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ナインテイカー  作者: キミト
第四章 『速狂士』
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第四話  レッツ・エンジョイ

「第一回! ドキッ、美少女だらけのパン作り勝負~」


 わーわー どんどんぱふぱふ~


「え……何これ?」


 学園寮内の調理室にて。

 リエラは、魔法で効果音を出し無駄に盛り上げられている状況に思わず声を漏らす。

 ピカピカの床に染み一つ無い壁。清潔感抜群の室内には、自分を含めて七つの人影がある。

 真っ先に声を上げ、今回の『企画』の題名を宣言した友人――芦名藤吾。

 審査員と書かれたプレートの置かれた机に着いている、レストと『極剣』四字練夜。

 そして、フリル多めの可愛らしいエプロンに身を包んだ己と、ニーラ、二条綾香、世羅・ヴォルミット・クーリエの女性組みである。

 広々とした調理室を占有する自分達の現状に、リエラはどうしてこうなった……? と、数十分前の出来事に想いを馳せたのであった。


 ~~~~~~


 ことの始まりは皆が集まった昼過ぎのことである。

 レストを始めとした『何時もの五人』は、久しぶり(といっても数日程度だが)に予定を合わせ、五人で遊びにでも出ようかという話になっていた。

 此処最近はレストが理由は謎ながら忙しそうにし、藤吾もバイトと課題に追われ暇が無く、その他それぞれに上手く予定が合わなかった為、漸く出来た空き時間だ。

 そんな貴重な時間の中、レストが真っ先に手を挙げ、言う。


「実はやりたいことがあるんだが。良いかな?」


 この彼の発言に皆乗った。

 何をするか、特別決まっていた訳では無い。時間を無為に過ごすのも勿体無く、案があるのならそれに越した事は無い。

 そんな軽い気持ちで方針を決定し。あれよあれよという間に準備が整えられ、今という訳である。


「いや、せっかくだから皆で料理でもしよう、ってのは分かるんだけど。その題名は何? 後、どうしてクーリエ達まで居るわけ?」


 審査員席に我が物顔で居座るレストへと疑問をぶつける。

 ぎしり、と彼が背もたれに体重を預けた。


「別に。ただ、せっかくなら料理を作るだけではなく、勝負にしてみたら面白いんじゃないかなと思ってね。世羅と練夜君に関しては、丁度鍛練も終わって暇そうだったから誘ったんだ」

「ふ~ん。で? 何で作る側には女の子しか居ないの?」

「……昔。知り合ったとある貴族が、言っていたんだ」


 はあ? と思いながらも、一同は耳を傾ける。


「僕はパンが好きだと。それもただのパンでは無い、美少女が手ずからこねた、汗と愛情とその他諸々の籠もったパンが好きだと」


 どんな変態だ、とリエラは眉を顰めた。

 藤吾がうんうんと頷いている。リエラの思いにか、貴族とやらの考えにかは定かでは無い。


「彼が何故そんな所に拘るのかはよく分からないが、熱心に勧められ、多少は興味が湧いたのでね。何時かそんな機会を作ってみよう、と思っていたんだ」

「だから私達にパンを作れと?」

「ああ。幸い、見た目の良い子が集まっているしね。丁度良いだろう?」


 見た目以外は駄目、と言われている気がしてむっとするリエラだが、よくよく考えればその通りかと思い直した。

 自分が余り女性らしくなく、がさつで男勝りな性格なのは自覚する所である。クーリエも似たようなものであり、褒め言葉を受け身体をミミズのようにくねらせている綾香は反応通りレスト狂いの変態だ。

 嬉しそうに僅かに頬を染めているニーラだけが、女の子らしくまっとうな性格をしているのである。こんな面子では、共通して褒められるのは見た目くらいしか無いだろう。

 一応リエラ、容姿には自信があるのだ。他のメンバーも総じて見目麗しく、『美少女』という条件は問題なく満たしていると言えた。


「だからって何で私がパンなんざ作らなきゃならねぇんだよ。シショーもそんな所に座ってないで何か言ってくれ!」


 不満気なクーリエが師である四字に助けを求めるが、彼は黙って目を瞑った。

 口出しする気は無い、という事らしい。だが同時に席を離れない辺り、審査員として参加する気はあるようだ。


「まぁまぁ、落ち着いてクーリエ。……ねぇレスト。別にさ、楽しそうだしパンを作るのは良いんだけど」

「だけど?」

「せめて、何か無いの? 勝者には豪華賞品が、とか」


 さり気なく『豪華』と付けながら、リエラは提案する。

