撤退
眩い光が弱まり辺りを確認できるようになると、アルベルトは目の前の光景に言葉を失うしかなかった。
蠢いていたはずの魔物が地面に蹲るようにして小さくなっている。浄化の力は魔物の中の魔気も浄化することができるが、魔物自体を倒すことはできない。攻撃能力を失った魔物は体内に魔気が再び溜まるまで動けなくなるのだ。その隙をついて攻撃してしまえば簡単に倒すことができる状況が目の前にある。
そして魔物化した木々は枝を下に向けて力を失っていた。完全な戦意喪失状態の木々の向こう側に見えるはずの魔気はきれいさっぱりその影を消してしまっていた。
「すごいな」
感心するように声が漏れると、近くにいたセイが額に手を当てて空を見上げていた。
「やり過ぎよ。適度に浄化してくれれば良かったのに」
完全な浄化を望んでいなかったようで、呆れながらも周りを確認し始める。
「見事にきれいさっぱりだな。空気も元に戻っているし、もう一度同じくらいの魔気が溜まるまでかなり時間がかかるだろうな」
動けなくなっている近くの魔物を魔法で駆除しながらイルスも周囲を確認していた。
「ちょっと、あたしも頑張ったこと忘れないでよ。一緒に浄化してたのよ」
リリアの浄化に意識を向けていて忘れていたが、隣にいたケインも一緒に浄化の力を使っていたのだ。2人の力が合わさってこの結果になったのだろうが、それでもほとんどの浄化をリリアがしたとわかるのは、浄化の力を発揮したときの彼女の内側から広がった光の強さだろう。
優しい光に包まれて、アルベルトはこれがリリアの力なのだとすぐに悟った。前にも浄化で助けてもらったことがあったため、リリアの力を肌が理解していたのだろう。
後方を伺うと、魔物と対峙していた部下達は状況が上手く呑み込めないのか、正常になった空間に戸惑った様子を見せていた。それでも、力を失ったとはいえ目の前に魔物がいるため、再び動けるようになる前に倒していく。魔物は部下達に任せて、アルベルトはリリアへと近づいていった。
ケインが自分も褒めろと訴えてきている隣で、彼女は静かに背中を向けて佇んでいる。魔気溜まりがなくなったことを確認しているのかこちらを振り向くことはない。
何と声をかけるべきだろう。今はピリカの浄化師としてここにいるためアルベルトの婚約者ではない。下手なことを言って彼女の正体がばれるのを避けるべきだ。
考えながら近づいていくと、不意のリリアの体が大きく揺れた。
考えるよりも先に体が動いていた。駆け寄って手を伸ばすと、力を失ったようにリリアがその場に崩れた。受け止めた体は思っていたよりもずっと軽く、フードから覗いた顔は仮面に覆われて表情がわからなかった。それでも、腕に収まったリリアがこちらを視ているのはわかった。
咄嗟に名前を呼びそうになって喉に力を込めた。言葉を飲み込んで落ち着かせてから、別の言葉を口にする。
「無茶をしすぎだ」
意識はあるようで、アルベルトの声を聞いたリリアは言葉を発することはなかったが、口元に笑みを作っていた。
笑いながらごめんなさいと言われているような気がした。
まったく反省していないなと呆れてしまう。アルベルトがさらに口を開こうとすると、イルスが近づいてきて囁いた。
「いつまでも触るな。怪しすぎるだろう」
そう言ってリリアを抱きかかえる。正体を隠しているリリアにアルベルトが馴れ馴れしくしているのは周りから見ると怪しく見えると指摘してきたのだ。ケインやフィルも正体を知っているが、部下達は知らないのだ。下手な行動はするべきではなかった。
「この辺一帯は綺麗に浄化されているみたいね。でも、森全体ではまだ魔気溜まりがどこかにあるだろうし、魔物もいなくなったわけじゃないから、後は放っておきましょう」
周囲の確認が終わったのかセイが戻ってくると、アルベルトに封筒を差し出してきた。
「これは?」
「今回のことでピリカの魔女の力の重要性は理解できたでしょう。あたしたちを怒らせたことはしっかり反省してもらうとして、今後の対応を書いておいたわ。ピリカの要望も載せてあるから、王族に届けなさい」
ここでまさかピリカの魔女からの返答をもらうとは思わなかった。こうなることをセイは予測して準備していたのなら、用意周到と言っていいだろう。
「あたしたちは撤退するから、後はそっちで頑張りなさい」
アルベルトが返事をするよりも先に、セイはそれだけ言い残してリリアを抱えたイルスと一緒に姿を消した。一瞬の出来事で引き留めることさえできなかった。
誰もいなくなった空間を見つめていると、肩を叩かれる。
「とりあえずこの場は終わりだ。他の部隊も討伐は終わっている可能性が高いだろうな。このまま撤退しよう」
遠くで聞こえていたはずの爆発音がいつの間にか聞こえなくなっていた。他のピリカの魔女も協力してくれていたようで、魔物との戦闘は終了しているのだろう。
アルベルト達の任務は森から溢れてくる魔物討伐と、聖女が本来するはずだった魔気の浄化だ。すべての浄化をすることが目的ではない。魔物の数を減らして、少しでも魔気が薄くなることを期待していたが、その両方が成功したと思っていいだろう。
「戻って報告をしないと」
ほとんどがリリアとピリカの魔女のおかげで終わってしまった。リリアの正体を隠したまま報告することになるが、どう説明するべきか悩む。
悩みを抱えながらも、アルベルト達は北の森を離れて王都へと戻っていくのだった。




