魔術師団の浄化師
クリステッドが知る情報はとても少なく、公爵邸にアルベルトが運ばれたことと、丸1日眠っていたということくらいだった。
アルベルトは遠征での魔物討伐と、ドラゴンとの遭遇、その後ドラゴンに噛みつかれて腕を通して魔気が体に入ったことを簡単に説明しておいた。それ以上のことは記憶があいまいではっきりとした説明ができなかったためやめておいた。
意識がなかった時のことは部下達の方がはっきりとわかるはずだ。
再び休むように言い渡されたアルベルトは、大人しく自室に戻ってベッドに腰掛けていた。
目を覚まさない彼のことを兄だけでなく義姉や使用人たちも相当心配してくれていたようだ。
怪我が治っているから大丈夫だと主張して城へ行こうとすれば、余計な心配をさせてしまうことは明らかだったので、今日は大人しくすることに決めた。
特にすることもなかったため、のんびり窓の外を眺めていると、扉をノックする音が聞こえた。
使用人が様子を見に来たのだろうと何気なく返事をしたが、次の瞬間勢いよく開かれた扉に驚くと当時に先ほどの再現なのかと思ってしまった。身構えてしまうアルベルトをよそに見慣れた黒騎士の制服が視界に飛び込んできた。
「隊長!」
ミライヤの心配した声が飛んでくると、後から落ち着いた動きでアクトが部屋に入ってきた。
兄が部下達に連絡をしてくれたようで、2人はすぐに駆け付けてくれたようだ。
「2人ともよくきたな」
落ち着いた声で話しかけると、突然ミライヤが迫ってきて肩を強く掴んできた。
「ずっと目を覚ましてくれなかったから、心配していたんですよ」
「そ、そうか」
あまりの勢いにたじろぐしかない。後ろからゆっくりアクトが近づいてきてミライヤを引きはがしてくれる。
「隊長は無事だ。自分の目で確かめたんだから、少し落ち着け」
「アクトはもう少し喜びを表現しなさいよ」
「隊長を見てほっとしているさ」
「安心した表情とかできないの」
あまり感情を顔に出さないアクトに対し、ミライヤは表情豊かに反論している。そんな2人を見ているといつもの黒騎士隊だと思えてほっとしてしまった。
「2人とも、来てくれてすまないが、状況が全くわからないんだ。俺が倒れてからのことを話してくれないか」
そう言って椅子に座るように促した。
普段は寝に戻ってくるだけのウォルスター家の自室なので、ベッドに小さな机と椅子が1つ置かれているだけの部屋だ。2人来てしまったので座れるのは1人だけになってしまう。アルベルトはベッドに腰掛けていると、アクトが椅子を近くまで持ってきてくれてミライヤに座るように促した。
「どこまでのことを覚えていますか?」
大人しくミライヤが座ると、アクトが口を開く。
アルベルトがどこまで記憶を持っているのか確認のための質問だ。
ドラゴンに噛みつかれて、頭が1つになった赤いドラゴンが去っていったところまで覚えている。それ以降の記憶が曖昧だ。
「途中、ミライヤが何か叫んでいたような気はするんだが、よく覚えてない」
「・・・そこは思い出さなくていいです」
ガタガタと揺れる感覚と、ミライヤの声を聴いた気がしているが、思い出そうとすると彼女が軽く手を上げて制してきた。何か恥ずかしいことでも言っていたのだろうか。
「それはおそらく浄化師が上手く浄化できなかった時に、ミライヤが怒っていた場面だと思います」
「余計なこと言わないでよ」
なかったことにしたかったようだが、アクトはその場にいたようでその時のことを報告してくれる。
これ以上掘り下げない方が良さそうだと判断して、アルベルトは気になることを聞いてみた。
「浄化師が浄化をしたのか?」
「はい。隊長に噛みついたドラゴンは魔気に侵食されていたらしく。噛みつかれたところから魔気が体内に侵入したようです」
黒い頭のドラゴンはアルベルトが首を倒したが、魔物化していたようで形を残すことなく消えた。そのことは記憶にある。
自分が倒れたのは魔気が体内に侵入したことによるものだったらしい。それもなんとなく理解できていた。
「すぐに浄化師が浄化をしてくれたのですが、身体の奥にまで入り込んでいたらしく、表面的な浄化はできても、奥まできれいに浄化できずに苦戦していました」
