女騎士エイミー、異世界へ<後>
「うーん……なんとなく、事情は判ったような気はする。要は土地全体がラピスさんの力の恩恵を受けるには、力を仲介する巫女さんが必要って事なのね」
「さすが、エイミー殿は聡い方であられるな」
出されたお茶がからになる頃には、意外にあっさりと話を飲み込んで、英美が要点をまとめる。伊達にサブカルチャー天国の日本に住んでいるわけではない。アルスは心から感心した様子で頷いた。
「エイミー殿なら、我らが探していた、強く美しく志の高い女性という条件にぴったりなのだ」
「あと、ぎゅっとしたときにもふもふでき……」
「そこはいいから!」
レクセルを一喝し、アルスは英美を安心させるように微笑んだ。
見ているだけなら、アルスは整った顔立ちに精悍さも備えた水準以上の美青年だ。間近で微笑まれると、やはり英美もときめいてしまう。
話に聞く「異世界召喚」だと、喚んだ相手は威圧的で有無を言わせなかったり、逆に交渉の余地がないくらいせっぱ詰まった状況で、頼みを聞く以外ない、という展開が多いらしいが、彼らは自分にとても礼儀正しい。
きっと英美を本物の騎士だと思ってるからなのだろうが……
「……でもそれって、条件が揃ってれば、あたしじゃなくてもいいってことなんでしょ?」
「そ、それは」
「確かにそうではあるが、我らが求める条件に合致する女性が、あちこちにいるとはとても思えぬ。エイミー殿を見つけることが出来たのは、まさに幸運であった」
気まずそうな様子で言い淀むレクセルに代わって、アルスが真面目な顔で、
「もちろん私も一族の勤めとして、姉が不在の間も、この領地の統治をないがしろにする気はない。エイミー殿には、相応の称号と報酬を用意し、滞在中の快適な生活環境を保証しよう」
「んー……」
そう言われれば、悪い気はしない。しかし、そこそこ待遇はよさそうとはいえ、よその世界で神様と契約などして、自分の生活に影響がまるっきりないなど言い切れるのだろうか?
「……とにかく、もう少し考えさせて欲しいなぁ。あっちではステージの途中だったし……」
「ステージ?」
「え、ううん、いきなりいなくなってみんな心配してると思うし……。それに、客に考える暇を与えないで即決させるセールスは信用しちゃいけないっていうし。今すぐに決めなきゃいけないわけじゃないんでしょ?」
「そ、それなのであるが」
なぜか動揺した様子で、アルスが口ごもった。今度こそ困った様子でレクセルに目を向ける。
「実は、世界間転移の魔法は非常に魔力を消耗するのです」
「へぇ?」
「移動そのものもそうですが、もともと存在のない個体をいきなり出現させるのですから、その世界のキャパシティに干渉してそのぶんの空間を作らなくてはいけません。それが、とても魔力を消費しまして……」
「つまり?」
「エイミー様がラピス様と契約を完了させて、霊力の供給が再開されないと、元の世界にお返しするのは無理と……」
「えええ?!」
さすがに驚いて英美は声を上げた。
「それって、契約以外に選択肢がないってことじゃない?!」
「ま、まぁそういうことなのですが、一旦魔力が供給されれば行き来は普通に出来るようになりますし、フレア様が戻られればエイミー様にご迷惑をおかけせずともよくなります」
「……お姉さんが戻ってこなかったらどうするの?」
「大丈夫だ! 必ず連れ戻す!」
「霊力の供給が元通りになれば、探査の魔法を強化することもできます。後はなんとでも」
「そうすると、お姉さんが戻ってきたら、あたしは用がないってことになるし」
話しているうちに、あれこれ不安要素が思い浮かんできて、英美の目に不信の色が濃くなってきた。
「用済みになったらその辺にポイとか……」
「かような無礼な真似、ヴェルーリヤ領主一族の名にかけて絶対に行わぬ」
疑われていることを不愉快に思う様子もなく、アルスは即答した。
「思いこみですぐにお連れしてしまったのは申し訳ないが、ただ利用するだけであればこのような詳しい説明などせぬ」
「そ、そう……」
まっすぐ見据えられ、英美は少し鼻白んだ。
