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ティアードロップス  作者: 轍
序章
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1/6

プロローグ

これは物語が始まる序章

夜と朝の狭間は、誰のものでもない。


空はなお群青に沈みながら、その果てには淡い白が静かに滲んでいた。

闇は去りきらず、光もまだ世界に触れようとはしない。

人はこの刻を――彼者誰(かわたれ)と呼ぶ。


彼なのか。


誰なのか。


人か。


神か。


その境界が最も曖昧になる、夜明け前のひととき。


⸻


神々は滅んだ。


空を巡り、大地を治め、世界の理を司っていた者たちは、互いに刃を交え、その果てに一柱として残らなかった。


後に人は、その最後の戦いを神々の黄昏と呼ぶ。


世界が終わることを悟った最後の神は、人間たちを前に静かに言ったという。


――生きよ。


その言葉とともに、人へ一つの術を遺した。


錬金術。


火を灯し、水を生み、石を鉄へと変える。

神の奇跡には遠く及ばぬ、小さな世界の書き換え。


人が滅びゆく世界を生き抜くための、最後の贈り物。


神は術を託し、その姿を消した。


こうして神の時代は終わり、人の時代が始まった。


⸻


神々が去ったあとも、世界はなお在り続けた。

世界の中心には、一本の巨木があった。


世界樹


天を支え、海を抱き、大地へ根を張る世界の礎。

人が生まれるよりも遥か昔から立ち続け、神々さえ見上げたという大樹。


その存在だけが、崩れゆく世界を辛うじて繋ぎ止めていた。


しかし。


永遠と思われたその命にも、終わりは訪れる。


枝は枯れ。


葉は色を失い。


幹には深い裂け目が走る。


世界樹が弱るたび、世界もまた少しずつ姿を変えていく。


海は荒れ。


大地は裂け。


空は歪み。


四季はその巡りを忘れ始めた。


誰も口にはしなかった。


だが、誰もが薄々気づいていた。


世界は静かに、確かに終焉へ向かっているのだと。


⸻


それでも人は生きていた。


朝を迎え、


畑を耕し、


子を育て、


笑い、泣き、誰かを愛した。


錬金術は奇跡ではない。


暮らしを支える知恵であり、


命を繋ぐ術だった。


人は今日を生きるために火を灯し、


明日を信じるために水を湧かせる。


それだけで十分だった。


少なくとも、この時までは。


⸻


終わりは、鐘を鳴らして訪れるものではない。


夜が音もなく朝へ移ろうように。


潮が誰にも気づかれぬまま満ちていくように。


世界は静かに、その最期へ歩み続けていた。


夜明けは近い。


彼者誰(かわたれ)の刻は終わりを告げる。


これは、神々が去った世界で。


一人の人間が、滅びゆく世界と向き合う物語の始まりである。

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