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目の不自由な令嬢は仮面の聖女となる  作者: ハナショウブ
2人でお出かけ
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初デート

5日後。

今日は約束のアルベルトと街に出かける日だ。

屋敷を訪れた翌日に彼から連絡があって、休みが取れたということで今日一緒に出掛けることになった。

リリアが出かけるためメイドのエルが朝から来ていく服を選んだり、髪形をどうするか相談したりと、いつもと違う雰囲気に、なんだか落ち着かないふわふわとした気分になっていく。

「今日はかわいらしい印象が良いですね」

「見た目はわからないから、エルに任せるわ」

鏡の前に座らされたが、リリア自身は見えないのでどんな髪形がいいのかさっぱりわからない。ここはエルを全面的に信じて任せるに限る。

エルの手で髪が結われていく感覚から、今日の髪は全体的に下ろされているが一部分を結い上げてまとめた形を取っているようだった。

「編み込むのもいいですが、それは次回にいたしましょう」

安易に次のお出かけを示唆しているが、それがあるかどうかリリアにはわからなかったので苦笑するしかない。

化粧もしてもらい準備が整うと、エルに連れられて部屋を出た。

連れてこられたのは客間で、中に入ると父の声が聞こえてきた。

「準備ができたようだな。それじゃアルベルト君、娘をよろしく頼む」

「もちろんです」

その声で、父と一緒にいるのがアルベルトだとわかった。

「もう来ていたんですか」

「少し前にね」

まだアルベルトが到着していないと思いのんびり準備をしていたが、いつの間にか屋敷に来ていたようだ。待っている間を父が繋いでくれていたが、申し訳ない気持ちになる。

「来ていたのなら、もう少し急いで準備をしたのに」

「女性は時間がかかるのだから、慌てる必要はない」

実際リリアが慌ててもできることは限られている。急いで支度をするのは手伝ってくれているエルなのだ。

「それじゃ、行こうか」

リリアが手を伸ばすと、そっとアルベルトの手が触れた。

それだけなのにドキドキするのを感じていると、彼が腕にリリアの手を添えてくれる。

「行ってらっしゃいませ」

使用人たちの声が聞こえるが、いつもより声の質が高いように感じられた。

「いってきます」

返事をして屋敷を出ると、馬車に乗りこむ。

「街の中心までは馬車で行こう。行きたい場所があれば途中で降りることもできるから」

賑わいのある中心地に向かうことになった。行きたい場所を聞かれたが、ほとんど街に行かないリリアにはどこにどんな店があるのかさえわからない。

「アルベルト様にお任せします」

そう言うのが精いっぱいだった。顔は見えないが、きっと彼を困らせているだろう。それでもアルベルトは目の悪いリリアのことを理解してくれていた。

「女性の行きたい場所は義姉上に聞いておいたんだが、俺も行ったことがない場所ばかりで、今日は一緒に初めての場所に行くことになるな」

「アルベルト様も行ったことがない場所なんですか?それは楽しみですね」

彼の兄である公爵の妻から女性向けの場所を聞き出していたらしい。危険な場所を教えるとは思えないし、互いに初めて行く場所だとしても、彼と一緒なら心配することもないだろう。

