夜会の報告
「お招きありがとうございます」
「気にしないで、今回は旦那様1人で領地に行ったから、いつも1人で退屈していたのよ」
メリーナ=ウォルスター公爵夫人からお茶の誘いを受けて、リリアは公爵邸を訪れていた。
「お菓子まで持ってきてもらったし、一緒に食べましょう」
手ぶらで行くこともできないので、リリアは自分で作ったお菓子を持参するようにしていた。
「今日はこの前の夜会のことを聞きたかったのよね」
なんとなく想像はしていたが、やはり夏の夜会がどうであったのか行くように勧めた人間としては気になっていたようだ。
アルベルトから話を聞いていると思っていたが、どうやら彼は何も話していないようだ。
少し考えてからリリアは口を開いた。
「初めての夏の夜会で緊張しましたけど、王太子殿下と妃殿下への挨拶も無事にできたと思っています」
はっきりと見えないため、相手の反応は雰囲気で感じ取るしかないが、不愉快な思いをさせたとは思っていない。アルベルトも特に挨拶のことを何も言わなかったから無難に終われたのだろう。
「アルベルト様の部下の黒騎士様にもお会いできました」
会話をしたのは2人だけだが、他の黒騎士たちもリリアに対して友好的に感じられた。
「それで、ダンスはできたの?」
「それは・・・」
黒騎士の初対面と王太子殿下への挨拶を終えると、ダンスが始まるまで中庭で休憩していた。その時にアルベルトの幼馴染のミリアに出くわしドレスにワインをかけられてしまったことを思い出す。
汚れたドレスで会場に戻ることもできず、結局アルベルトに抱えられてその日の夜会は終了となった。
「私の不注意でドレスを汚してしまって、ダンスには参加できなくなってしまいました」
ワインを故意にかけられたことは伏せておくことにした。アルベルトはかけられた事実は知っていても、ミリアがやったことだとは未だに伝えていない。
帰りの馬車でも問われたが、何とかはぐらかして犯人を言わないようにしていた。
幼馴染が犯人だとわかれば彼も複雑な気持ちになるだろう。リリア自身もその時はまだ戸惑いが多かったし、他の目撃者がいたわけでもないので、口をつぐむことを選んでいた。
屋敷に戻った後、汚れたドレスを見た家族や使用人が慌てていたが、そこでもリリアは不注意でドレスを汚したのだと言い張った。おそらく家族はリリアが色々隠していることをわかったうえで敢えて何も言わずにいてくれている。
「まぁ、ドレスを汚したの?アルベルトは何をしていたのかしら」
少し怒ったような言い方だ。
「ちょうど1人の時だったので、アルベルト様は悪くありません」
「それは駄目よ」
アルベルトに会ったら叱りそうな気がして、彼は悪くないのだと主張したつもりだったが、メリーナはきっぱり否定した。
「リリアちゃんの事情を知っていて離れたのなら、その間に起こったこともアルベルトの責任になるわ。側を離れてはいけないのよ」
目が不自由なため、知らない場所や人の多いところではリリアは動けなくなる。夜会に参加することになって、アルベルトは決してリリアから離れてはいけなかった。離れる時は信頼できる人間をリリアの側に置く必要があったのだと、メリーナは主張した。
「というわけで、ちゃんと何があったのか話しなさい」
「え?」
「とぼけても駄目よ。目が不自由な分気を遣っているはずのリリアちゃんがドレスを汚すなんておかしいわ。アルベルトには何も言わなかったのでしょうけど、私にはちゃんと話してちょうだい」
バサッと大きな音がしたが、メリーナが持っている扇が開かれたのだろう。彼女の顔がある辺りに青紫が広がる。それがこちらに向けられて白状しろと言うように動いていた。
それを見ているとこの人は隠そうとしても暴いてしまう人なのだと直感が働いた。
公爵夫人としては良いことだが、義理の姉になるといろいろと秘密を知られてしまう可能性が大きい。
魔力でメリーナが視えていることは気づかれてはいないようだが、相変わらずはっきりと視える公爵夫人に視線をずらして対応している。目の秘密は何とかなっているが、夜会のことは隠し通せそうになかった。
「それが・・・」
俯きながら夜会でのことを思い出す。迷いはまだあったものの覚悟を決めるとドレスを汚された時のことをゆっくりと話し始めた。話しているとその時に感じた悔しさが胸の中に渦巻いていくのがわかった。
「せっかく用意していただいたドレスを汚すことになって、申し訳ありません」
全部話し終えて最後に謝る。
メリーナが提案してくれなければ夏の夜会に参加することはなかった。綺麗なドレスを母と一緒に選んでくれたのだろう。そのドレスを汚されたということは、メリーナのドレス選びの時間も汚されたような気がしてしまった。
「ルナソル嬢はアルベルトの幼馴染だから、何度か公爵家にも来たことがあるわ。私との面識もあるけれど、そこまでリリアちゃんに敵意を向けているとは思わなかったわ。彼女には婚約者がいたはずなのに」
話を聞き終えたメリーナはため息をついた。
ミリア=ルナソルにはカイル=キックスという侯爵家の婚約者がいる。
アルベルトの婚約者ということに対して嫉妬しているようにも思えるが、それよりもリリアの目が不自由であることを理由に見下しているように思えた。
「ねぇリリアちゃん。もう少しアルベルトのことを信用して頼ってもいいのよ」
色々と考えていると、メリーナが少し困ったような顔をして口を開いた。
「困らせたくないという気持ちもわからなくはないわ。でもね、そうやって口をつぐんでしまうと、頼ってもらえないことにアルベルトが傷つくこともあるのよ」
「アルベルト様を、傷つけている?」
「そうよ。婚約者なんですから、もっと彼のことを信頼しなきゃ」
そう言われるとリリアには反論する言葉がなかった。隠すことでアルベルトとミリアの間に確執が生まれるのを避けられると思ったが、代わりにリリアとの間に距離ができてしまう。もっと信用して彼に寄り添うべきだったのだ。
「・・・次にお会いする時に話してみます」
「それがいいわ」
距離ができるのは嫌だと思う。せっかくリリアの力を知ったうえで受け入れてくれた彼を遠くに感じてしまうと悲しくなる。
「もっとアルベルト様を信じるべきでした」
「打ち明けてくれた方がアルベルトもきっと喜ぶわ」
メリーナの声が弾む。
どんな結果になるかわからないが、このまま何も言わずにいるとアルベルトとの間に確実な溝ができるだろう。リリア自身のことでまだ話せていないこともある。できることなら隠し事を減らすべきなのだ。
メリーナと話をすることでそのことに気づけた。
「メリーナお義姉様、ありがとうございます」
「いいのよ。2人が仲睦まじくいてくれれば、私はそれで満足よ」
「な、仲睦まじく、ですか」
気恥ずかしさを感じて頬を赤らめると夫人の楽しそうな声が響いた。
「リリアちゃんと婚約してから、アルベルトの雰囲気が変わったと旦那様とも話していたのよ」
縁談をすべて断って、近づいてくる女性をあしらってきたアルベルトだったが、リリアと婚約してから雰囲気が柔らかくなったという。婚約する前の彼を知らないリリアにはぴんとこない。
「アルベルト様は最初から優しかったですけど」
初めて会ったときも困っていたリリアを助けてくれた。再会したときもリリアを突き放すような態度は感じなかった。
「それはリリアちゃんだからよ」
そう言われてしまうと、首を捻るしかできなかった。
メリーナの機嫌は終始良いまま、その日のお茶会は終了となるのだった。