 やはり賞品があった方が勝負は燃えるというものだ。それにレスト達は審査員という名目で食べるだけだし、それ位ねだっても罰は当たらないだろう。

 ふむ、とレストが頷く。


「そうだね、賞品があった方が良いだろう。というか実は、事前に用意してあるんだ」

「え、本当?」


 喜色を滲ませるリエラに頷き、レストはそれを懐から取り出す。


「これだ」


 それは、一枚の紙だった。長方形で十数センチ程度の大きさであり、リエラはライブのチケットか何かかと思い首を傾げる。


「何? 何のチケット?」

「いや、これはチケットでは無い。お願い券だ」

「お願い券?」

「そう。『レスト・リヴェルスタが、何でも一つ願いを叶えてくれる券』だ」

「何でも!?」


 がたり、綾香が絶叫し身を乗り出す。

 その隣では、ニーラまでもが無言のままに身を乗り出していた。二人の反応にリエラは思わず頬を引く付かせる。

 レストがおかしそうに笑った。


「くくっ、そう興奮しないでくれ。一応言っておくが、この券で叶えられるのはあくまでも私に出来る範囲の願いだ。それから、人類を滅ぼしてくれ――なんて言うふざけた類の願いも、私は叶えない。そこは了承しておいてくれ」


 言われるまでも無い。

 そんなあくどい願いをする人間は、少なくともこの場には居ないだろう。この券はレストがそう信頼しているからこそ、出してきたものでもあるのだ。

 リエラ達が揃って頷く。と、世羅が小さく鼻を鳴らした。


「はっ。私はそんなもんはいらねぇな」

「ふーん、そうかい。……所で。実はこの券、名前こそこれだが、対象には練夜君も含まれているんだ」

「!? そ、それって……!」

「ああ。取得者が希望するなら、練夜君にお願いする事も出来る。という事だ」


 その答えを聞いた途端、世羅のやる気が一気に爆発。

 ゴゴゴゴゴゴ、と調理室内が戦意の炎で包まれた。鋭い視線を交し合う三人を余所に、リエラはひっそりと考え込む。


(レストに何でもお願い出来る券。言い換えれば、あいつにどんな命令でも出来る券)


 それは、それは何て――


「魅力的……! あの券さえあれば、今まで散々振り回されてきた仕返しだって……!」


 リエラの戦意にも火が点く。

 直ぐ使うにせよ取っておくにせよ、あの券一枚あるだけで優位性が段違いだ。これまでの雪辱を晴らす、これは最大のチャンスである。参加しない理由が無い。


「さて。では皆やる気が出たところで、ルールの説明といこうか」


 ちら、とレストが司会者である藤吾に目を向ける。

 『美少女の手作りパンが食べたい』という理由で司会兼審査員を受け持った彼は、張りぼてのマイクを手に声を張った。


「えー、それでは勝負のルールだけど。四人には今回、食パンを作ってもらう」

「食パン? それだけなの?」

「ああ。公平性を保つ為、課題は同じだ。ちなみに食パンになった理由は、レストが……」

「私が最近、とても良いジャムを手に入れたからだよ。これに合うパンとして、食パンを課題にしたんだ」


 ひらひらとレストが手の小瓶を振った。

 補足として、食パンなら作り易いだろう、という理由もある。この中でパン作りの経験がある者などニーラしか居ないので、複雑なものは避けたのだ。


「でだ、材料はもう一通り用意してある。作り方も紙に纏めた。他にもこの調理室内にある材料はどれを使っても問題ないから、自分なりにアレンジを加えるのも自由だぜ」

「ふ~ん。そこで結構、差が出そうね」

「制限時間は特に無いけど、あんまり手間は掛けないでくれ。別に本格的な料理勝負じゃないからな。あくまでも今回の趣旨は、皆で楽しんでパンを作ろうってだけだ。当然、他者への妨害行為なんて以ての外!」


 くっ、と綾香の歯噛みする音が聞こえた。

 本気である。本気の勝負者の目である。事前に釘を刺されなければ、きっと他者を蹴落としてでも勝利をもぎ取りに行ったに違いない。

 同様に舌打ちする世羅も含めて、あの券の魔力を改めて思い知ったリエラであった。


「審査はレストと四字……さん? それと俺の三人で行う。勝利条件はシンプルに、一番上手い食パンを作った奴の優勝! それだけだ」

「分かりやすくて良いわね。やってやろうじゃない!」


 リエラが気合を入れる。綾香が怪しく笑った。世羅が頬を吊り上げる。ニーラは、相変わらず無言。

 四者四様に戦闘体勢が整った事を視認して、藤吾は手を振り上げる。


「それじゃあ、時間も勿体無いしそろそろ始めよう。第一回! 美少女だらけのパン作り勝負――開始っ!」


 その手が振り下ろされると同時、四人は一斉に調理に取り掛かって行った。


