契約破棄
「その言い方だと、私たちは駄目だと言っていますよね」
ほっとした雰囲気の中、黒いローブの女性が手を上げて発言してきた。珍しい髪色の女性の方だ。
「貴族出身の魔女でないと同行を許さないという風に聞こえました」
せっかく落ち着きを取り戻し始めた部屋の中が一気に緊張感で満たされた。
ローブで魔女だということはわかっても、騎士たちの中に顔見知りがいないのか、周りの者たちは誰だと言いたそうな顔をする。
「魔術師や魔女の中にも貴族や平民は混ざっていますから、その区別をつけようということですよね」
さらに質問してくる強気な女性に対して、押され続けていたシルフィーが再び活力を得たように顔を上げた。
「せめてわたくしへの接し方がわかっている方ならどちらでも構いません」
騎士同様に身分で相手を選ばないことに決めたのだろう。その発言に緊張していた部屋の空気が緩んだ。だが、魔女はそれで納得することはなかった。
口の端を上げると、吐き捨てるように言ってきた。
「聖女に媚びへつらうためにここに来たわけではないのですが」
その言葉に誰もが動きを止めた。アルベルトも驚いて魔女に視線を向けると、彼女は静かにシルフィーを見つめていた。
だが思い出したように周りを見てから挨拶をする。
「申し遅れました。わたしは魔術師団からの依頼を受けてピリカの森より来ましたリナ=フルールと言います。魔術師団からは聖女の巡礼の護衛を頼まれたのですが、貴族ではないとか、貴族令嬢に対しての接し方とか、その程度の話をするようなところへ派遣されたのかと思うと、大変残念に思いました」
はっきりとした物言いをするリナに一同は唖然としている。隣にいる黒髪の魔女は黙って様子を伺っているようだが、決して口を挟むことをしない。
話をすることでリナという魔女は気が強いということがわかった。横柄な態度を取るシルフィーとは相いれないものがあるのは確実だろう。
まずいなと思った時にはすでに遅かったようで、リナの発言にシルフィーが肩を震わせていた。
「わたくしが譲歩したというのに、なんですかその態度は。あなたみたいな魔女なら護衛役なんてこちらから願い下げよ。だいたい、魔術師団がいるのにどうしてピリカの魔女なんか参加しているの」
「お言葉ですが、ピリカの魔女たちは優秀です。魔物討伐と重なっているこの時期の巡礼には魔術師団も人手不足のため、巡礼にはピリカの魔女の同行を依頼しました」
顔を赤くして怒りを露わにし始めたシルフィーに対して、黙っていた黒髪の魔女は冷静に言葉を返してきた。彼女は魔術師団所属の魔女のようだ。
「わたくしは侯爵令嬢ですよ。ピリカの魔女でもそれ相応の態度というものがあるでしょう」
再び戻ってしまった身分による差別を口にしたシルフィーだったが、リナは冷たい視線を送っただけだった。
「私たちに王侯貴族の身分なんて関係ないのよ。それに、私たちに対してきちんとした態度を示してくれる相手には相応の対応はしていますから」
まるで挑発するような言い方だ。
「そんなことを言うのであれば、護衛役を変えていただくまでよ。あなたは討伐に参加すればいいだけだわ。ピリカの魔女は特別だと言われてきているけれど、それも戦後すぐの話でしょう。今の魔女たちを特別視するだけの実力があるのかどうか疑わしいものよ」
「聖女様、今のお言葉は撤回してください」
シルフィーが叫ぶように言うと、リナが口を開くよりも先に黒髪の魔女が慌てたように言ってきた。
「ピリカの魔女を罵るような発言をしてはいけません」
諫めるように言う魔女だったが、シルフィーの怒りは収まりがつかなくなってしまったようだ。立ち上がってリナを指さした。
「戦争から200年は経っているわ。敵国を追い払ったことで国から称賛されていたけれど、それも当時の魔女たちの功績。現在の魔女は何もしていないでしょう。過去の魔女の功績に胡坐をかいているだけの存在で、身分のあるわたくしを貶すことは許されないわ」
「聖女様、もうやめなさい」
あまりの言い方にロットが肩を掴んで落ち着かせようとした。
先ほどまでの和やかな雰囲気はどこに行ってしまったのか、今や戦闘が始まるのではないかというピリピリとした空気だけが部屋の中に満ち溢れていた。
騎士たちはどうするべきか迷うように互いに視線を交わしているが、誰も発言することができない。
そんな中指をさされたリナは深いため息をついてから、諦めたように隣の魔女に視線を移していた。
「聖女が聖女なら、それを選んだ神殿もどうなのかしら。それに、神殿を管轄するのは国のはずよね。これでは、ピリカの魔女は国としてもいらないと受け取っていいのかしら」
「そんなことありません。我々はピリカの魔女たちを下に見たことはありません」
慌てたように魔女が言うと、リナは首を横に振った。
「最近ピリカに対して見下すような貴族が増えてきていることは知っていたけど、ここまで露骨な人間は初めてだわ。やはりこちらとしてもいろいろ対応する必要がありそうね」
「貴族って言うのは面倒くさいものだね」
その時部屋の入り口から別の声が聞こえてきた。全員の視線がそちらに向くと、半開きになった扉に寄り掛かるようにして黒いローブに赤い髪の女性が立っていた。
見覚えのある姿にアルベルトは声を零していた。
「セイ=ナホロ=ピリカ殿」
小さな呟きだったはずだが、セイの耳には届いたのかアルベルトと視線が合った。にっこりとこちらに向かって微笑むと、ずんずん部屋の中に入ってくる。
リナの隣に立った彼女は部屋の全員を一瞥してから肩をすくめた。
「戦後200年。変わることなく国との間に契約を交わしてきたピリカではあるが、どうも我々の力を低評価する貴族が出てきていることは確かだ。それほどまでにこの国は平和であり、我々の努力は表に出ないからね」
セイはまっすぐに前を向いた。視線の先には未だに怒りが収まらないのか、肩で大きく息をしているシルフィーを見つめる。
「そんなに我々の力が必要ないというのであれば、ピリカの者たちは国との契約を破棄し、森に戻ることにする。あとのことは王侯貴族が何とかするのだろう?我々は悠々自適に森の中で生活することにするよ」
そう言って指を鳴らした瞬間、セイを中心に強く風が巻き起こった。突風に目をつぶってしまったが、瞼を開けた時にはセイとリナの姿はそこから消えていた。
すぐ隣にいた黒髪の魔女は唖然とした顔をしていたが、我に返ったようにはっとした表情をすると、周りを気にすることなく慌てて部屋を飛び出していった。
何が起こったのかわからない騎士たちは、どうするべきかわからずしばらく部屋の中は騒然となった。




