遠征先では
「倉庫の襲撃後、レッドウルフの姿を見た物はいませんが、すでに数日が経っているため、再び食料を求めて現れる可能性があります」
レッドウルフに襲われた村に到着したアルベルトは、襲撃された倉庫を確認し、その日のうちに第3騎士団長と打ち合わせを行っていた。
村に泊まれるような建物がないため、村の外にそれぞれテントを張っての野営という形を取っている。
その中でも騎士団長が寝泊まりするテントは、会議をする場所としても利用されるため一段と大きなテントになっていた。そのテントの中に各隊の隊長2名と騎士団長、黒騎士隊の隊長であるアルベルト、それに魔術師団から派遣された魔術師が1人集まり、今はレッドウルフに関する確認をしているところだった。
「他の村まで距離があるから、ウルフが別の場所を探している可能性は低いだろう」
「そうなると、再びこの村を襲撃することを考えたほうがいいですね」
「村周辺は草原になっていますから、敵が身を隠すことはできません。現れればすぐに気が付けるでしょう」
団長の判断に隊長2人が同調するように話が進んでいく。その間アルベルトが口を挟むことはない。
黒騎士は戦闘が始まった時に、最前線で戦う役目を担っている。そのため各隊の配置が決まらないと、黒騎士隊の配置も決められないのだ。同じように魔術師も黙ったままだ。黒いローブに身を包んだ彼は黒の髪と瞳をした魔術師団の副師団長フィル=ロードだ。黒縁の眼鏡をかけ、全体的に黒いため白い肌が余計に際立っている。
視線が一瞬重なったが、彼は目礼するだけで決して口を開こうとしなかった。
「各隊に村の周辺を囲うように警備を強化するのが妥当だな」
2つの隊が村の入り口とその反対側を護るような形を取ることが決まった。レッドウルフが襲撃してくるのは、必ず入り口からとは限らない。そのため出入りができない場所の強化も必要になる。
「我々は村の中心にいたほうがよさそうですね」
初めてアルベルトが口を開くと、隊長2人が微妙な顔をした。
「黒騎士も二手に分けたらよいのでは?」
「黒騎士隊は他の隊よりもはるかに人数が少ないので、これ以上分けると戦力が一気に落ちます」
村に来た黒騎士は6名。それを半分にしてしまうと3名ずつになってしまう。敵が現れた時に最前線で叩くには戦力が落ちてしまう。
「黒騎士は1人でも腕が立つ者たちばかりだろう、3人でも十分戦力になると思うが」
「それは黒騎士だけに負担が大きくなりすぎます」
分散してでも自分たちの隊に黒騎士を置きたいと思っていた隊長に対し、団長がため息をついた。
「お前たちも騎士隊の騎士だろう。黒騎士に頼らずとも自分たちの力で動くことも考えろ」
団長の言葉に隊長2人が顔を見合わせて黙ってしまった。アルベルトは団長に視線を向け、目が合うと目礼をした。
第3騎士団長グレック=セルシードはもうすぐ50歳を迎えようとしているが、今も現役で働く化け物じみた体力の持ち主だ。そのため未だに第3騎士団の団長を任せられている。リリアの父であるオルファ=フラクトルもままだまだ現役の団長が務まりそうな体力を持っていたが、彼は爵位を継ぐために団長の座を退いた。グレックは貴族出身ではあるが、男爵家の三男ということで、爵位を継ぐこともなく今も騎士団長をしている。
「黒騎士は各隊に2名だけ配置するが最前にいる必要はない。残り2名は村の中央で待機だ。ロード副師団長も待機してほしい。敵が現れた時にすぐに駆け付けられるようにしておいてくれ」
完全な分離を避けるように判断したようだ。それでも人数が減ってしまうため戦闘力も落ちる。そこは各騎士隊に期待するしかない。
「わかりました。すぐに編成します」
アルベルトが返事をすると、フィルも静かに頷いた。そのままテントを出て黒騎士隊のテントへと向かう。
小さなテントが3つ用意されていて、そのうちの1つのテントの口が開かれていた。外に2人の黒騎士がいる。声をかけて中を覗くと、残りの3人がテントの中で座っていた。小さなテントのため、5人が一緒に入るには狭すぎたため、2人が外でアルベルトを待ち3人が休憩をするようにしていたようだ。
「話がまとまりましたか?」
テントの中にいた黒騎士隊紅一点のミライヤがアルベルトの顔を見るなり尋てくる。
無言でテントに入ると、3人が場所を譲るように間を詰めて座り直した。
