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ナインテイカー  作者: キミト
第三章 『極剣』
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第十六話  実力差。そして来る者

 ――九天島南区、市街地――


「ふん。人外の割りに、大したことはないな」


 その手の戦斧を地に突き立て、消えていく悪魔を見やり、老け顔の巨漢――古賀荘厳は不満そうに鼻を鳴らす。

 緩やかな下り坂を挟み遠方には、防波堤のように連なる警官隊と、それを突破しようとするドス黒い悪魔の大群が窺えた。

 モーゲルラッハ達による襲撃作戦開始から、暫く。大食い大会参加後、どうせ此処まで来たのならと花火を見てから帰ろうとしていた彼は、突然の戦闘にも怯む事無く悪魔相手に充分な戦果を上げていた。

 といっても、積極的に前に出ている訳ではない。彼がしているのはあくまでも、警官隊を突破した僅かな悪魔の討滅だけだ。

 これはリエラ達と同じく、一般人である自分が戦場に出る事による混乱を危惧した為である。かといって逃げ惑う市民に迫る悪魔共を無視する事も出来ず、魔導機を出して応戦している訳なのだが。


「無用な心配だったか? どうも奴等の目的は、人を襲うことではなさそうだ」


 眉を顰め、荘厳は思考する。

 警官隊を突破した悪魔達は、人々の無防備な背中に目もくれず、ただ愚直に何処かを目指していた。明らかに島の内陸部。方向からして、ほぼ中央。

 そこまで分かれば後は簡単だ。数日前に見たメールの内容が、そのまま当てはまるのだから。


「敵が島の中央にある封印を狙っている。どうやら嘘ではなかったらしいな」


 沿岸部の戦況を確認しながら、荘厳は更に考え込む。 

 始めは押され気味だった警官隊は陣容を整え、逆に悪魔は勢いを失ってきている。もう、突破される事はほとんど無いだろう。

 となると、自分が此処に居る意味もほとんど無い。悪魔共は市民を襲う気がないのだから尚更だ。

 ならば今、己が取るべき行動とは。


「行ってみるか。封印があるという島の中央――九式記念公園へ」


 リエラ達の前に天使が舞い降りる、十数分前の出来事である。


 ~~~~~~


 やはりというべきか。戦闘が始まって真っ先に仕掛けたのは、速度に優れる藤吾であった。


「行くぜ、相棒!」


 魔力を漲らせ、少年の身体が躍動する。

 地を踊るように踏み鳴らし、軽い身のこなしで滑るように距離を詰めた。

 そうして、未だ構えも取らないアンマリーへと、その手の槍――鋪至神槍を真っ直ぐ突き出す。


「せあっ!」

「あら。中々すばしっこいのですね」


 音速にも至ろうかという一撃を容易く弾き、アンマリーが返しのメイスを振るう。

 だが力強く地を踏んだ藤吾の身体は風のように暴威をかわし、素早く背後へと回り込んだ。がら空きの背中に、槍を突き出す。

 同時、彼を追ってきた二つの浮遊兵装が正面から細い魔力レーザーを撃ち放つ。

 この二面攻撃に対し、アンマリーは、ブゥンとメイスを一振り。回転するように、前後の攻撃をなぎ払う。

 体勢を崩しながら後退する藤吾。アンマリーがそちらに目を向けた瞬間、


「はあぁぁあ!」


 正面から来ていたリエラが、足裏を爆発させ急加速。白い背中へ真っ赤な大剣を振り下ろす。


「此方は、中々のお力で」


 背にメイスを回し余裕で防ぐアンマリー。

 だが動きの止まったその隙に、追いついた世羅と取って返した藤吾が左右から攻撃を仕掛ける。

 三方同時攻撃。だがアンマリーに焦りは無い。

 圧倒的な豪腕でリエラを押し飛ばすと、神力を纏う肉体は物理法則を無視して超稼動。左の世羅をメイスの先で突き飛ばし、右の藤吾をそのまま柄底で突き穿つ。


