成美尋問編(本番)
誠伍、成美による受け入れ業務は滞りなく─────いや、些少のざわつきはあったものの─────進んで。
後に食事を終えて合流した春海とともに、その日の受け入れ業務は終わった。
まだ新入寮生を受け入れる初日。
それにしては随分と濃厚な一日ではあったが、春海たちにとっては、まだ仕事は終わらない。
夕方、入りたての新入生を一堂に集めて、寮の規則の説明が待っているのだ。
新入寮生が食堂に一堂に会する。
春海、誠伍、その他上級生が数名、入り口から真正面、厨房を背にするように中央に立っている。
「さて、今日入った新人はこれで揃ったな」
春海が、周囲を見回して、言う。
その中に、一つの小柄な影を認めて、心中わずかに安堵する。
(……いるな)
宇都宮阿貴。
心配であったが、ひとまずは大丈夫そうだ、と認めて。
「じゃ、簡単に寮の説明会始めるから、ちゃんと聞いておいた方がいいぜ」
段取りとばかりに、誠伍が春海に代わり前に出て、
「基本的なルールは…まあ、シンプルだ」
門限、消灯時間、風呂、食堂、シャワー、共用部の使用ルールなど。
どれも入寮前に配布されていたパンフレットに書かれている事の確認、補完くらいのものだ。
無駄なく、淡々と、必要な話のみが進められていく。
新入生たちも、慣れない環境の中、静かに耳を傾ける。
「─────以上だ」
時間にして僅か数分。
誠伍のこの言葉により、説明は締められた。
「ま、おおまかなもんはパンフにも書いてるけど、もしわからねえことがあったら─────」
と、春海がわずかに間を開けて、おどけるように一言。
「そこらの上級生とっ捕まえて聞いておけ。大体何とかなるし割と協力的だぞ」
そんな春海の物言いに、新入生たちの緊張がわずかに弛緩し、軽い笑いが場に広がる。
そんな中、一人視線をさまよわせる影があった。
「じゃ、今日はこれで解散。入学式の前までには全員揃うし、その時本格的に歓迎会やるからなー」
春海の一言で、新入生も続々立ち上がり、思い思いに食堂から去っていく。
そんな中、
「宇都宮」
誠伍が、部屋に戻ろうとする阿貴を呼び止めた。
「…はい?」
「悪いが、今夜は一人で寝ていてくれ。成美は引き続き俺らが詰めとく」
言葉は短く、説明もない。
「………はい」
少し間をおいて、頷く。
誠伍は、それだけ告げて離れていった。
阿貴は、その背中をしばらく見送っていた。
そして、全員が食堂から引き揚げ、しばらくの間をおいて、春海、誠伍の部屋。
「─────」
「─────」
「─────」
誰も、口を開こうとしない。
部屋に居るのは、本来の居住者である春海、誠伍、そして。
一日監視下に置く、と宣言された成美の三人だ。
説明会の間、「ここから一歩も動くな」と誠伍に念押しされ、成美は、ずっと部屋で待たされていた。
戻ってくるまで、何もすることもなく。
「……で」
大方の事情は成美の口から既にある程度聞いていた誠伍だったが、春海からの話はまだまともに聞けていない。
それも踏まえて、まず春海に対して。
「そもそも、どうしてああなった」
「……それはオレが一番聞きてえよ」
「そういう意味じゃねえ」
ぴしゃり、と言い切る。
「あの騒ぎになった結果じゃねえ、どうして成美に任せた、って話だ」
そもそも。
毎年の恒例とはいえ、春海が成美に任せていなかったら起こらなかったことだ。
春海も、知っていたはずだ。
去年の新歓ドッキリが、長く拗れた元凶が成美だった、という事は。
「成美が一番、あの状況にぴったりだった、と言ったら?」
「お前な…」
「オレだってな、去年の件を踏まえて、あっさり終わらせるつもりだったんだ」
「それもさっき聞いた」
「大体だな」
と、春海は、さっきまで放っておかれていた成美に向き直り。
「お前、あんなことする奴じゃなかっただろうが」
少なくとも、春海が知る阿久津成美という男は。
その見た目で相手を小悪魔的に翻弄することはあっても、直接的な接触まではさせていなかったはずだ。
自分の外見を自覚していて、それが相手にどんな反応をもたらすかまで熟知していて。
言葉を選ばなければ、打算的。
そんなタイプだったはずだ。
「本来なら、視覚とか精神とかに訴えかける演出、もっと気を使ってたはずだろ」
「…うん。今までは、ね」
水を向けられて、ぽつり、と一言。
「それがどうしてああなったんだよ」
「─────」
成美らしからぬ、間。
そして、
「わかんないの」
と。
その響きは、いつもの軽さからは程遠く。
「…わかんない、ってお前な…」
呆れたように投げかける春海に対して、更に、
「本当に、わかんないんだよ…」
と。
「あのね」
と、成美が口を開く。
「本当に、最初は春海に言われた以上の事、するつもりじゃなかったんだよ」
自分の見た目を最大限に利用して。
相手の反応を楽しんで。
それで襲われちゃったら、それはそれで楽しいかななんてちょっとだけ考えてた、なんてのは内緒で。
適当な頃合いになったら、ネタばらし、の流れだったはずだった。
襲われちゃったら、の文言に誠伍は額に手を当てながら「お前な…」と呆れ顔を浮かべたが、春海が、
