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お嬢様と下僕  作者: toto
7/7

Act7.お嬢様とレオン

 日常は淡々と過ぎていった。

 なにごともなく過ぎるから、きっとこの日常は平和なのだろう。

「ほーんと、レオナちゃんは最っ低ですわね。昔から気に食いませんでしたけど、いよいよ大嫌いになりましたわ」

 学業の合間を縫って、ときおりユナちゃんは私の屋敷に訪れてくれていた。

 彼女の話は相変わらず面白くて、会話が弾む。

 けど、思い出したように、もうこの屋敷からいなくなったレオンをなじるのだけはいただけなかった。

「レオナちゃんも所詮は男。真実を見抜く目を持っていなかっただけのことですわ。いい?男なんて星の数ほどいますの。大体、わたくしのかわいい天使ちゃんに地上の男はもったいないですわ。もう吟味に吟味を重ねた上で、完璧と思える男でなら譲ってさしあげてもよろしいですけど」

 そして最後には、なぜかレオンがいなくなったことを慰めてくれる流れになる。

 ユナちゃんって本当に優しいから、たぶん、レオンがいなくなったことで私が深く傷ついているだろうと思ってるんだろう。だから何度も何度も慰めてくれるのだ。

 けど、実際、私は思ったよりも悲しくなかった。

 寂しくないといえば嘘になるけれど、レオンがいなくなってからもう半年以上経つのだ。やつの不在にはもう慣れてしまっていたし、不便に感じることもない。唯一不満があるとすれば、やつを着せ替えて遊ぶことができなくなってしまったことくらいだ。

 生まれてから、半分以上の年月を一緒にすごしてきたというのに、いざ離れてみれば、意外にあっさりと別離を受け入れることができた。

 私って、おとなだ。うんうん。

「ユナちゃん、ありがと。レオンのことは残念だったけど、死んだわけじゃないんだし、元気にやってるならいいと思うの。それより、もっと他のお話しましょ」

「……そうですわね。しめっぽい話はやめにしますわ」

 ユナちゃんには、レオンは王城にスカウトされて引き抜かれたと話してある。他の使用人やセッカにも同じ説明をした。一介の使用人が王城で働けるなんて大出世だ。こんなにめでたい話はない。

 ユナちゃんは「裏切りですわ!」と憤っていたけど、個人の幸せを考えるならレオンの選択は正しいものなんだろう。たしかに私はレオンの主人で、はじめこそユナちゃんと同じように裏切られたと感じていたけれど、やつにだって、やつの幸せを求める権利はある。と考え直した。

 こんな寛大な主人をもって、ほんと、レオンはつくづく幸運な使用人だ。

「ユナ様、迎えの馬車が参りましたよ」

「あら、もうそんな時間ですの?ああん、ほんと、楽しい時間ってすぐに過ぎてしまいますのね……。また遊びによらせていただいてもよろしいかしら?」

「もちろん!首をながーくして待ってる」

 ユナちゃんとの名残を惜しんで、彼女の馬車を見送る。

 私の影のように寄り添うのは、正式に傍付きに任命されたセッカだ。

 彼女はほんとうに有能な使用人で、おまけに頭もよい。私の教育係としても活躍していて、レオンと違ってやさしく丁寧に教えてくれるのですごく楽しい。

「そういえば、お嬢様。アルフレッド様からまた手紙が届いていましたよ」

「わ、みせてみせて!」

 ほんの少し前から、私はアルフレッドと文通を始めた。

 なんだかうやむやのうちに互いの本性というか、本来の気性を知ってしまったせいか、私は戸惑ったけれど、アルフレッドの方はなにかが吹っ切れたらしい。

 とりあえず、男友達として、交流を深めているこのごろだ。

 彼の文章は機知に富んでいて、ユーモアたっぷりで面白い。対して私の綴る日常は平穏で、きっと彼にとってはつまらないんだろうなって思う。それでも返事を返してくれる間は楽しんでくれているんだろうと信じて手紙を書いている。