「がっ」「ぐぅっ!」


 腹に衝撃を負い、二人が苦悶の声を上げた。

 直後殺到した魔力弾の雨を、ひゅるりとメイスを回転させて、アンマリーは捌き切る。

 それでも尚魔力弾を撃ち続けるニーラに、天使は億劫そうな顔を向けると、神力を固めた槍を片手に生み出し振りかぶり、


「腕の一本位は、貰っておきましょうか」


 剛速球の如く、鋭き極光を投げ放つ。

 閃光と化した投槍がニーラを襲う。幾つかの魔力弾が迎撃するが、威力の差のせいで撃ち落すには至らない。

 勢いを落とす事なく、槍は目前まで迫り――衝突の寸前、現れた半透明の障壁に激突した。


「くっ……重い……!」


 盾の主、綾香が呻く。

 そうしてこのままでは破られると判断し、巧みに障壁を傾けた。

 力を逸らされた槍が夜空へと消えていく。辛うじて防ぎきったものの、そのあまりの威力に少女の頬を汗が伝った。


「……ありがとう御座います、綾香さん」

「いえ。ですが、この威力……何時までもは防げそうにありません」

「はい……気をつけます。次は、自分でかわしてみせます」


 戦闘中の為、辛うじて分かる程度に頭を下げる少女に頷きで返し、綾香は補助魔法を行使する。

 体勢を立て直し、今正に突っ込まんとしていたリエラの身体を光が包んだ。それは初めよりも強力な身体強化となり、彼女の速度を押し上げる。

 風の如き炎が、修道服の端を焦がした。


「侮っていましたが、やはりあの魔導戦将の関係者達。才能はあるようですね。最も――」

「っ!」


 更なる追撃を掛けようとUターンし、藤吾、世羅と合流したリエラは、己が直感の捉えた危機に急いで障壁を展開する。

 合わせ、藤吾もまた風の防壁を張り巡らせた。刹那の差で、二重の障壁を重々しいメイスが叩く。


「何て、無茶苦茶な力っ……!」

「まだまだ未熟。幼子のような、拙さですが」


 急造とはいえ、仮にも真機使い二人による防壁だ。爆撃だって防げるだけの強度はある、胸を張ってそう言える。

 だがその壁が今、原始的なメイスによる殴打一つでミシミシと撓んでいた。破られまいと、二人は必死に魔力を注ぎ込む。

 鬩ぎあう三つの力。生まれた一瞬の停滞に、世羅はリエラの肩を踏み台にすると、力場を跳び越え刀を振り上げる。


「人じゃないなら遠慮は要らねぇ。二つになれよ――!」


 真っ向唐竹割り。単純に見えて、技術の集約された必殺の一刀。

 振り下ろされるそれに合わせ、リエラと藤吾がバックステップ。拍子を外された形となったアンマリーの身体が、ゆらりと泳ぐ。

 薄茶色の髪に、鋼の刃が鋭く触れて――


「剣の腕も、学生レベルといった所です」

「なっ……刃が、通らない!?」


 ピタリと止まった刀に、世羅が驚愕の叫びを上げた。

 即座にアンマリーの肩を蹴り、宙返りして後退する。

 着地の瞬間を狙おうと手に光弾を出現させるアンマリーだが、ニーラと綾香、そして竹中んねるによる攻撃がそれを阻止した。

 押し寄せる光弾の全てを鬱陶しそうになぎ払い、天使は修道服についた足跡を払い拭う。


「人を足蹴にするなんて、教育の悪さが滲み出ていますよ。まあ、私人間ではないのですけれど」

「ちっ、目を疑いたくなるな。力を集中させるだけで、私の一撃を防ぐのかよ」


 舌打ちを漏らし、世羅は刀を構え直す。

 彼女の刀が止まった理由。それは、アンマリーが神力を髪に集中させ強化した事により、髪が強固な障壁にも匹敵する程の強度を得た為だ。

 このような現象は、普通ならばありえない。守る為に造られた障壁と、ただの力の集中・強化が同列になる事は、法則としておかしいのである。

 唯一、例外があるとするならば。


「私と皆様との力が、それだけ隔絶しているという事です。皆様が必死に造り上げる障壁と、ただの強化が同列になる程度には」

