顔合わせ
「聖女の護衛に選ばれるとは思っていませんでした」
廊下を歩きながら後ろにいたアクトの呟きにアルベルトは選んだ理由を打ち明けた。
「団長から女性騎士のミライヤをつけてほしいと言われていたんだ。あと1人も選ぶことになっていたが、今年の聖女は何というか、自我の強い人だからできるだけ落ち着いて対処できる相手がいいだろうと思ったんだ」
身分で相手を判断するため、態度が横柄なところがあると話を聞いていた。黒騎士は身分に関係なく剣の腕と魔法が使えるという条件で選ばれている。選んだ2人とも貴族ではない。聖女が見下してくる可能性が高かったので口数が少なく冷静な判断ができるアクトを採用することにした。他に貴族出身者はいるが、侯爵家以上はアルベルトくらいのものだ。
隊長であるアルベルトは魔物討伐に参加する予定なので護衛にはつけない。我が儘を言ってもうまくかわしてくれそうなアクトを信じて送り出すことにしたのだ。
「巡礼は最初の半年で回るべき場所に行く。それ以降は黒騎士は外されるから、半年間だけの辛抱だと思ってくれ」
黒騎士が護衛につくのは半年と決められている。それ以降は依頼内容に応じて護衛につく可能性はあるが、ほとんどが他の騎士団で動ける範囲になる。
「辛抱っていう言い方が何とも言えないですけど、頑張るしかないですよね」
聖女の噂はすでに黒騎士隊にも聞こえてきていた。我が儘な聖女の相手をしなければいけないのかと思うと、今から気が滅入るのだろう。ミライヤが肩をすくめてため息を零した。
隣を歩くアクトは無言だったが、思うところはきっとあるだろう。
「とりあえず顔合わせをしてから、いろいろ考えることもあるだろう」
そう言って到着した部屋にはすでに数人の騎士と第2、第3騎士団長が座っていた。第3騎士団長のグレックと目が合うと、彼は頷くだけだ。2人を促して空いていた椅子に座る。
「ここにいるメンバーが巡礼の護衛につく騎士ですよね」
隣に座ったミライヤが部屋の中を見渡しながら小声で聞いてきた。
「そうなるな」
「女性騎士が見当たりませんけど」
言われて部屋の中を見渡せば、女性騎士はミライヤ1人のようだ。他の騎士団から女性騎士を出すことはしなかったということになる。
女性騎士は騎士団の中でも数が圧倒的に少ない。そのうえ男性騎士と比べてしまうと力では負けることが多い。神殿の代表ともいえる聖女を護るうえで選ぶには頼りなく思われてしまったのかもしれない。そのため、女性でありながら黒騎士に選ばれているミライヤは他の騎士たちに負けない実力がある。護衛に女性を入れたいと思っていた騎士団としては願ってもない人選だったのだろう。
「騎士ではミライヤだけだろう。他は神殿側から聖女と、世話係に数人が選ばれてくるだけだろうな」
「そうなりそうですね」
騎士たちの顔を見て、護衛のメンバーを確認すると誰も口を開くことなく黙ってしまった。
「お待たせいたしました」
しばらく待っていると、白いローブを身にまとった男がゆっくりと部屋に入ってきて全体を見渡してから口を開いた。
「浄化師のロット=メルバーといいます。聖女の補佐役として巡礼に同行することになりました。よろしくお願いします」
軽く頭を下げると、座っていた騎士たちが一斉に立ち上がった。
「今年の聖女と、世話係として数名の神官の紹介をさせてください」
部屋をもう一度見渡してから口を開くと、部屋の入り口から同じ白いローブに身を包んだ3人の女性が入ってきた。
「真ん中のが聖女のシルフィー=エルラド侯爵令嬢だ」
ウォルスター公爵の弟として夜会やお茶会に参加することがあるアルベルトは話したことがなくても、貴族の顔と名前くらいは覚えている。黒騎士の2人も夜会に参加する機会はあるが、侯爵令嬢との面識はないはずだ。顔を知らない可能性を考えて伝えておいた。
「両側が世話役ですね」
「おそらく神殿で回復士をしている神官から選んだのだろうな」
全員同じローブを着ていることから神殿関係者であることは間違いない。