 アルフレッドの手紙を私室で読んでいると、歯磨きの準備をしにセッカがやってきた。そして彼女は私の髪の毛を梳かしながら、なにげなく言った。

「お嬢様、知っています?三日後に、建国式があるんですけれど、長らく病床に臥していらした白魔女様も姿をお見せになるそうですよ」

「そうなんだ。それは楽しみねぇ」

 ちょうどアルフレッドの手紙にも同じようなことが書かれていた。

 白魔女様、元気になったんだ。すごくおめでたいことだ。建国記念も兼ねて、きっと式は盛大なものになるだろう。

 新国王就任式のパレードよりも、きっと華やかな姿で、国民に手を振って笑顔で応えてくださる国王様と白魔女様の姿が目に浮かぶようだ。

「ん?」

 アルフレッドの手紙を読み終えたと思ったところで、ふと、追伸の文字が目に入る。

『追伸 建国式の夜、久しぶりに会って話がしたい。初めてデートをした中央公園の噴水前で待ってる』

 私は少し悩んだ。

 お昼間だったら喜んで了承するんだけれど、夜か。うまく抜け出せるかなぁ。

 膝の上で甘えるコトラの頭をなでながら、私はしばし考えた。



 そして、三日後。

 建国式のパレードは、予想を上回る盛況ぶりだった。

 セッカと、それからユナちゃんも一緒に町に繰り出していろいろな遊びを楽しんだ。だめもとでユナちゃんに声をかけたら、建国記念日ということで学院もお休みだったらしい。

 式典当日はお祭り騒ぎのような状態で、屋台はたくさん出ているし、流れのサーカス団や大道芸人たちがこぞって芸を披露していた。

 王都の主要な商店街では「白魔女様復帰記念」と称して大々的にバーゲンを行っていて、ウィンドウショッピングにも思わず熱が入る。

 なにより、見ものは式典のパレードだった。

 国王様はなにかしら行事で国民の前にお姿をお見せになるけれども、めったに姿を現さない白魔女様目当ての国民が大勢押しかけてきているようだった。

 なにせ前回は体調不良ということで、お顔もろくに拝見できない状態だったけれど、今度こそは拝見できるのではないかという期待もあって、のことだろう。

「なにせ、此度の白魔女様は絶世の美女らしいぞ」

「ああ、一度でよいからお顔を拝見してみたい」

 そこかしこから、似たような言葉がもれ聞こえてくる。

 やっぱり人間、美男美女というものには弱いのだ。手の届かない存在となるとなおさら、熱狂的になる。自分のものにはならないけれど、誰のものにもならない。憧れの存在となるのだろう。