「……強いとは思っていたけど、ほんと無茶苦茶ね」


 周囲に炎弾を浮かばせ牽制しながら呟くリエラは、しかし同時にこうも思う。

 ――でも、レスト程の格の違いは感じない――

 と。

 彼の場合は、何と言ったらいいのか。まるで底が見えず、到底届かないと本能で思わせるような、不気味な強さがあった。

 だが目の前の女性には、自分達よりも上だと思うことはあっても、絶対に勝てないとは思えない。言い方は悪いかもしれないが、『何処かに勝機はある』と信じられる程度の強者なのだ、アンマリーは。

 だからこそ、油断が出来ない。


(こいつ、きっと何か隠してる。奥の手とかそういうんじゃない……もっと根本的な何か。じゃなきゃどんな事態が起こったにせよ、レストがこの程度の相手に追い詰められる訳が無い)


 リエラは、レストの実力に対して絶対的な信頼を抱いている。

 それは決して夢想などではなく、幾度の模擬戦を経て得た実感だ。

 だから察せる。アンマリーがまだ遊んでいるという事を。彼女はまだ、全力どころか本気にすらなっていないという事を。


(出来れば今の内に一撃、与えておきたい。油断しているその隙に、渾身の一打を。後の戦闘にも影響を与えるような、致命的な強撃を)


 己が手の魔導真機をぎゅっと握り締める。

 頭に浮かぶのは、真機にとっての切り札。機構解放。


(どうやって、早期にあれを打ち込むか。長引けば本気になられるかもしれないし、余計な警戒も生むかもしれない。そうなる前に、まさかこんな早くに使わないだろうというタイミングに、必殺をぶち込む。そうして消耗した所を、皆で倒す)


 奇しくもそれは、モーゲルラッハ達がレストにしたのと類似の作戦であった。

 相手が油断している隙を突いて予想外の一撃を叩き込み、多大なダメージを受けた相手を数の差で追い詰める。

 決まればどれだけの成果があるのかは、既にレストが身を以って示しているだろう。勿論、リエラにとっては与り知らぬ事ではあるが。


(失敗は許されない。例え短時間の発動に絞ったとしても、機構解放はそう何度も出来る事じゃない。それに奇襲に失敗すれば、相手は警戒する。本気度もきっと上がる。決めるなら、確実に、1回で)


 炎弾を放ち、アンマリーの周囲で爆発させる。

 爆炎を使った目くらまし。と見せかけて、狙いはもう一つ。音を塞ぐ事。


「――藤吾、クーリエ」

「リっちゃん?」「リエラ?」


 素早く小声で、二人に呼び掛けた。数言で簡潔に己が作戦を説明する。

 通信魔法で伝えなかったのは、下手に干渉を受けて盗聴される事を恐れた為だ。格上のアンマリー相手に、秘匿通信などきっと意味を成さないだろうという判断だった。

 ほとんど単語だけの不十分な説明に、しかし二人は即座に察し頷いてみせる。更に藤吾がニーラ達の方を向きながら、


「俺が風で伝える」


 と言葉短に伝え返せば、リエラは頷きアンマリーへと飛び出していく。

 爆炎を払った彼女に怪しまれない為だ。続いて世羅も飛び出し、最後に藤吾が背後に回りこむ――ふりをして、ニーラ達との距離を詰める。

 決して、露骨に近づいたりはしない。あくまでも相手に悟られず風で言葉を伝えられる位置を取る為だ。


「はぁあああ!!」

「炎の鞭、ですか。器用ですね、当たりませんが」


 飛び上がり攻撃を仕掛けるリエラと、逆に地を這うように迫る世羅。

 二人が気を引く間に作戦を伝え終えた藤吾もまた、攻勢に参加する。

 遠距離組の援護も加わり、攻撃は激しさを増していく。だが足りない。必殺の一撃を叩き込む隙を作るには、五人の総攻撃でもまだ足りない。


(どうする。どうやって隙を作る――)


 漏れ出た僅かな焦り。それが響いたのだろう。

