侮辱
聖女巡礼の出発を3日後に控えて、各騎士団から選出された護衛騎士と聖女の顔合わせが行われた。
各隊の隊長たちも出席する中、アルベルトも護衛役に選んだ部下達と一緒に出席していた。
巡礼には騎士だけでなく神殿から補佐役のロット以外に回復士の神官が2人同行する。神官たちの役割は護衛騎士が怪我をした時の治療が主と、それ以外に聖女の世話もすることになっている。
回復士以外にも魔術師団から魔術師が2人選ばれているのだが、まだ来ていないようで部屋に黒いローブ姿の人間は見当たらなかった。
静かに待っていると、やがて今回の巡礼に欠かすことのできない聖女が部屋へと入ってきた。
後ろに控えているロットは、少し前に廊下で会った時よりやつれているように見えた。
団長たちが座っている席の横に1つ空いた椅子があった。そこに静かに座ったシルフィーは部屋の中を見渡してからアルベルトに視線を向けてきた。
そこに感情と呼べるものを感じ取れなかったアルベルトは目礼するだけに留めた。この前の忠告が効いているのかもしれない。何か口出しをしてくる様子もなくすました態度で座っていた。
内心ほっとしていると、黒いローブに身を包んだ2人の女性が部屋に入ってきた。
「遅くなりました。魔術師団から派遣されました魔術師2名です」
黒髪の女性がそう言うと、後ろにいた茶髪の女性が静かに頷いた。頬にかかる髪の1房だけ赤みがかっていてとても珍しい。
「では、これより聖女巡礼に関わる者たちの顔合わせを行う」
第2騎士団長が立ち上がって部屋にいる全員を見渡した。
「巡礼は3日後だ。各隊から選ばれここへ来た騎士たちは聖女の護衛として正式決定した者たちだと思ってくれ。騎士同士は顔見知りだろうが、巡礼には神官と魔術師も同行する。お互いに面識を作っておくように」
神官や魔術師は人数が少ないが、騎士たちはそれなりの人数がいる。お互いの顔と名前を覚えておかなければ巡礼が始まった時に困るのは本人たちだ。
「巡礼は始めの半年間で各地方を回って、聖女による魔気の浄化を行う。その後は一度王都に戻ってくることになるが、要請に従って聖女が地方に派遣されることになる。その時の護衛も行う役目を持っていることを忘れないように」
今度は第3騎士団長のグレックが立ち上がって話をする。
最初の巡礼で黒騎士も同行することになっているが、その後王都に戻ってくるとその任を解かれる。要請があれば護衛につくことはあるが、基本的に黒騎士としての遠征の仕事をすることになる。
「それでは、3日後から始まる巡礼のルートの確認を行う。各自事前に各隊長から教えられて把握しているだろうが、ここで全員の認識を共有しておく」
回る順番はすでに決まっていた。王都を出るとまずは東に向かうことになっている。王都の東側の巡礼が終わると南へと向かいそこから西側へと移動することになっていた。北側は山脈に覆われているため巡礼の予定地には含まれていない。それでも山脈側に魔気が発見された場合は行くこともある。今回の巡礼ではその予定はない。
部屋の中央にある大きな机に広げられた地図でグレックがルートの確認をしていく。差し示す指の動きを全員が辿っていき、王都まで戻ってくると、巡礼に同行する騎士たちが頷いたり、隣同士で話し合ったりし始めた。
「最後に聖女様からお言葉を頂く」
グレックがそう言うと、ざわついていた部屋の中が一気に静かになった。
シルフィーは立ち上がって部屋の中を見渡してから、地図に視線を落とした。
「今回聖女として選ばれたわたくしは、浄化師としての力を認められて聖女になりました。ですが、同時に侯爵令嬢であることも忘れないでいただきたい」
同行者たちへの激励だと思っていたが、なんだか雲行きが怪しい内容にアルベルトは眉根を寄せた。彼女はいったい何を言っているのだろう。
「神殿の神官であるわたくしは貴族令嬢でもあるのです。そのことを理解したうえでわたくしへの接し方を考えてください」
「シルフィー」
後ろに控えていたロットが慌てて止めようとするが、構うことなくシルフィーは話を続けた。
部屋の中がわずかにざわつく。
「まず、騎士であろうと平民出身を護衛につけるのは控えていただきたいです」
その言葉に騎士たちがさらにざわついた。声を漏らした騎士たちはおそらく平民から騎士団に入った者たちなのだろう。アルベルトはちらりとミライヤ達を見たが、2人は態度を表すことなく聖女を見つめていた。
なぜ今になってこんなことを言い出したのだろう。疑問を口にすることなく視線だけを向ける。
「もう決まったことを今さら否定するような発言はやめなさい」
ロットのお叱りが飛んでくると、シルフィーは彼に向き直った。
「神殿側はわたくしに配慮して貴族出身の神官を揃えてくれたわ。だったら騎士団や魔術師団も同じように配慮してくれてもいいでしょう」