 私達はパレードが通る大通りから少し離れたカフェテラスにいた。

 このカフェテラスは王都でも珍しい三階建てで、その三階の一番南端に座ると、パレードがよく見えるのだ。

「近くで見てみたいけど、あの群衆の中に混じるにはちょっと勇気がいりますわよねぇ」

 というのは、ユナちゃんの言葉で、私も全面的に同意だった。

 露天や商店街でひととおりショッピングを楽しんで、いい感じに足も疲れてきたところだ。

 セッカも交えて、三人でおしゃべりをしているといよいよパレードが近くにやってきたらしい。

 盛大な音楽と歓声がカフェテラスにも届いてくる。

「国王様がこちらに向かって手を振ってらっしゃるわ!いつ拝見しても格好いいですわ~」

 ユナちゃんが男の人を褒めるのは珍しい。気がする。

 たしかに、近くで拝見した国王様は本当に美丈夫だった、ような記憶がある。半年以上前のことなのであんまり覚えてないけど。

 もっと見ておけばよかったなぁ。もったいないことをした。

「あら……」

 うっとりとパレードを眺めていたユナちゃんの顔が、ふと険しいものになる。それは、セッカも同じだった。

「あれ、レオナちゃんじゃなくって?」

「ユナ様もそう思われますか?」

 ふたりは顔を見合わせる。そして、同時に私を見た。

 本当に、ふたりとも優しくて、その優しさに不覚にも涙が出そうになった。

「うん。すごく、似てるね。珍しい髪と目の色だからねぇ」

 白魔女様のお顔を拝見したのはほんの一瞬で、遠目だったから、彼女達が見間違うのも仕方がないだろう。

 本当に、レオンと白魔女様は似ていたから。近くで見たことのある私が似てるって思うのだから、なおさらだ。

 ふたりは若干腑に落ちない表情を浮かべたけれど、すぐに忘れたように流行のファッションの話や社交界の噂話に花が咲く。

 女三人集まれば、かしましいっていうけど、これって真実だ。



 建国式の夜、アルフレッドの手紙の呼び出しに私は応じることにした。

 よく考えたら手紙だけのやりとりで、あれ以来アルフレッドとは顔を合わせていない。文通友達だが、せっかく会える距離にいるのだ。誘いを断るのも悪いと思った。

 夜中に抜け出すことについては、ユナちゃんに協力してもらった。

 建国式の夜には、花火、というものを打ち上げるらしい。それは夜空に咲く大輪の花だそうで、めったにお目にかかることができない代物だそうだ。

 それをユナちゃんとふたりで見に行く、ということにした。

 ユナちゃんはユナちゃんで、他の誰かと見る約束をしているらしく、お互いにダシにしたというわけだ。ただ、ユナちゃんは最後まで私を心配して、ぜったい気を許してはいけませんわよ!と念押ししていた。心配性だなぁ。

 夜、中央公園のベンチに腰掛けて、アルフレッドを待つ。

 ほんのりと青い灯火の街灯が噴水を照らしている。昼間の賑わいが嘘のように静かだった。

 本当にいまが楽しくて、穏やかで、優しい親友に恵まれて、友達のように接することのできる優秀な使用人がいて、かわいらしい心癒されるペットがいて、少し気になる男友達がいて、なにより私をとっても可愛がってくださる、大好きなお父様がいて。

 こんなにすばらしい人生でいいのかって思ってしまうくらい幸福で。

 しあわせで。

 なみだがこぼれる。

「……あれ」

 私の幸せから、レオンの存在が消えている。

 あんなにずっと一緒にすごしていたのに、私はなんて薄情者なんだろう。

 でも、けど、レオンの存在を思い出すと、私の幸福の天秤は悪いほうに傾いてしまう。

 私の大好きなひとたちに、私の不幸を悟られてはいけない。不幸だなんて思うほうがおこがましいのだ。私は幸せだ。私は幸福だ。私は。

「お嬢様」

 空耳が聞こえた。

 あまりに懐かしい声だった。こんなに正確に彼の声を覚えていたことに、感動する。

「お嬢様」

 疲れてるのだろうか。さっきから幻聴が治まらない。

「怒ってるんですか、お嬢様」

「……ついに幻まで……」

 青い街灯を照り返して、鈍い青銀に映る髪、夜闇でもよく分かる紅玉の瞳。長かったはずの髪は短く切りそろえられていて、服装もまるで青年のようだった。

 おかしい、こんなの私のレオンじゃない。この幻は、レオンに似た誰かだ。

「残念ながら、幻じゃありませんよ。本物です。まさか、たった半年の間に私のこと、忘れてたりしませんよね」

 レオンに似た誰かは、私の許可も得ずに、私の隣に腰掛けた。

「……まさか、本当に忘れてるんじゃないでしょうね。そうなるとさすがにお嬢様の健忘症を疑い嘆く場面なわけですが」

「……レオン?」

 その嫌味な口調は。

「こんな絶世の美少年が私以外にいるわけないでしょう。目を開けながら寝ぼけるなんて器用な芸当しないでください」

 紛れもないレオンだ。この口の悪さ。紛れもないレオンだ!