 ~~~~~~


 小麦粉、砂糖、塩、牛乳、水、バター、ドライイースト。

 これ等を混ぜてこね、二度の発酵を経てオーブンで焼けば食パンは完成する。

 作り方自体は簡単であり、レシピを見れば子供でも作る事は可能だ。しかしだからこそ、大きな差を出すのが難しい課題でもある。

 では、彼女等四人は一体どうやって美味しいパンを作り出し、勝利しようとしたのか。順番に見ていってみよう。


「ふー。結構力要るのね、生地をこねるのって」


 一通り材料を混ぜた生地を手でこねながら、リエラは額に浮かんだ汗を拭う。

 十数分の間生地をこねる、というのは中々に大変な作業である。それでも此処で手を抜けば満足なパンは出来上がらない。その位はパン作り初心者のリエラにも分かっているので、彼女はじっくりと生地をこね続けていた。

 何処か気楽に、鼻歌を歌いながら手を動かす。

 試しにちら、と横に目を向けてみれば、一生懸命に生地をこねる小さな少女の姿が目に映った。


「わっ、流石ニーラちゃん。パン作りも上手いんだ?」


 その少女、ニーラの手際の良さにリエラは驚いた声を上げる。

 彼女がパンも作れるという事は知っていたので、せっかくだから参考にしようと隣を陣取ったのだが、少女の料理スキルは想像以上に高かったらしい。

 小さな手が鮮やかに動く度、生地が台の上で見事に踊る。そう形容出来る程に慣れた手つきであったのだ、ニーラは。

 試しに真似してみようとリエラも手を動かしてみるが、どうにも上手くいかない。どうやら、パン作りの道というのは思ったよりも深いらしい。


(うーん。こうなるとやっぱり技術的には勝てないだろうから、何か工夫をするしかないかぁ)


 あの手際を見れば彼女のパンの方が美味しく出来上がる事は一目瞭然だ。

 普通に作っていただけでは、自分は決して勝てない。ならば根本的に違う、特別な工夫を凝らさなければならない。


「でも、それが難しいのよねぇ……」


 手は止めず、頭を悩ませる。

 リエラは料理が得意な人間では無い。いきなり食パンを美味しくする工夫、と問われても簡単に答えは出てくれないのだ。


「かといって下手に手を加えたら、絶対変な味になるだろうし……」


 よくある料理下手な人間の一番の問題は、余計なアレンジを加える事である。

 レシピ通りに作ればそれなりの物は出来るはずなのに、余計な事をするから不味くなる。失敗する。

 リエラにもその位は分かっていた。だから安易にアレンジはせず、よーく考え、考え、考えて。


「ん~~、思いつかなーい。どうしたら良いのよもー!」


 パンク寸前の頭に悲鳴を上げて、それでも生地はこね続けた。


 一方その頃。

 瞳孔の開いた狂気の表情で、二条綾香はパンをこねる。

 しかも手では無い。魔法を使い、空中で生地を激しくこね回しているのだ。

 その様はまるでブレイクダンス。生地が曲がり、ぐにゃりぐにゃりと形を変えて、時に台に叩きつけられ悲鳴を上げる。

 広い調理室の中で、彼女の居る一角だけが異常な空間と化していた。魔王の如き形相で己が欲望の為に突き進む少女を、最早この場の誰もが敢えて見えない振りをしてスルーしている。


