自分にできること
フラクトル家に到着したアルベルトは、玄関で出迎えに出てきた執事のロンに飛びかかるようにして肩を掴んでいた。
「リリアはいるか」
「お、お嬢様でしたら、先ほど奥様と叔母に当たるセイ様と一緒に出掛けられました」
「いつ戻るか聞いているか」
「それは・・・」
口ごもったロンに、アルベルトは体の奥が冷えていくのを感じた。
「どこに行ったか聞いているか」
質問を変えると、ロンは言いづらそうにしながらも行き先を教えてくれた。
「ピリカの森に行くと仰っていました。お戻りはわからないと」
ロンは事情を知っているのかもしれない。何日も夫人と令嬢が帰らなければ不審に思うだろう。そうなる前に詳しいことは伏せられていたとしても、大まかなことは伝えた可能性がある。
「そうか・・・」
掴んでいた手を離すと、ロンは戸惑いながらも客間に案内してくれようとした。
「レイル様がすでにお帰りになっています。ウォルスター卿が来たらお通しするようにと言われていましたので」
「レイル殿が?」
彼もピリカの血筋だ。戻ってきているのならピリカの森に出発していてもおかしくない。それがアルベルトを待っていたという。
不思議に思いながらもロンに案内されて客間へと向かった。
客間に入ると、ゆっくりとした仕草でお茶を飲んでいたるレイルがいた。
アルベルトに気が付いてカップをテーブルに置いて腕を組むと、視線だけで彼の前のソファに座るように促される。
挨拶など必要ないというように横柄な態度だが、ピリピリとした雰囲気から怒りをため込んでいることはわかった。
アルベルトは指示されたとおりに無言でソファに座るとまっすぐにレイルを見つめた。
「遅い」
開口一番の言葉は予想していなかったものだった。
「すみません」
とりあえず怒っていることはわかったので謝っておく。そうしないと話が先に進む気がしなかった。
「ピリカの魔女が王家との契約を破棄したと聞いたからすぐに戻って来たが、お前もすぐに来ると思っていたのに、全然来ないじゃないか」
アルベルトが屋敷に来る時間が遅いことを怒っているようだ。
「すみません。ピリカの魔女とリリアを結びつけるのに時間がかかりました」
イグナスの指摘がなければもっと遅くなっていただろう。もしかすると今日中に来られなかったかもしれない。
「まったく、それでよく婚約者を名乗っていられるな」
呆れながらの皮肉に言葉もない。反省しつつもアルベルトは気になっていたことを口にしてみた。
「レイル殿はなぜここに?一緒に森に戻っていると思っていたのですが」
レイルもリリアと同じ理由で森に戻っていてもおかしくない。それなのに遅れてきたアルベルトを客間で待っていたことに違和感がある。
「俺も叔母様から指示があった。だが、俺の場合はフラクトル家の跡取りという立場もある。そのため選択肢を提示された」
「選択肢?」
「ピリカの血筋として森に戻るか、フラクトル家の跡取りとして屋敷に残るか」
「国に対して怒りを表した魔女にしては譲歩的な対応ですね」
フラクトル家も貴族だ。神殿や国に対して怒ったために契約破棄をしたピリカの魔女にとって、貴族も同様の怒りの対象になるだろう。それなのに、レイルに伯爵家に残る選択肢を持たせた。
「ピリカの魔女の重要性を軽視している貴族がいることも間違いない。それに対して怒りを露わにしているが、フラクトル家はピリカの魔女の立場を十分に理解している。そうでなければ父は母との結婚を許されなかっただろう」
そこは配慮があったようだ。レイルがいなくなれば跡取りのいなくなったフラクトル家はオルファの代で終わりを迎える。ピリカに理解のある貴族まで失ってしまうのは避けたかった。
そう考えた時、アルベルトもウォルスター公爵家の人間だ。ウォルスター公爵家がピリカの魔女たちに理解を示せばリリアも戻ってくるのではないか。
「今何を考えているのか想像はつくが、公爵家がピリカに対して理解を示しても、リリアは戻ってこないと思うぞ」
完全に思考を読まれていた。驚いて視線を向けると、レイルはため息をついた。
「公爵は王家に近すぎる。王族の血筋を濃く持っているアルベルト=ウォルスターにリリアを簡単に渡すとは思えない」
「王家の血筋と言っても、ウォルスター公爵家は何代も王家からの降嫁はないし、養子だって取ってない。他の公爵家よりは王家との血筋で言えば遠くなっている」
「それでも公爵家だ」
そう言われてしまうと反論できない。ピリカの魔女が王家の血筋にこだわってしまえば、リリアがアルベルトの前に戻ってくるのは難しくなってくる。
遠征前にもう一度会えるように日程を調整していた。わずかな時間でも彼女と一緒に過ごせる時間を作ってきた。婚約者になってから会える時間は他の婚約者たちと比べると少ないだろうが、それでもお互いのことを知って受け入れ、絆を強くしてきていると思っていた。こんな形で引き裂かれる日が来るなど夢にも思っていなかった。
「俺はどうすれば」
「今は国の出方を待つしかないだろう。神殿も王家もピリカへの対応を検討しているはずだ。魔術師団はピリカに依頼していた仕事がすべて白紙に戻ったからな。今頃人手不足で大変なことになっているんじゃないか」
普段通り仕事をしていたレイルはピリカの魔女が王家との契約破棄をしたことを仲の良い魔術師から聞かされたそうだ。その魔術師はレイルがピリカの血筋であることを知っていたので、レイルもすぐにいなくなってしまうと心配して様子を見に来たという。そこで城内での情報をいろいろと教えてくれた。
「一番被害を受けているのは魔術師団だろう。ピリカの魔女を派遣してもらって魔法の共同研究とかもしていたらしいし、手が足りない場所への派遣もしていて、討伐とか結界を張ってもらう仕事もあったみたいだし、それをすべて放り出されている状態だ」
大変そうだなと呟きながらお茶を飲むレイルに、アルベルトは確認しておくことがあった。
「レイル殿は、ここに残ることを選択したんですか」
今はここでのんびりとお茶を飲んでいるが、この後ピリカの行くのか、フラクトル家にこのまま残るのか、その確認がまだだった。
「俺がいなくなれば父が1人になってしまう。リリアと離れてしまったことは残念だけれど、今のところはここに残るつもりだ」
それにとレイルは窓の外に視線を移した。
「ここに残ればピリカの魔女たちの連絡が来るかもしれない。そうなれば交渉役をすることも可能だ」
いつでもピリカの魔女から交渉の再開を連絡されてもいいように、その時のつなぎとして残る選択をした。
「俺は俺なりに今できることをしてみるつもりだ。アルベルトも自分にできることをしておくべきじゃないか」
「俺に、できること」
リリアは森に行ってしまった。このままでは婚約もどうなってしまうかわからない。不安要素の方が多いが、レイルの指摘通り今は自分にできることをするしかない。
「帰ります」
立ち上がったアルベルトは決意を込めて口にした。
「巡礼や討伐にも影響が出るだろう。対策は早めにとっておいた方がいいぞ」
ひらひらと手を振って帰れと言わんばかりの態度だが、レイルなりの気遣いのような気がした。
玄関での見送りにはロンと、リリアの侍女をしているエルがいた。
エルは何も言わなかったが、その目にはこの状況を何とかしてほしいという切実な願いが込められているように感じられた。
解決するには王家とピリカの魔女が動かなければ何も進まないだろう。それでも、アルベルトは今自分にできることをするために城に戻っていった。