 でも、髪の毛を切ってしまっているし、服装は男だし、なにより、レオンだというならなぜこんなところにいるんだろう。レオンはここにいてはいけないはずだ。

「……アルフレッドは?」

「よりによって、その名前を出しますか。自信がなくなってきました」

「だ、だって、私を呼び出したのはアルフレッドのはずでしょ。それに、レオンがここにいるのはおかしいし、意味が分からないのよ。だって、あんた、白魔女なんでしょ」

 そうだ。

 レオンは、本当の意味で白魔女なんだ。

 半年前、わけもわからないまま屋敷に帰った私に、お父様が教えてくれた。

 白魔女とレオンの秘密。早くからその秘密にお父様は気付いていて、利用するつもりだったと正直に話してくれた。

 お父様のことを嫌いになるかって聞かれたけど、もちろん嫌いになんてなれるはずがなかった。たぶん、レオンもそうなんだろう。だから、お父様のお願いで国王様のところに残ったのだ。

「まず、お嬢様と文通していたのはアルフレッドではありません。私です。よって、お嬢様を呼び出したのは私なわけです」

「ちょっと、いきなりなに詐称してるのよ!」

「アルフレッドも了解済みですよ。次に、私が白魔女だとお嬢様が理解されているということは、旦那様からお聞きになったのでしょうか」

 文通相手が実はレオンだった件について、非常に憤りを感じたが、畳み掛けるようにたずねてくるレオンの勢いに圧されて、つい正直に頷いてしまった。

 するとやつは残念がるような、ほっとしたような、そんな顔をした。

「そうですか。どこまでお聞きになりましたか?」

 レオンに促されて、自分が理解していることをすべて話した。

「白魔女様とレオンは双子で、縁起が悪いから、男だったレオンは捨てられたんだろうって。魔女としての力が発現するのは女児が多いから。けど、力に目覚めたのはレオンで、妹には手紙で予言をしてたって」

「ええ。そうして、私はお嬢様の使用人として、妹は白魔女として一生を終えるつもりでした。けれど、不幸にも妹の体は弱く、余命いくばくもないことが分かりました」

「うん」

「そして、妹は先日、死にました。けれどこの国は白魔女を必要としています」

「だから、レオンが白魔女になるんでしょう。本来の居場所に戻るってだけじゃない。なにも大げさに考えなくてもいいことだと思う」

 妹さんが亡くなられたのは残念だけれど、もともと双子だったのだ。レオンが白魔女の地位につくのはごく自然なことに思える。魔女としての力を持っていたのがレオンであるというのならば、なおさらだ。

 だから、私も納得したのだ。

 レオンを手放すことに納得して、同意した。やつはもう私の着せ替え人形ではない。この国の根幹を支える白魔女なのだ。

 目の前にいる男はレオンだが、私のレオンではない。そのことが、甘い疼きとなって、私を感傷的にさせるのだ。

「……はぁ。お嬢様ってそんなにひとの心の機微に疎い方でしたっけ。それとも、私があまりに勉強勉強と言いすぎたんでしょうか」

「な、なによ。急に」

 レオンは脱力して、くったりと両膝に両腕をつけて頭をさげた。

 使用人時代には考えられない脱力っぷりだ。こんなにだらしないレオンはじめて見た。

 レオンはもっとぴしっとして、きりっとして、ぴんっとして、ともかくこんなにゆるゆるしてなかった。本当に別人みたいだ。

 ……いや。幼い頃はこんな感じだったかも。いつからか、きりってしだして、見下されるようになったんだ。悔しいけど。

「私は、今日は、すごく緊張してここまできました」

「そうなんだ」

 アルフレッドに会うって思ってきたから、私はあまり緊張しなかったな。

「私を見たお嬢様がどんな反応をするかなって思って、ひそかににやにやしていました」

「そ、そうなんだ」

 にやにやするレオン……想像できない。

「会って、感想をあらわすなら、がっかりです。お嬢様にはがっかりしました」

「勝手に失望しないでよ!なんなのよさっきから、らしくないわねぇ」

 がっくりと首を落として、レオンはゆるゆると頭を振った。こんなフランクな振る舞いをするレオンってものすごい違和感なんだけど、よく考えたらこれくらいでちょうど歳相応なのかも。

