110号室の同居人(衝動)
一方、110号室。
初めはお互い向かい合って座っていたはずだし、阿貴も一度も目を離していないはずだった。
それなのに、気付かないうちに、すぐ隣に近付かれていた。
しかも、自分の肩に肩がくっつくほど密着されていて。
その様子、その仕草に、阿貴はただならぬ気配を感じていた。
いくら相手が人懐こいと言っても、そこまで距離を詰められる事に、阿貴は慣れていない。
「な、成美…さん…?」
この状況が理解できず、阿貴は口を開いた。
今や、ほぼ密着と言ってもいいところまで身体は接している。
相手の体温、息遣いが感じられるほど。
すぐ隣の相手は、整った顔、長い髪、纏う匂いも男のものとは到底思えぬほど。
服越しに触れても感じられる肩の柔らかさまで、まるで女の子そのものだ。
だが、違う。
男だ。本人もそう言っていた、はずだった。
そんな阿貴の戸惑いを意に介さず、成美は、触れそうな距離で阿貴の目を見つめたまま、やや熱に浮かされたような口調で、甘く、優しく、囁くように。
「君…可愛すぎるよ」
余りにも突然で唐突な成美の言葉に、阿貴の思考が一瞬─────だが、完全に停止する。
間髪入れず、成美は阿貴の身体にそのまま─────倒れ込むように覆いかぶさった。
その動きに、まるで躊躇はなかった。
全く予想しなかった展開で無防備になっていたところ、阿貴はあっさりとベッドに倒されてしまう。
「え…ちょっと…」
言葉は、最後まで形にならなかった。
次の瞬間には、逃げ場がないほどに眼前に迫る成美の顔。
近い、なんてものではない。
触れる─────
瞬間、
唇に、柔らかい感触が触れた。
「─────っ…!」
あまりの突然のキスに、驚いて目を見開く。
こんな事をされるのは全く持って初めての事だ。
しかも。
相手は非の打ち所がない美少女…なのは見た目だけであって、本人も言っていたように、男。
なのに、同じ男である自分に何故、このような事をするのか…いや、そんな思考など、この時の阿貴には持てる余裕などない。
認識が追い付くよりも先に、身体の方が硬直して動かない。
成美は、そんな阿貴の戸惑いも、意に介することなく、さらに深く口付ける。
柔らかい感触が入り込む。
逃げ場は、ない。
抱きしめられたまま、引き剥がすこともできず。
その胸の内に、確かに沸き上がったのは─────
恐怖だった。
「─────い…いやああああああっ!!!」
寮中に響く悲鳴とともに、この小さな体のどこに、と思える力で。
阿貴は成美を思い切り突き飛ばしていた。




