き残りってことは、二千年? 三千年? とにかく、想像出来ないぐらい長い間、この地を彷徨っていたのだろう。
こうするのが本当に良かったのか、僕にはわからないけど……。おつかれさまでした。
「あっ……。雲が……」
そうつぶやいたのはマイヤーだった。
視界を自分に戻し、雲を見上げる。
いつの間にか、分厚い雲に穴が開いていて、そこから光が差していた。
小さかった穴が徐々に広がり、綺麗な青空が見えてくる。
ゆっくり視線を降ろすと、落ち葉の積もった地面も、森の木々も、そこら中に生えている雑草も、色が変わった訳でもないのに、新鮮で生き生きしているように感じられた。
「それじゃあ……。最後のゴーレムも無事に討伐できたし、あとはルハンナ伯爵に報告すれば、依頼完了かな?」
「はい、そうです。それにしても、こんなにあっさり魔族大戦時代のゴーレムを倒してしまうとは……。それなりに経験を積んできたつもりですが、ソウタ殿には驚かされるようなことばかりですよ」
「すごいのは僕じゃなくて、オニキスやトパーズですが……」
昨日、オニキスとストーンゴーレムの戦いを見て、頭を抱えて動けなくなるぐらい驚いていたフォルデンさんが、今日は、アイアンゴーレムとの戦いを見ても普通に会話できている。
個人的には、そっちの方がすごいと思うんだけど……。
いろいろ経験してきたから、ショックに強いのかな?
「ここのゴーレムからも、欠片を分けてもらって良いですか? ……アイアンゴーレムだから、欠片というより身体の一部になりそうだけど」
「もちろん構いません。ソウタ殿の自由にして下さい」
昨日の夕方倒したゴーレムと、今日の朝倒したゴーレム。
後で調べるために、オニキスが倒した二体のストーンゴーレムから欠片を分けてもらった。
欠片が大きすぎて僕のリュックに入りきらなかったけど、こうなることを予想したマイヤーが、見た目よりも大きな物が入るバッグを持ってきていた。
もう少しで、持って帰るのを諦めるところだった……。助かった。
雲が晴れて見通しも良くなったことだし、四人そろって森に入る。
安全になったのを察したのか、勝手に猫サイズに戻ったルビィが胸元に飛びついてくる。
僕ももう、大丈夫だと思ったんだけど……。アラベスたちはまだ、警戒を解いてないようだ。
「ちょっと大きいけど、バッグに入るかな?」
「これぐらいなら問題ありません」
よっぽど強く、オニキスが殴ったのかな?
アイアンゴーレムの左腕が外れていたので、もらって帰ることにした。
人間サイズになったオニキスに抱えてもらって、バッグに入れて——
「ソウタ殿! 上を見て下さい‼」
突然、大きな声を出したのは、アラベスだった。
言われたとおり、急いで視線を上げる。
雲一つない青空。まぶしく輝く太陽。
「とり……? いや、違う……。ひと、かな……?」
アラベスの指差す先に、白い点が見えた。
小さかった点が徐々に大きくなり、白鳥のような羽が見えてくる。
「あれは、まさか……。天使……?」
小さな声でつぶやいたのは、フォルデンさんだった。
白くて大きな翼。頭上に輝く光輪。
空の彼方から降りてくるのは、天使の特徴を備えた人だけど……。着ている服が上下とも白のタキシードで、なんだか、結婚式の新郎みたいだ。
ずっと翼を広げたままで羽ばたいたりしてないから、揚力で飛んでるんじゃないのかな? まさか、飾りってことはないだろうけど……。
どうでも良いことを考えている間に、天使みたいな人が降りてきて、地面から五十センチほど浮いたところで止まった。
「この地に縛られていた魂を解放したのは、あなたたち——」
整った容姿。丁寧に揃えられた茶色い髪。
天使っぽい人がにっこり微笑み、僕たちに話しかけてきた……。けど、すぐに言葉が止まった。
……見つめているのは僕? どうして、そんなにびっくりしてるの?