 そう思うとちょっと可愛く思えてきた。いやいや、いまのなし。ないない。

「いいんです。私が勝手に盛り上がって、勝手に期待はずれだって思っただけですから。お嬢様に期待するなんて最初から間違っていたんです」

「ひどい言い草よね。なにを期待してたのよ、言ってみなさいよ。久しぶりに会ったわけだし、今後会うこともないかもしれないし、やってあげなくもないわよ」

 あまりにレオンが腐っているので、優しい私はつい仏心をだしてしまった。

 たぶん、これが運の尽きだったんだろう。

「お嬢様」

「な、なによ」

 レオンの美しい紅玉の瞳が、じっと私を見つめてくる。

 ほの暗い街灯の光を反射して、闇の中でもよく目立つ両玉にほんの一瞬妖しい光がともる。

 存外近い距離にあるそれにどきまぎしていると、少し汗ばんだ白い手が、私の手に重ねられる。

 その手を、距離を、熱を、意識した瞬間、初めてアルフレッドとデートをしたときとは全然違う感覚に陥った。なんだか胸が苦しいし、心臓はどくどくと脈を早めるし、恥ずかしくて逃げ出したくなる。なにこれおかしい。

「……からだはこんなに正直なのに、どうしてでしょうね」

「ちょ、ちょっと、なに人聞きの悪いこと言ってるのよ!あんた正気じゃないわね!」

 威勢よくいってみるものの、触れられた手を退けることができない。

 強い力で押さえられているわけではない。そっと重ねられているだけなのに。

「だって、私がちょっと触れただけで、お嬢様、顔、真っ赤ですよ。目も潤んじゃって、かわいい」

「は、か、かわっ……~~!レオンがおかしくなった!」

 そしておそらく絶対、私もおかしい。

「私のレオンは絶対そんなこといわない!」

「そうですね。使用人のレオンは、言わないでしょうね。でも、私は、もうあなたの下僕じゃない」

 そんなの言われなくても分かっている。

 好き勝手に着せ替えて遊んだり、無茶を承知で変な命令したり、私の身の回りの世話をさせていたレオンは、もういない。

「泣かないでくださいよ、お嬢様」

 悲しくなんかないのに、ぽろぽろと涙が止まらなかった。

 ただただショックだったのだろう。レオンに、レオンが否定されて、私のレオンはもういないんだと痛感させられたのだ。

 ぐすぐすとベンチに座って泣く私の目の前に、レオンが移動するのが気配で分かった。やつは地面に膝を折ると、涙を拭く私の右手をそっと攫った。

「お嬢様、私は、小さなとき、あなたに見つけてもらって嬉しかったんですよ。人身売買のマーケットの隅で震えて座っている、白髪の不気味なこどもなんてろくな買い手がつくはずありませんでした。ま、いまでこそ絶世の美少年ですけれどね」

「……よくいうわよ」

「私がこうやって自信を持てるのは、お嬢様が私の美しさを教えてくれたからですよ。昔は、私以上に異様で汚い生き物は存在しないって思っていましたから」

「嫌味にしか聞こえない」

「ですよねー」

 ずずっと鼻をすすって、泣く私とは対照的に、レオンはどこか楽しそうだ。

 泣いてる女の子の手を握って、陽気に振舞うなんて、騎士団に見つかったらぜったい捕まる。

「なによ、なによ、なんであんた、そんなに嬉しそうなのよ」

「嬉しいですもん。だって、お嬢様、私のために泣いてくれてるんでしょう」

「そうだけど、あんたのためじゃないわよ。私のレオンのためだもん。だいたい、さっきは泣かないでくださいって言ってたのに、うそつきだわ」

「おかしなことをおっしゃる。私だって、あなたのレオンですよ」

 そう言って、レオンは私の手の甲に唇を落とした。

 これは、忠誠のキスだ。一度は私を裏切っておいて、また再び誓うというのか。

「私は、いつだって王城に行くことができました。旦那様の口ぞえと、私の白魔女としての力があれば、いつだって。なのに、どうして、あなたのもとに留まっていたのだと思いますか?」