 リエラが振るった雑な一撃が、メイスによって弾かれる。辛うじて真機は手放さなかった彼女だが、あまりにタイミングが悪すぎた。


「こういった攻撃は、野蛮で嫌いですけれど」

「がっ!」


 周囲のフォローも間に合わず、アンマリーの拳が突き刺さる。

 胸部にめり込んだたおやかな拳が、見た目と真逆の豪腕で以って振り切られれば、少女の身体が宙に飛んだ。


「リっちゃ――「余所見は厳禁、です」っ!」


 思わず目を向けた藤吾の背後から、声。

 自動で迎撃を行った竹中んねるのレーザーごと、アンマリーが藤吾をなぎ払う。

 咄嗟に防御に回した左腕がめきめきと音を立て、呆気無く藤吾は吹き飛ばされた。


「……ぅ、あぁ……」

「さて、それでは次は――」


 地を転がり呻く少年には目もくれず、アンマリーは新たな獲物に目を向ける。

 狙いは先程からちょくちょく邪魔してくれている遠距離組。ニーラと、綾香だ。


「来ます、ニーラさんっ!」

「……はいっ」


 吹き飛ばされた二人を意識しながらも、彼女等は堅牢な障壁を張り巡らせる。

 周囲を包む魔力の輝き。だがそれにも構わずアンマリーはふわりと――しかし実際の速度は恐ろしく速く――距離を詰めると、メイスを豪快に一振り。

 バキン、と不快な音を立て、渾身の障壁が砕け散った。


「そんな、こんな簡単に……!?」

「息を合わせきれていませんよ。障壁にムラがあります。そこを突けば、この通りです」


 そのまま地面に振り下ろされたメイスは、巨大な陥没を作り出すと、辺りに衝撃を撒き散らす。

 飛来する衝撃波と石礫。それらをもろに喰らい、ニーラと綾香はか細い悲鳴と共に地に倒れた。

 三十秒にも満たない俊足の出来事。しかし気付けば、立っているのはたったの二人。


「これで残るは貴女一人です」

「……冗談だろ、糞ったれ……!」


 あまりの出来事に呆然としながらも、身に染み付いた構えを取る世羅だが、その脚は微かに震えている。

 脳裏に過ぎってしまったのだ。かつてレストとモーゲルラッハから受けた、遥か高みの者に対する恐怖と怯えが。

 それでも懸命に自身を鼓舞し、立ち向かおうとする少女に、アンマリーの頬がほんのりと上気する。

 今の世羅は、彼女にとって何処までも美味しそうな御馳走に見えていた。


「良いですね。才有る者が、懸命に魂を震わせ立ち向かう。それでいてまだ未熟で狩り易い。正に最高の獲物です」

「はっ、私は肥え太った子豚か何かってか? ふざけろ、調子に乗るのもいい加減に……っ!」


 言葉の途中で、アンマリーは駆けだした。

 走ると言うにはあまりに優雅で、穏やか。だが認識した時にはもう目の前。


「クーリエ!」


 腕を、脚を振るわせ、必死に立ち上がろうとしていたリエラが叫ぶ。

 他の三人もまた、傷を負った身体を動かしながら、振り上げられるメイスを見上げた。

 今からではどうやっても間に合わない。助けることが出来ない。

 今までとは違い、明らかに致命傷――頭部を狙った砕撃に、恐怖を抱いたクーリエの体は硬直したままで。


「頭蓋骨を、砕いて差し上げましょう――「悪いがそれは却下だ」――!?」


 月夜に、重く低い声が響いた。

 直後、アンマリーに青紫色の重力波が襲い掛かる。

 攻撃を中断し飛び退ったアンマリーが重力波の元に顔を向ければ、闇の中からゆっくりと現れる一人の巨漢。

 街灯が、渋く厳つい顔をちかちかと照らした。


「あんた、どうして……」「お前、何で此処に……!?」「あいつって、確か……」


 困惑するリエラ達を見やり、真機を一振り。


「説明は後だ。――奴が、敵か?」


 微笑むアンマリーを睨み付け。古賀荘厳は、全身から魔力を噴出させた。

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