「お前、その辺の距離感絶妙に間違えない奴だっただろうが」
それを信じていたから任せたのだ、と付け加えて。
「そのはずだったんだけどね…あの子見てるうちに、頭の中ふわー、ってなって…頭の中にあったあれこれぜーんぶ、吹っ飛んじゃったの」
「おい」
「で、抱き付いて、キスしちゃった、ってわけか?」
「うん」
素直にうなずく成美。
「ああなっちゃったの、本当に初めてだったんだよ」
沈黙が、部屋に落ちる。
成美は、元々そういう方面でも奔放なところはあった。
というより、春海も誠伍も、本人から「もっとすごいことをされた経験」まで聞かされたこともある。
そんな彼をして、初めて陥った、自発的ではなく、吸い寄せられる感覚。
「─────オレが悪いのか、これ」
「─────いや」
春海の自己嫌悪に、初めて擁護するような文言を用いた誠伍。
「相手が宇都宮以外だったら、お前の目論見通りになっていたんだろう。多分な」
再び、部屋に沈黙が落ちる。
さっきよりも更に、その空気は重く感じられて。
それを振り切るように、春海が話題を変えるように、言い出す。
「…しかし、突然とはいえ、キスされたくらいであそこまでフリーズするか?」
話題は、部屋に突入した時の事。
成美からも「キスしちゃった」以上の事は今まで聞けてない。
「そういうのに慣れてる奴ばかりじゃないだろう」
「まあそうだけどさ、あんまりにも阿貴ちゃん、ピュア過ぎないか、って気になってな」
泣きそうになってたし、と付け加えて、成美に一つ、問いかける。
「─────お前、本当はどこまでやった?」
軽口ではない、その真剣な眼差しに。
「………」
言おうかな、言うべきじゃないかな、と躊躇いながら。
「─────舌、入れちゃった」
瞬間。
その場の空気が完全に止まった。
春海も、誠伍も、何も言えず固まる。
「…………」
「…………」
「…………」
三者三様に、無言のまま。
しばらくして。
「アウトーーーーーーーーーー!!!大アウト!!!特大アウトだお前ーーーー!!!」
「お前何してんだ…何してんだお前!!!」
「そりゃ阿貴ちゃんフリーズするわ!!!泣きそうにもなるわ!!!寧ろ泣かなかっただけ表彰もんだわ!!!」
「お前…それキスの範疇超えてるぞ!」
「なーるーみー!お前がいくら変態でも、それ初対面で、ってか人として超えちゃいけねえライン3つくらい超えてるからな?!」
と、春海が絶叫の後一息入れて、
「てか、お前マジで…オレはそこまでやれとはひとっ言も言ってねえからな?!マジで!八百万の神々どころかあらゆる宗教に誓ってもいい!」
「わかってるよっ!でも、でも…っ!」
その剣幕に引っ張られるように、成美も声を張り上げる。
「ぼく、あの子の事、本気で好きになっちゃったんだもんっ!」
再び、空気が止まる。
「─────」
「─────」
「……あ」
成美が、手を口に当てて漏らした「あ」という声。
言葉にして、ようやく。
自分でも、気付いた。
「…マジか…」
我に返った春海が、ため息交じりに。
「………」
あらゆる意味で予想外、と言った表情の誠伍。
「だからってな…いや、今更だ」
やっていいことと悪いことがあるだろう、なんてツッコミは。
それが通じるような状況なら、今こうなってなどいないからだ。
「─────成美」
しばらくの間をおいて、誠伍が真顔で成美に向き合う。
「お前が自分の気持ちを止める奴じゃねえ、ってのはよく知ってる。だが」
更に顔を近づけて、
「少しは節度を持て」
その言葉は、これまでの付き合いの中でもトップクラスに重くて。
「………うん」
気を付けるよ、と付け加えながらも、
「でも」
「好きなのは、やめないからね」
成美は、少し笑って、そう言った。
夜。談話室にいるのは、春海と誠伍。
お互い向かい合って、テーブルを挟んで椅子に腰かけている。
テーブルの上には、寮の中の自販機で購入したジュースが2つ。
「…まさか、あんな事言いだすなんてな」
「成美が、か…」
春海は、自分のコーラを一口飲んで、
「─────アイツ、こうなる事わかってたのか?」
「アイツ?」
どういうことだ、と僅かに身を乗り出す誠伍。
「オレ、今回の部屋割り、一番悩んだの、成美の相方だったんだよ」
そんじょそこらの奴だと、あの成美ワールドに持っていかれる、と懸念して。
「…そういう意味じゃ、実は真っ先に阿貴ちゃんを選択肢から除外してたんだ」
理由は単純。
あのか弱そうな見た目で成美と張り合えると思えなかったから。
「─────だけどな」
「そうやって悩んでた時に、そいつがやってきて」
「コイツにしとけ」
「って、阿貴ちゃんの写真指差して言ってきたんだよ」
その口調に、まったく迷いがなかった、とも付け加えて。
「あのバカの手綱取れんの、コイツしかいねえ」
「他の奴じゃ無理だ」
「って」
「…誰だ、そいつ」
しばしの間をおいて、春海はゆっくりと口を開いた。
「オレらもよく知ってる奴」
と。
「─────去年までの成美の相方」
「加納清純」
その名前だけが、部屋に残った。