馬車の中でここ数日の出来事をお互いに話していると、街の中心にはすぐに到着した。

「ここからは歩くことになる。俺の腕を離さないように」

「はい」

アルベルトの手を借りて馬車を降りると、そのまま腕を組んで歩き出す。

「最初はどこへ?」

人々で賑わいが熱と音を伴って一気に押し寄せてくる。少しだけ不安を覚えながらアルベルトの腕に縋るように力を込めると、彼の優しい声が隣から聞こえてきた。

「義姉上に勧められた店だが、それは到着してからの楽しみにしてくれ」

どうやらこれから行く店は教えてもらえないようだ。どんなところへ連れて行ってくれるのかリリアはただついて行くしかない。

「ここだな」

目的の店はすぐに到着した。店先を眺めてもぼんやりとした視界では、何の店なのかさっぱりわからない。

首を傾げつつ促されて店に入ると、途端に鼻をさわやかな匂いが掠めていった。

「柑橘系の匂いがします」

第1歩でそれを感じると、さらに歩けば今度は花の甘い香りがする。別の方向を向いた瞬間、新緑のような香りも感じて、不思議な場所に来たなと戸惑ってしまった。

「ここは何のお店でしょうか?」

動くたびに違う香りが鼻をくすぐっていく。

「香料を取り扱う店だ」

だからいろいろな香りが店の中を漂っていたのだ。だが、なぜアルベルトがここへ連れてきたのかがわからない。

「どうしてここへ?」

「リリア嬢は目が不自由でも、嗅覚は問題ないだろう。見て楽しむものより、他の感覚で思い出になるものを買ってはどうかと姉に勧められたんだ」

香料なら匂いを楽しむことができる。これなら目が悪いリリアでも楽しめるだろうという配慮でこの店を選んでくれたのだ。

「ありがとうございます」

その気遣いだけで、今日一緒に来られてよかったと思ってしまうリリアだったが、アルベルトはそれでは終わらせない。

「好きな香りはあるかな?」

そう問われて首を巡らせる。振り返った方向から別の香りがしてきて、どの香りもきつくなく落ち着いた感覚を持たせてくれた。

「どれも素敵な香りですね」

「気に入った物があれば言ってくれ」

アルベルトが歩くと、リリアも一緒に歩みを進める。歩くたびに香ってくる匂いに意識を集中する。

「女性なら、花の香りが一番いいだろうか?」

「そうですね。私も好きですけど、フルーツの香りなんかもいいと思います。特にイチゴのような甘酸っぱいのが好きです」

フルーツの香りは基本甘い香りが多い。その中で酸味のある甘酸っぱいイチゴの香りをリリアは好ましく思っていた。花の香りもいいのだが、多くの女性が同じような香りを纏うと、逆に匂いがきつくなってその場にいたいと思えなくなってしまう。目が不自由な分嗅覚で周りを察知しようとすることもあるため、香りというのはリリアにとって重要なものでもあった。

「イチゴか・・・この店にも置いているだろうか?」

「無理に探さなくても大丈夫ですよ。他の香りも試してみたいですし」

そう言って足を止めると、そこはすっきりとしたミント系の香りがする場所だった。

さわやかな香りに、心まですっきりとするような気分になる。

「こういう香りもたまにはいいですね」

屋敷に引きこもりがちのリリアは、屋敷内で飾られている花の香りを楽しむことはあっても、ミントのようなハーブの香りと関わることがあまりない。料理で出されることもあるが、ここまではっきりとしたすっきりした香りは初めてだろう。

「こういう香りは女性より男性の方が合いそうな気もしますね」

「あいにく香料はよくわからないな。夜会などで身に着ける者もいるが、俺は基本騎士として参加するから、香料を付けたことがない」

男性用の香水もあるが、それは貴族が嗜むもので、庶民には関係ない。アルベルトも貴族ではあるが、彼は騎士として護衛の任を受けての参加がほとんどのため、香料を身に着ける習慣がないようだった。

「義姉上に聞いて連れてきたは良いが、何の役にも立たないな」

反省するような声に、おかしくなってクスクスと笑ってしまった。

「そんなことないですよ。アルベルト様の好きな香りも見つけてはいかがですか?婚約者の好きな香りを身に着けるというのもいいと思いますよ」

アルベルトが気に入った香りをリリアが身に着ける。これは婚約者の特権だと思う。いいことを思いついたかもと思っていると、隣のアルベルトが体を揺らしたのがわかった。

「言っている意味をわかっているのだろうか・・・わかってないよな」

「何か言いました?」

「なんでもない」

リリアが首を傾げていると、不意に声をかけられた。

「当店の店長を務めておりますロック=ビナーです。アルベルト=ウォルスター様でいらっしゃいますね。ウォルスター公爵夫人から伺っております」

男性の声に振り返ると、店長だという男が立っていた。白黒の服に、髪も黒いようで、全体的に黒い人だという印象だ。

「婚約者様への贈り物に当店の香料をお探しだと」

「ああ、彼女に似合いそうな香りを探している。できれば香水のように身に着けるのではなく、香油のようなアロマに使うものを頼みたい」

アルベルトからアロマという言葉が出てきたことに正直驚いてしまった。さっき香料のことはわからないと言っていたのに。

「義姉上から少し香料の話を聞かされたが、やはり専門の人間に選んでもらった方が助かる」

どうやらウォルスター公爵夫人から少しだけ知識を教わっていたようだ。

「かしこまりました。では、奥の個室でゆっくり選べるように準備をしておきましたので、どうぞこちらへ」

店長に促されアルベルトが歩き出す。腕を組んでいるためリリアも一緒に歩き出そうとして、店長に声をかけた。

「あの、できれば今回はバラの香りを中心に選びたいのですが」

個室へと移動しようとした店長が振り返る。

「バラの香りをお探しですか?」

「初めて来たお店なので、まずは王道の香りを試したいと思ったんです」

花の香料の中でもバラは王道の香りだ。始めてきた店で珍しい香りを試すのには勇気がいる。それよりも王道のバラの香りを確かめて、それが気に入ったらまた新しい香りを買いに来るのがいい。最初は好きな香りをと言われたが、やはり慣れている香りから確かめたかった。

「当店にも数種類のフレーバーがございますので、その中から気に入った香りをお選びください。香りが気に入りましたら、また当店でお買い求めを」

そう言って、店員にバラの香りを集めるように指示を出した店長は、そのまま奥の個室に案内してくれた。

「本当にバラでよかったのか?」

部屋のソファに座ると、隣にアルベルトが座って少し心配そうに聞いてきた。

「はい。まずはこのお店の王道の香りを確かめてからがいいかなと思ったので」

「そうか、遠慮せずに好きな香りを選ぶといい。迷うようなら1つに絞る必要はない」

いくらでも買ってやると言っているようでリリアは苦笑してしまった。公爵夫人が愛用するような香料の店だ。1つ買うのもそれなりの値段がするのではないだろうか。それをいくつも頼むなどリリアにはさすがにできない。今回は1つだけ選んで、他に気になる物は後で個人的に購入しようと密かに思うのだった。


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