女騎士エイミー、異世界へ<中>
奥には蔓で編まれた階段がある。中二階分ほどある高さの階段を登り切ると、そこはまるで秘密基地のような場所になっていた。手前には数人が座ってお茶を楽しめるようなテーブルやベンチ、奥には小さなあずまやのようなもの、ベッドや、机のようなもの、長椅子のようなものもあって、まるでよくできた庭園のようだ。
驚いたことに、設備の全てが、蔦や細い枝で組まれている。
お茶の準備のされたテーブルの側の長椅子に座らされた英美は、改めて周りを見回した。
何度見ても、床も調度も、寝室らしいあずまや風の小さな建物も全て、木の枝が自然に絡み合って作られている、ように見える。自分が座る長椅子は、生い茂った葉がクッション代わりになっていて、多少こそばゆいが、座っても体が痛むようなこともない。
これだけの規模の部屋と家具の全てを、生きた木の枝を這わせることで作り上げるなど、可能なのだろうか。まるでファンタジー小説に出てくる、エルフや緑の妖精の住み家のようだ。
「びっくりして疲れちゃったでしょ。ほら、アルスもレクセルもさっさと座って」
アルスとレクセルにも指図しながら、少年はテーブルで人数分のお茶を淹れはじめた。
西洋風貴族とそのおつきの魔法使い風のアルスとレクセルとは違い、少年の姿は古代アジアの貴人を思わせる。使っているティーセットも、西洋風と言うよりは、中国や東南アジア風の雰囲気のものだ。
その雰囲気もさることながら、更に特徴的なのは、額についた瑠璃色の美しい鱗だった。どういう意味のある飾りなのだろうか。
「それにしても、また過激な服装の子が来たね。アルスの趣味?」
「しゅ、趣味とはなんですか!」
「そうなんですよー、アルス様ったらしばらく目を離せずに生唾を」
「へぇ?」
「そういういかがわしいいい方はやめろ! エイミー殿に失礼であろうが!」
言いながら赤面しているアルスに、英美はやっと、ここがステージではない事を思い出し、思わず身をすくめた。自分のプロポーションには自信があるが、さすがに店以外の場所でこの格好は気恥ずかしい。
「エイミー殿の鎧は確かに特徴的であるが、動きの切れはそれ以上であった。洗練された剣裁き、冷静な判断力、王国騎士団でもあれほどの実力者は数えるほどだ。姉上や母上には及ばぬが、女性であれだけ戦える者がいるとは、異世界とは侮れぬものであると感嘆いたした」
「そうなんですよ、現れた悪漢を見事に返り討ちにあわせたあの手際、私も見ていてうっとりしてしまいました」
「へぇー」
二人の熱の入った説明に、ラピスも感心した様子で耳を傾けている。
この二人は、舞台上のやりとりを、現実のものだとでも勘違いしているのだろうか?
いや、いい大人がそんなことはないだろう。きっとアクションシーンの動きを褒めてくれているのだ。英美は戸惑いながらも、
「あたし、学生時代は剣道とフェンシングをやってたから……」
「ケンドー? 剣術の一種であるか?」
「ま、まぁそんなものだけど……」
「やはり騎士たる者、日頃の鍛錬は意識せずとも現れるのだな」
アルスは誇るようにレクセルに視線を向ける。やはりどうも、話の受け取られ方がずれているような気がする。
「エイミー殿なら、ラピス様の希望にも添っていると思うのですが、いかがです」
「うん、美人だしかっこいいし、悪いものは感じないよ。このへんも、すごくもふもふしがいがありそうだし」
「では早速、エイミー殿、ラピス様と契約を」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
状況の変化に呆然としているだけだった英美は、そこでやっと我に返って声を上げた。
「そもそも、これはなんなの? 次の演目の打ち合わせじゃないの?」
「エイミー殿、私が最初に申し上げたとおりであるが? 」
「最初にって、……我が国の窮地を救ってって、あれ?」
「判っておられるではないか」
「判ってないよ! 全然要点がないじゃない!」
アルスは鷹揚に頷いた。英美は思わず、立ち上がって声を張り上げた。
見た目に騙されていたが、この人実はただの天然か、でなければ巧妙な詐欺師なのかも知れない。契約だなんて、普通の生活で簡単に出てくる単語ではない。
「突然こんなとこに連れてきて、自己紹介もしないで今度は契約がどうこうとか、一体何なの?」
「あれ? 君たち、ちゃんと説明して連れてきたんじゃないの?」
人数分のお茶を入れ終えたラピスが、怪訝そうにアルスとレクセルを見上げる。レクセルはきょとんとした様子で、
「アルス様、ちゃんと説明されたから、転移の合図を送ってこられたんですよね? 私は撮影に夢中で話をあんまり聞いてなかったんですけど」
「いや、手助けいただけると了承があったから、詳細は後でもいいかと思ったのだが」
「えー、アルス様って奥手かと思ってたら意外と強引なんですね」
「どうしてそういう誤解を招く表現が上手いのだお前は」
「二人揃って異世界まで行っておいてなにやってるの」
ラピスは大きくため息をつくと、二人分のカップを手に英美の隣に腰をかけた。
「とにかく、お茶の間に、アルスに説明させよう。ヤスミーンの葉茶だから気分も落ち着くよ」
「あっ、さりげなくお姉様の隣に座るなんてラピス様ずるいです!」
「君は彼女になんの権利もないだろ」
「これからお近づきになるんです!」
「いいからお前はこっちに座っていろ!」
英美の隣に座ろうとしたレクセルの襟首を掴んで、アルスが椅子に引き戻している。あっけにとられている英美の隣に座った少年が、にっこりと笑って、手に持ったカップを差し出してきた。
カップには、ほうじ茶に似た色の液体が満たされて、優しく湯気をたてている。