浄化師は聖女と補佐役以外巡礼に同行することはないので、浄化はできなくても怪我の治療などができる回復士を世話役に選んできたようだ。侯爵令嬢ならば、侯爵家から侍女を連れてくるのかと思っていたが、どうやら神殿ですべてを揃えたようだ。
「エルラド侯爵家のシルフィー=エルラドよ。聖女巡礼では、しっかり護衛を務めていただけると聞いているわ。よろしくお願いしますね」
随分と上からの物言いに、隣の2人に視線を向ければミライヤの頬が少し引きつっている。アクトは無表情ではあるが、目が不穏な光を宿しているのがわかった。
この先が少し心配になってくる。
「今日は巡礼で護衛をしていただく騎士様たちとの顔合わせです。巡礼のルートや、泊まる町や村の情報など打ち合わせも兼ねていますが、どうか気楽にお願いします」
不穏な空気が流れそうな予感にすかさずロットが口を開いた。彼もシルフィーには手を焼いているのかもしれない。
団長たちの隣に座るように促されて歩き出したシルフィーはすました顔で歩いていく。
「あれが2年間の聖女」
重みを感じる声でミライヤ呟く。冷静に対応してくれと内心で訴えるしかないアルベルトは、表情に出すことなく静かにシルフィーを目で追っていた。
すると歩いていた彼女がこちらに視線を向けた。アルベルトと目が合うと驚いたような顔をして立ち止まった。
「あら、ウォルスター卿ではありませんか」
先ほどまでのすました態度はどこに行ったのか、急に顔を明るくして方向転換するとこちらに近づいてきた。
「もしかして、わたくしの護衛についてくださるのですか。ウォルスター卿が一緒だなんて嬉しいわ」
少女のように声を弾ませてくる。
噂に聞いていた身分で態度を変えるというのを今目の前で見せられている。あまりの態度の変わりぶりに戸惑いを覚えるしかない。
「エルラド嬢。申し訳ありませんが、私はあなたの護衛にはつきません」
「え?」
「護衛役の黒騎士の紹介をするためにここに来ているだけです」
「わたくしの護衛役はお嫌ですか?」
アルベルトが護衛ではないことを知ると、不満そうな顔をする。
「申し訳ありませんが、魔物討伐に参加することになっていますので、巡礼にはつくことができません」
はっきりと断っておかないと、後々面倒が起きそうな気がした。ここは上の立場である公爵家を全面に出しておくことにした。
すると、シルフィーは少し考える素振りを見せてから、とんでもないことを言い出した。
「それなら討伐後に合流してくださればいいのよ」
「は?」
驚いて団長に視線を向けるとグレックだけではなく隣にいる第2騎士団長も驚いた顔をして2人同時に首を横に振った。
良いわけがないと無言で訴えてくる意思に合わせてアルベルトも否定する。
「黒騎士隊長としての仕事もありますので、巡礼は部下達が同行します。黒騎士は半年間の護衛ですが、その間は聖女の身を護ります」
拒絶の意思を示すと再び不満そうな顔をされる。それでもアルベルトが護衛役をすることはない。
「ウォルスター卿が一緒なら、巡礼も安心して行えると思ったのですが残念です」
その言い方では、他の護衛役につく騎士たちでは頼りないと言っていることになる。数人が眉間に皺を寄せたのがわかった。
聖女の安全を考えて腕の立つ騎士たちを揃えているはずの騎士団長たちにも失礼な発言をしていることに彼女は気が付いていないのだろう。
団長たちを伺えば、グレックは首を横に振って何も言うなと合図を送ってくる。隣の第2騎士団長は無表情でじっとこちらを見ているだけだった。
2人の無言の圧力にアルベルトは何も言わないことを選択した。
黙ってしまったアルベルトに興味をなくしたのか、シルフィーはロットに促されて団長たちへと足を向けた。
「波乱の巡礼になりそう」
「嫌な予感しかしません」
シルフィーが背中を向けたことで、ミライヤとアクトが本音をぽつりと漏らした。同感だと思ってしまったアルベルトは、残り僅かな準備期間を経て無事に聖女たちを送り出せることを願うしかなかった。