「……お父様を尊敬してるから」

「あたらずとも遠からず。お嬢様、分かっていてわざとはぐらかしていますよね」

 レオンだって、わざと核心をつかないようにしているくせに。

 それに、だって、私がそんなこと言って、もし違っていたら、恥ずかしくて死ねる。憤死する。……違っていたら、怖い。

 臆病な私の右手の甲を、レオンの唇が食んだ。ちろちろと赤い舌先が私の肌を緩く舐めた瞬間、ぞくりと倒錯的な快楽が背筋を駆け上がる。なんて不道徳な行為だろう。

「正解は、お嬢様の傍にいたかったからですよ」

 こんなの忠誠じゃない、狂気をはらんだ口付けだ。

「でもそれだけじゃ満足できなくて、結局、私は使用人としての忠誠は捨てることにしました。使用人はしょせん使用人、けしてあなたとは向き合えませんから」

 レオンは顔をあげて、少し寂しげに笑った。

 ぱーんっと、夜空をつんざく大音が鳴り響いた。花火が打ち上げられはじめたのだろう。夜空に、色とりどりの花が咲いている。

 花の七色の光に照らされたレオンの微笑みは清らかで、私の胸に一瞬で刻まれた。

「これからは、愛の奴隷といった感じで、よろしくお願いしますね」

 ……。

 もっと他に言い方はなかったのか!



 かくして、使用人から愛の奴隷へと身を変えたレオンから、正式なお付き合いの申し込みがきたのは一週間ほど経ってからだった。

 ユナちゃんに相談すると、当然のように猛反対にあった。

 曰く。

「あんなど変態、私の天使ちゃんにふさわしくありませんわ!ささ、そんな悪魔の誘いは切り刻んで捨ててしまいましょうね」

 セッカや、恥ずかしいけどお父様に相談すると。

「お嬢様のお心に従うのが一番だと思いますよ」

「おまえが幸せなら、私はそれが一番だよ」

 コトラにいたっては。

「にゃー」

 誰も背中を押してくれなかったので、ひとまず返事は保留にすることにした。

 当然、レオンからは不満たらたらの手紙が送られてきたが、私は彼に対する思いが親愛なのか愛情なのか測りかねているところだと正直に答えてみたところ、一応納得はしてくれたらしい。

 なにせ私は、やつを長年ペット扱いしてきたのだ。長く一緒に居た分、いろいろありすぎて、相手に対する感情に名前をつけるのが難しくなっていた。逆に、なんでレオンはそんなに簡単に愛情だといえるのか不思議だった。

「簡単ですよ。私、お嬢様に触りたいなって思いますし、キスしたいなって思いますから」

 名目上、初デートをしたときに聞いてみたところ、こんな返事が返ってきた。聞かなければよかった。

「そんなの動物とかペット相手でも一緒でしょ。かわいい姿みてたら触りたくなるし、キスだってしたくなるわ」

 などと、一応反論してみると。

 唐突に唇を奪われた。数秒の攻防が続いた後、私はあえなく陥落して蹂躙される。

 舌なめずりをして、満足げに唇を離したレオンを睨みつけると、極上の笑みを浮かべてやつは言った。

「かわいいだけなら、こんなことしたいなんて思いませんから。ね、お嬢様?」



 レオン、それって、単なる欲情とはどう違うの!



以上です。

長い話でしたが、ここまでお付き合いくださいましてありがとうございました。

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