そうだとしても、『じゃあすぐに契約して、自由に行き来できるようにしよう!』という気持ちに、なぜか英美はなれないでいた。
これが、自分が『ファントム・キャッスル』で女騎士役をはじめた頃だったら、とにかく帰って頑張らなきゃいけないからと、すぐにでも契約を承諾していたのかも知れない。でも。
「……悪いけど、あたし、騎士なんかじゃないのよ」
「なにを言われる、その装備で、あれだけの強さを誇っておられるのに」
「こ、これは!」
改めて自分の姿を思い出し、英美は思わず自分の腕を抱きすくめた。
「そ、そもそも、騎士がこんな露出の高い格好してる意味なんかないって、あなたたちだって判るでしょ? おかしいと思わないの?」
「いや、服装や風習は土地によって様々であるので……」
アルスはさほど動じた様子もなく軽く首を傾げた。
本物のファンタジー世界の住人なら、こんな格好の戦士など鼻で笑うかと思っていたのに、妙に懐が広い。
「確かに、遠見の術で最初に見たときは驚いたのだが、異国の奴隷剣闘士など、屈強な体に最低限の鎧だけで戦いに望むとも言うし」
「それは一種のショーだからじゃないの?」
「ああ、なるほど、民衆への見せ物だからなのか。……いやしかし」
「あたしも、そうなの!」
言ってるうちに、取材の記者達と草壁の態度が思い出されてきて、英美は思わず奥歯を噛んだ。
「こんな格好の女騎士なんか、こっちの世界の史実にも存在しなかったわよ! あたしは店長に、お店を助けるために、『女騎士』とか、『姫騎士』みたいな格好してって頼まれて、それがたまたま当たっちゃっただけなの! そりゃジムにも行ってるし剣道もフェンシングも好きだしかっこいいのも嫌いじゃないけど、ほんとは、ほんとは」
「え、エイミー殿?」
背が高くてスタイルがいいだけに、学生時代から頼まれるのは男役か男っぽい役か、かっこいいお姉さん役ばかりだった。かよわい守られ役は、背が低くて可愛い子が当たり前だった。
仕事を探していたときに、ちょうどセシルに声をかけられ、
『うちのお店では、中世風ファンタジーっぽいショーがあるんだ、僕は貴族役だから、英美を守るナイトみたいな役ができるかな』
なんて言われた時は、やっと綺麗なドレスを着た貴族の娘のような役をさせてもらえるかと思っていたのに。
「ほんとは、お姫様みたいな役がやりたかったのよー! 結局みんな、体目当てなんじゃないのー!!」
「え? ええ?!」
とうとう英美は、両手で顔を覆ってボロボロ泣き始めた。レクセルが責めるように、
「アルス様、女性を泣かせるなんて最低です!」
「え? わ、私か?」
「レクセル、本気でアルスがてんぱっちゃうから、さすがに空気は読みなよ」
今まで抑えていたものが一気に限界に達してしまい、英美はわんわん泣き続けている。責めるように言い放ったレクセルと、おろおろしているアルスを見比べ、ラピスは呆れた様子でため息をついた。
「こういうとき、なにを言ってもダメなのは、君の母さんと姉さんで判ってるでしょ」
「は、はぁ……」
「傷ついたお姉様を慰められるのは、やはりわたしの愛でございますね」
「君はそれをやって何度星になったか忘れたの」
「はっ」
初めて気がついたような顔をしたレクセルと、泣きじゃくっている英美を見比べ、アルスはしばらく戸惑った様子だった。それが、不意に自分の肩からマントを外して立ち上がった。
肩にマントを掛けられ、驚いた様子で英美が視線を上げる。
「そのう……なにやら理解が及ばぬが、エイミー殿も不本意な思いをしてこられたのであるな」
「……」
気遣うように微笑んだアルスを少しの間眺めていた英美の目に、更に大粒の涙が溜まっていく。
「わ、判ってないのに優しいふりしないでよお!」
「えっ、えええっ」
マントの端で顔を覆い、更に大声で泣き始めた英美から、慌てて飛び退いたアルスを見て、ラピスは大きなため息をついた。
「……少し、そっとしておいてあげたら?」
「は、はぁ……」
「ここは流れ的に、背中から優しく抱きしめるような甲斐性が欲しかったですねぇ」
「冷静に分析するな」




