閑話休題 神官戦士の後悔
ルハンナの街にある、神官戦士団の宿舎。
一般の神官戦士は相部屋だが、役職持ちには個室が与えられている。
伯爵への報告を終えてようやく宿舎へと戻ってきた私は、三階にある自分の部屋に入り、ソファに腰を下ろした。
「疲れた……」
冷たい水を飲みたい。装備を外したい。神官服を脱ぎたい。
やりたいことも、やらなければいけないこともあるのに、身体が動かない。
本音を言うと、このままベッドに入って、何もかも忘れて眠りたい。
こんなに疲れたのは、山賊を追いかけて一晩中走り続けた時以来だろう。
昨日から今日にかけて、激しい戦闘をした訳でもないのに……。見届け役として同行しただけなのに、とにかく疲れた。
伯爵からの依頼を受けたのが失敗だったのか?
部下の中から、誰か代わりに行かせるべきだったか?
……神官戦士はその性質から、常に人員が不足している状態だ。
その上、今は団長が体調不良で自宅療養中。
引退した元団長に臨時で復帰してもらって、若手の教育を手伝ってもらっているような状況で、腕の立つ団員に余裕はない。
アンデッドが出るかもしれないという依頼に、経験が浅い部下を送るのも無理がある。
やはり、副団長の私が行くしかなかったのだ。
私なら……。若い頃から、それなりに経験を積んできたつもりだ。
貧乏な片田舎で少し目立つ程度の強さだった私が、たまたま、簡単な治癒魔法を使えたことで神官戦士となり、それから四十年。
胸を張って自慢できるようなことも、表立っては言えないようなことも経験してきた。
司祭を守って戦ったこともある。
アンデッドの集団に囲まれたこともある。
副団長となってからは中央の神官戦士だけでなく、他の街に所属している神官戦士との交流も増えた。
そんな自分が、あそこまで驚かされるとは……。
思い出しただけで鳥肌が立つ。
あの、大きな鳥は何だ? 鳥に乗って空を飛ぶだなんて、おとぎ話か?
豹に変身する猫。我々の攻撃では傷一つ付けられないゴーレムを、あっさり破壊した鉄の巨人。
幼い頃に読んだ、絵本に出てくる話のようだ。
……部下に話をしても、誰も信じないだろうな。
同じ野獣使いでもあの少年は、私が知っている野獣使いとは格が違う。
石像使いに知り合いはいないが、あれぐらい普通なのか?
どう見ても、普通の人間にしか見えない少年が、この地方では知らない者が居ないアイアンゴーレムまで倒してしまった。
そして、空から舞い降りた天使……。
治癒魔法こそ使えるが、私は、神の声を聞いたことが無い。
司祭や神官のように、心の底から神を信じたことも無い。
田舎に残してきた家族のために、仕事として、神官戦士を務めてきた。
いや、金のために働いてきたという方が正しいか。
初めて天使を見た私は、自分でも気付かないうちに地面に膝をつき、祈りを捧げながら涙を流していた。
……あの天使はソウタ殿を迎えに来たようだが、そのためだけに、地上に降りてきたとは思えない。
きっと私を救うために、私を正しい道へと導くために、女神が使わせてくれたのだろう。
今ならわかる。私は間違っていた。
甘い誘惑に負け、弱い心につけ込まれた。
過去を消すことはできないが、まだ、手遅れではないはずだ。
国のため、家族を守るため、女神のために、できることがある。
やらなければならないことがある。
ゆっくりソファから立ち上がり、軽く頭を振って考えをまとめた。
「まずは……。調べるとしたら、補給部隊の部屋からか?」
神官服を脱ぐにはまだ早い。装備も付けておいた方が良い。
まずは、証拠を集めるところから……。組織に勧誘されたのが、私だけとは限らない。慎重に行動するべきだ。
たとえ私が失敗したとしても、いざという時は、あの少年が何とかしてくれるだろう。
ソウタ殿……。女神に愛された少年が。