「村の入り口と、裏側に各隊が配備されることになった。我々は2名ずつ騎士隊に混ざって待機だ。残りの2名は魔術師のロード副師団長と一緒に村の中央で待機。敵が現れた時に、すぐに敵側に駆け付けられるようにしておくことになった」
「黒騎士4名にレッドウルフ3頭ですか。戦えないことはないですね」
指示を聞いた1人リュック=フォルトがしきりに頷いている。まだ20歳という年齢でありながら剣の腕を見込まれて黒騎士に配属された黒騎士隊最年少だ。
レッドウルフ1頭に対して黒騎士は1人でも戦えるほどの実力はある。あまり黒騎士ばかりを頼りにされるのも困るため、さっきは分散させることを渋ったが、実際は3名いれば戦うことは可能ではあった。
団長も騎士隊の弱腰を気にしていたのだろう。アルベルトを擁護してくれた。
「レッドウルフは基本夜行性だ。狙いに来るなら夜だろう。各自今のうちに順次休んでおけ」
『了解』
入り口で話を聞いていた黒騎士も揃っての返事をすると、すぐに各々のテントへと戻っていった。
残ったのはアルベルトとミライヤだけ。
ミライヤは女性騎士ではあるが、1人でテントを使うことはない。他の黒騎士と同じ部屋やテントで雑魚寝が当たり前なのだ。今回はアルベルトと一緒のテントになった。
「ところで隊長」
先に休むことになったミライヤが毛布を取り出して体に巻き付けるようにして横になる。
「なんだ?」
剣の確認をしておこうと、座り込んで鞘から剣を引き抜きながら返事をすると、ミライヤが遠慮せずに尋ねてきた。
「婚約者さんとはその後どうなってます?」
引き抜いていた剣を静かに鞘に戻すと、寝転がっているミライヤを見た。
彼女は目を閉じたまま話を聞こうとしているようだった。
「なぜ今ここで聞いてくる」
「忙しくて聞く暇がなかったので、今がチャンスかと思いました」
「聞く必要があるのか?」
リリアとは一度街に出かけたきりになってしまった。もう少し時間が取れれば出かけられなくても顔を合わせるくらいはしておきたかった。
遠征となれば1か月、2か月王都を離れることが普通のアルベルトでは、なかなか上手くいかないことの方が多い。ミライヤもそのことはわかっているはずだ。心配してなのか、好奇心なのかわからないがリリアのことが気になっているようだ。
「隊長はわかっていませんね」
毛布にくるまれたまま、目を開けたミライヤが半身を起こしてこちらを見てきた。
「婚約者どころか、女性に興味を示さなかった隊長が突然婚約したと知らされたら、誰だって気になるに決まっています。しかも、あの時の夜会で出会った美人さんですよ」
どうやら好奇心の方が大きかった。
黒騎士の数人は、リリアと出会った夜会で彼女と一緒にいるところを目撃している。
困っていたのを助けただけだったのだが、その後の色々でリリアと再会し婚約する流れになった。
婚約したことは一応報告してあったが、どこで情報を掴んだのか、相手がリリアであることも黒騎士たちはすぐに把握していた。情報の出処はおそらく兄だろうとは思っている。誰かが兄と通じていて黒騎士内でのアルベルトのことを教えている代わりに、プライベートな情報を受け取っているのだろう。節度を護っての情報交換なら、特に口出しするつもりはないが、あまりズケズケと入ってくるようなら対応を考えなくてはいけない。
遠征でしばらく会えなくなることを報告したとき、アクセサリーを預かった。服越しに胸の辺りを
触れば硬い感触がある。受け取ったペンダントはいつも首から下げていた。
特に何か効果を持った特別な物のようには感じられなかったので、気持ちとしてのお守りなのだろう。
いつも側にいるという意思表示ならば嬉しいのだが、リリアにそこまでの考えがあったとは思えない。そう考えると少し落胆している自分がいる。
「で、どうなんですか?」
考え事をしているとミライヤがさらに聞いてきた。その声を無視するように鞘から剣を引き抜くと手入れを始めた。
「今は任務が先だ」
「・・・了解」
少し不満そうな声が聞こえてきたが、再び横になる音を聞く。
手を動かしながらも、王都に残してきたリリアのことを思い出していた。
別れ際に頬へのキスは、距離を間違っての触れ合いだった。頬を赤らめて恥ずかしそうにしている彼女の印象が強くアルベルトの中に残っている。
遠征を伝えに行ったときは距離を間違えなかったので、今度会えた時はもう距離感を間違えないキスになるのだろうか。どこか期待している自分がいることを自覚しながら黙々と作業をしていくのだった。