「君は神殿に所属しているから、聖女に選ばれたことで神殿としても配慮したに過ぎない。他の部署に口出ししていい権限はない」
「それでも侯爵家の人間です。そこは配慮の対象になってもいいはずよ」
身分で相手を見ているという噂がそのまま目の前で繰り広げられていることに、アルベルトは肩を落とした。
この前の廊下での忠告はすべて無駄だったようだ。あそこで言い返せなかったのは、アルベルトが公爵家の人間だったからだろう。今は貴族出身の者がいても侯爵家以上の人間がアルベルト以外にいないことを確認して発言できると考えた結果のようだ。
不意に視線を感じて顔を上げると、2人の団長がこちらをじっと見つめていた。その視線が何を言いたいのか察して、内心ため息をつくしかない。相手が身分を盾にしてきたのなら、それ以上の身分を後ろ盾に持つアルベルトが発言するのが一番いいと考えているのがわかった。
隣を見れば部下達からも呆れたような、諦めているような視線が向けられていた。
「まったく」
こんなところでややこしくなる発言をしないでほしい。
心の中でぼやきながら立ち上がった。
「聖女様」
言い合いを始めていた2人が同時にこちらに視線を向けた。
シルフィーは何か文句があるのかという視線だが、ロットは助けが来たという期待した視線だった。
なんでこんなことになっているのだろう。アルベルトは送り出す側だったので、巻き込まれていることにがっかりした気分になった。
「前にも言ったはずです。騎士団では聖女を護るにふさわしいと判断された騎士が選ばれています。それに対して聖女様自ら口出しすることは許されていません」
「ですが、わたくしは聖女であると同時に侯爵令嬢です。それ相応の対応を求めてもいいはずです」
前は引き下がったが、今回は譲るつもりがないのか、随分と強気に言ってきた。
「騎士には騎士の立場があります。それに関して口出しをしていい立場に聖女様はないはずです」
「だから、侯爵令嬢としての立場もあります」
「それは社交界での立場でしょう。今は聖女としての立場が最優先のはず」
これから巡礼に向かうのは聖女としてだ。侯爵令嬢という肩書など何の役にも立たない。そのことをどうも理解できていないようだ。だからこそ神殿でも身分で立場を見ようとする癖が治らないのだろう。
「べつに、私より上の爵位の人間を騎士にしてほしいと言っているのではないのですよ。せめて貴族出身で固めてほしいと言っているだけです」
それがどれほどおこがましいことなのか、なぜわからないのだろう。
「神殿は身分で立場を変えるようなところではないと聞いていましたが、違うようですね」
「そんなことは」
だんだん精神的に疲れてきてロットに話を振ってみた。神殿は平民も貴族も関係なく力を持っているものを神官として、身分で序列を作るようなことはしていない。それが一般的であり、ロットも反論しようとしたようだが、目の前に身分で序列をしている浄化師がいたため、言葉の先を言うことが出来なくなっていた。
悔しそうに俯く彼は助けにならなそうなので、再びアルベルトは口を開いた。
「我々騎士も、身分で相手を見下したりしません。どこの出身であろうと、ともに剣の腕を磨いていく仲間だと思っています」
この言葉には騎士たちが反応した。誰もが深く頷いて同意してくれる。実力がなければ隊長や団長になれる組織ではない。剣の腕と部下達をまとめ上げられる力がなくては上には立てない。
「そうやって相手を見定めようとしないから、変な令嬢の婚約者になどなってしまうのですね」
「は?」
さらに畳みかければシルフィーも大人しくなると思っていると、突然彼女は妙なことを口走った。
「ウォルスター卿の婚約者は伯爵令嬢だと聞きました。ですが、目が悪くてお屋敷からほとんど出られない引きこもりだとも聞いています」
突然何を言い出すのかと思えば、アルベルトの婚約者であるリリアの話になった。しかも、話し方から彼女を貶そうとしているのがわかった。
「その話は関係ない」
自分でも気が付かないうちに低い声が出てきた。明らかな怒りの混ざった言葉に、隣にいたミライヤが咄嗟に腕を掴んできた。
「隊長。今は駄目です」
小声でそう言われ我に返る。周りを見れば誰もが驚いたように目を見開いてこちらを見ていた。
シルフィーに視線を向ければ、彼女の顔も少し引きつっているようだった。
「そ、そこまで言うのなら、私に対しての接し方をしっかりと教え込んでいただければ騎士は選んだ者たちで構いません」
視線が泳ぎながらも許可を出してきた。もともと許可などいらないのだが、聖女の発言で騎士団の問題は解決できた。これで巡礼に行けると誰もが胸を撫で降ろすと、部屋の中で静かに事の成り行きを見ていた魔女たちがすっと立ち上がったことにすぐには気が付くことができなかった。