誰もがすぐに回復すると思っていたが、魔気が体内に残ったアルベルトは回復することもなくずっと苦しんでいた。
「魔術師フィルが、すぐに新しい浄化師の調達をするため王都にいる魔術師団長に連絡を取ってくれました。新しい浄化師と合流するため、隊長は荷馬車に乗せて私とミライヤ、浄化師とフィルの5人だけで移動することになりました」
移動中も浄化をし続けていたそうだが、アルベルトの体調が回復することはなかった。
アクトとミライヤが同乗したのは、アルベルトを運ぶためではない。
魔気が体内に広がってしまえば、そのまま命を落とすこともあるが、人間も魔物化する可能性がある。そうなった時対処するために2人がいたのだろう。決して口にしなかったが、自分が魔物化したときに剣を向けなければならない部下の心情は計り知れなかっただろう。
「途中、馬の交換をする以外は休むことなく走ったので、2日ほどで合流地の街に入れました。そこで魔術師団長が用意した浄化師と合流できました」
苦戦していた浄化師は力を使い果たして倒れてしまうと、浄化ができない状態でアルベルトが放置されることになった。そこへ新しい浄化師が現れてすぐに浄化が行われた。
「ローブにフードを深く被っていて顔が見えませんでした。ちょっと怪しいなって思ったんですけど、部屋から追い出されてしまったので、詳しい状況はわかりません」
ミライヤがその時のことを思い出して、新しい浄化師のことを口にした。
浄化は予想以上に早く終わり、体内に潜んでいた魔気がすべて消された。
アルベルトにはもう1つだけぼんやりとした記憶がある。
すぐそばにローブを纏った人間がいた。室内なのにフードを被ってよくわからなかったが、フードの隙間から覗いた顔は無表情の白い仮面に覆われていて、それに驚くこともなく見つめると、相手と視線があったような気がした。はっきりとわかったわけではない。なんとなくそんな気がしただけだ。
不思議と危険人物だとは思わなかった。どこか懐かしいような穏やかな気持ちになっていたことを覚えている。それが浄化の力のせいだったのかもしれない。
「浄化が終わると、魔術師団長はすぐに浄化師と一緒に帰ってしまったので、詳しいことを聞けずに終わってしまいましたが、到着したときに魔術師団の特別な浄化師だと言っていました」
「魔術師団に浄化師が所属していたのか?」
そんな話は聞いたことがなかった。浄化師と言えば神殿に所属するのがほとんどだ。
浄化師は治療の魔法が使える回復士の中でも、さらに力の強い者たちで魔気の浄化をすることができる浄化師がいる。ほとんどの者が神殿に所属し神官の地位についている。浄化師たちは聖魔法師とも呼ばれる存在だ。逆に回復以外の魔法を使いこなせるのが魔術師で、黒魔法師とも呼ばれている。
「後になって副師団長から話を聞いたのですが、連絡をもらった師団長は神殿に新しい浄化師の派遣を要請するととても時間がかかってしまうため、自分達が抱えている浄化師を連れて行くことにしたそうです」
フィルによると、浄化師の派遣要請にはいろいろな過程を通らないといけなかったという、派遣してくれと言ってすぐに用意されるほど浄化師の数も少ないが、一刻を争う時にすぐに派遣してもらえなければ意味がない。
「切り札のような存在なので、できるだけ外に情報は出さないようにとも言っていました」
魔術師団に浄化師がいると聞けば、神殿が黙っていない可能性がある。
「だが、一緒にいた浄化師がいるだろう。彼が神殿に報告すれば存在がばれると思うが」
「そこは副師団長が上手くやると言っていました」
どんな手を使うつもりなのかわからないが、浄化師なのに浄化が成功しなかったことを脅して口外しないようにしているような気がした。アルベルトならそう考える。
「今後も同じようなことが起こった場合、すぐに対処してくれる存在は貴重になる。今回のことは他の黒騎士にも口外はしない方がいいだろう。そうしないと、今度は我々が魔術師団に記憶でも消される可能性があるからな」
魔術師団が囲っている浄化師ならば、その存在を隠すために記憶操作くらいしてきそうだ。今回は副師団長と師団長も絡んでいる。下手なことはしたくない。
アクトとミライヤも想像がついたようで承知しているという風に静かに頷いた。




