看板騎士エイミーの華麗なる竜退治<後>
落竜した双方の兵士と、乗り手を失った灰竜の回収のためにいくらか竜騎兵を残し、蒼竜と白竜は一足先に城を目指した。遅れてついてくる灰竜の一団は、地上から回収済みの捕虜と、アルマースの三兄弟を護送している。
戦闘中に捕虜として捉えられた数は、そのまま定められた金額を掛けて相手国に身代金を請求してもいいし、賠償条件をより有利に運ぶための駒にも使えるのだ。
ラピスは背中にエイミーを乗せ、アルスとレクセルの乗る蒼竜に並んで飛んでいる。少し考えた後、アルスはなにやら意を決した様子で、
「ラピス様、少し背中を貸していただいてよいですか」
『ん? いいけど?』
「では」
「あっ、アルス様ずるいです! 私もお姉様と熱い抱擁を交わしたいです!」
「いいから大人しくしていろ! いつもそんなだと、まともに褒めてやることもできないではないか!」
叱りつけられたレクセルは、アルスの台詞の意味をとっさに理解できない様子で首を傾げている。その間に、アルスはラピスの背に飛び移った。
「……ところでエイミー殿」
真面目な顔で、アルスはラピスの背に立つエイミーに問いかける。
「なぜ急に、ラピス様と契約を決意してくださったのだ? それほど我らが不甲斐なかったのであるかな……」
「そうね、それもあるかもね」
「やはり私では力及ばぬということか……」
目に見えて肩を落としたアルスを見上げ、説教でもするように英美は腰に手を当てた。
「だって、これで負けてたら、とても大変なことになってたんでしょ? あたしの協力があれば、もっと安全に乗り切ることが出来たんでしょ? それなのに、『エイミー殿に無理強いしたくない』だなんて格好つけちゃってさ。そこは詭弁でも財力でも色仕掛けでもなんでも使って、あたしを説得するくらいの必死さが必要だったんじゃない? 国を守る立場の人としては甘々よね」
「面目ない……」
アルスは図星を指された様子でうなだれた。
そういう意味で言うなら、草壁は『ファントム・キャッスル』を守る城主としては、適任だったのだろう。城を守るために、全体を守るために、店を助けた英美を更に利用しようとするあの貪欲さ。
でもそれが続くのは長くはない。英美は、店や草壁に忠誠を誓った騎士などではないのだ。それを草壁は忘れている。
英美はしゅんとしているアルスに、すぐに明るい笑みを見せた。
「でもあなたは、強制も八つ当たりもしないで、あたしの気持ちをちゃんと考えてくれた。そういう心には、あたしも心で応えたいと思ったの。こんなことを言ったらまずいのかも知れないけど、あたしはこの国とここに住む人たちよりも、まずアルスさんを助けたいって思ったのよ」
「心には心……であるか」
アルスは少し驚いた様子で英美を見返した。英美は大きく頷いた。
帰って、一度草壁にはきちんと言おう。
自分の努力を恩に着せるつもりはないけれど、自分ばかりが我慢しなければならない場所に、英美が居続ける理由はないのだと。自分のことを考えてくれない相手のために、自分がいつまでも頑張る必要は、ないのだ。
吹っ切れた様子の英美に気付いたのか、アルスは穏やかに笑みを返した。
「やはり、エイミー殿は本物の騎士であった。至らぬことばかりであるが、私もエイミー殿の心に、しっかりと応えられるよう務めたい。もうしばらく面倒をかけるやも知れぬが、よろしく頼む」
ごく自然に英美の前に片膝をつくと、アルスは英美の手を取り、その甲にくちづけた。
あまりの自然さに何が起きたのか判らず、手を取られたままの形で英美は目をしばたたかせる。
「……?!」
「……どうしたのだ? 顔がミリヤの実のように真っ赤になっているが」
蹴り飛ばすわけにもいかず、ただ硬直している英美を見上げ、今度はアルスが首を傾げる。すぐに別のなにかに気付いた様子で、ラピスの頭の更に先に見える城都に目を向ける。
近くまで迫った城都から歓声が聞こえてくる。騎士エイミーを讃える街の人々の声は、アルスとレクセル、ラピスを呼ぶ声よりもひときわ大きく高らかに響き続けていた。
≪冒険者カフェ ファントム・キャッスル≫看板騎士エイミーの華麗なる竜退治 <完>