「ふふふふふふふふふふ。この勝負に勝てば師匠が何でも一つお願いを……ふ、くく、ふふふふふふふふ!」


 不気味な笑い声に呼応するように、パンの動きが激しさを増す。

 そうして遂に、限界を迎えた生地が二つに割れた。

 一見すればただの失敗だが、実はこれ、わざとである。綾香は始めから、生地――というか食パンを二つ作るつもりであったのだ。

 理由は単純。師匠と、それ以外に出すものとで分ける為である。勿論勝負に勝つ為、藤吾達に食べてもらう分も美味しく作ろうとは思っているのだが、レストの分だけは特別だ。

 そんなレストの分。小さく分けた方の生地だけを、綾香はそっと台の上に降ろす。残りの生地は今も魔法で自動的にこねられ続けていた。


「師匠に食べて頂くパン。ならば、まずは――」


 狂乱の形相で包丁を手に持つと、綾香は指先をぷすりと刺す。

 当然、血が垂れた。それをおもむろに生地に落とす。


「ふふふ。これで、ある意味このパンと私は一心同体……!」


 彼女の狂行を、皆見逃した。いや、見ていて敢えて無視した。

 あの状態の彼女には関わらないのが一番である。それに、衛生的な問題がどうとかそういうのも、レストならきっと大丈夫だろう。

 信頼という名目で生贄を捧げ、一同はパンを作る。綾香を止める者は、終ぞ現れなかった。


 そして最後の一人。

 多分、この中で一番料理に向いていない少女、世羅はといえば。


「ええい、このっ、このっ、このっ!」


 ダンダンダン、と生地を勢い良く台に叩きつけていた。

 審査員席に座る藤吾が、隣のレストに冷や汗と共に問い掛ける。


「なぁ、彼女は何やってるんだ? あんなに生地を叩きまくって」

「さぁ。私が知るはずがないだろう? 分かるとしたら、彼女を最も良く知る人物だろうが……」


 ちら、と隣の少年に目を向ける。

 伏せていた目を開き、四字が小さく口を開く。


「恐らく、だが」

「「だが?」」

「うどんだ」

「は?」


 思わず困惑の声を漏らす藤吾。

 その横で、レストは納得したように頷くと、


「成る程。コシを出そうとしているのか」

「多分な」

「は? いやいやいやいや、ちょっと待ってくれよお二人さん。作ってるのは食パンだろ? コシってなんだよ」


 その当然の疑問に答えたのは、レストだ。


「彼女に詳しくない私でも分かるが。世羅・ヴォルミット・クーリエは、料理がド下手なんだ。だからきっと勝手な思い違いで、あんな奇行に走ったのだろう」

「思い違いって……。いや、幾ら何でもありえないだろ。素人の俺でも分かるぞ、食パン作るのに生地にあんな事したら、むしろふっくらさが消えて駄目なパンになりそうだって事くらい」

「それが分からないから、彼女は料理下手なんだ。だがまぁ確かに、少々行き過ぎてはいる。そもそもの方向性を間違っている……そう、さしずめ彼女は『料理の方向音痴』!」


 ババーン! と効果音の付きそうな勢いで言い切ったレストに、四字が静かに首肯する。

 彼は以前、世羅が作ったというお弁当を食べた事があった。自分のために用意されたお弁当。見た目は不恰好だったが、四字は素直に口にした。

 そして後悔した。詳しくは長くなるので省くが、彼女の弁当は、生真面目な四字をしてはき捨てる程の邪悪だったのである。


「おいおいおいっ。何でそんな彼女をパン作りに参加させたんだ、四字……さん」

「四字で良い。……俺はてっきり、皆で協力して作ると思っていたのだが」

「あぁ、そういえば詳しい説明はしていなかったね。まぁ、こうなった以上は仕方が無い。どんなモノが出来上がるか、楽しみに待とうじゃないか」


 さらりと笑顔で言うレストに、他二人が顔を歪める。

 改めて世羅に顔を向ければ、彼女は今度は刀を持ち出して、生地を微塵切りにしている所だった。

 四字が顔を押さえ項垂れる。藤吾がこっそり逃亡しようとした。

 その肩を掴み抑えつつ、レスト。


「これも一興だよ。二人共?」


 焼き上げに入る少女達を眺めつつ。

 藤吾と四字の二人は、静かに天を仰いだのであった。

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