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目の不自由な令嬢は仮面の聖女となる  作者: ハナショウブ
ピリカの魔女と聖女
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北の森

「隊長、なんだか気持ち悪い形の魔物がいます」

そう言われてミライヤが示した方向を見てみると、うねうねとした黒い塊が地を這うようにこちらに向かってくるのが見えた。

「魔気から発生した魔物だろう。魔気の凝縮で発生した魔物は生き物の体を侵食したのと違って姿かたちがいびつになるからな」

説明すると同時に大きめの火球を黒い塊に撃ち付けた。炎に包まれた魔物は一瞬にして霧散してしまう。

「あんなのばっかりですか?」

「可能性は高いだろう。この森に生き物はほとんど棲んでない。魔物がいるなら魔気から発生したものがほとんどだ」

森の中なら動物たちの棲み処になりそうだが、魔気があることは生き物の本能を刺激するのかもしれない。動物たちが棲んでいる様子はどこにもない木と草が生い茂った静寂の森が広がっている。

今は静寂というには遠い状況になっているが。

アルベルト達がいる場所から後方で人の叫ぶような声が時々聞こえてくる。

「向こうでも魔物と遭遇したようですね」

後方を振り返ってリックスが冷静に言っている。

アルベルトが所属する黒騎士隊は第2騎士団の要望を受けて、北の森の魔物討伐に参加することになった。黒騎士は魔法が使える上に剣の腕も強い。危機的状況になりつつある今、騎士団を超えての協力にアルベルトはすぐに了承した。騎士団長のグレックも状況から判断して黒騎士の力は必要だと思っていたようですぐに許可が下りた。

黒騎士隊は第3騎士団でも先頭で戦う集団だ。そのため第2騎士団でも先頭部隊として森に入ることになった。本来隊長と副隊長は別々に行動するのだが、今回は敢えてリックスも同行してもらった。

森の中の詳しい状況がわからないため、魔物の数も強さもわからない。できるだけ万全の態勢で森に入りたかった。

「我々は先に進もう。できれば魔気溜まりを見つけたい。そこを押さえることができれば、魔物の発生も止められる」

「出来るだけ早くお願いするわ。あたしはそれまで役に立てないから」

黒騎士隊の後方でのんびりとした声が聞こえてくる。

白の神官服に身を包んだケイン=ラリットが周囲を見渡しながら遠足にでも来ているように歩いていた。

「体力だって騎士と比べたらなさすぎるでしょう。できれば近くにあるといいんだけど」

相変わらず女性言葉で話す。初めて会った黒騎士もいるため、ケインの独特の話し方にどう対処していいのか戸惑いの表情を浮かべながら護衛をしていた。

「男前の騎士たちに囲まれているのも悪い気はしないけどね」

近くにいた黒騎士に片目をつぶってみせると、明らかに部下が顔を引きつらせていた。

「ケイン様、もう少し状況を把握して発言してください」

一番後ろからついてきているのは魔術師団の副師団長フィル=ロードだ。彼は呆れたようにケインを窘めている。

「緊張をほぐしてあげているだけよ。気にしないで」

手を振って何でもないことのように言うケインに、フィルはため息をつくしかなかったようだ。

2人の会話を放っておいて、アルベルトは先に進むことを選択した。

木々の隙間からぶよぶよとした黒い塊がいくつもいるのが見える。

「結構いるな」

「毎年浄化しても、森の奥には入っていませんから、想像以上に魔物が発生しているのでしょうね」

管理している第2騎士団も森の周囲を警備するだけだ。聖女の浄化は結界が張られた場所の内側に入ったすぐの場所でいつも行われ、周囲に充満している魔気の浄化で終わってしまう。さらに奥がどうなっているのか詳しい調査がされていないため誰にもわからない。

「魔気溜まりの場所の予測もないからな。とにかく進むしかないだろう」

魔気溜まりが存在することはわかっている。だがどこにあるのか明確な場所を把握している者はいない。

他の部隊も後から続いてきているが、黒騎士たちとは違う方向から進んできている。別部隊が魔気溜まりを発見する可能性も十分にある。

そのため他の部隊にも浄化師は派遣されていた。しかし、神殿が用意した浄化師は3名だけ。その数にも驚いたが、派遣されてきた浄化師の中にシルフィーがいたことにも驚くしかなかった。

補佐役をしていたロットもいた。ケインは前に森の中に入ったことがある経験から選ばれたということだったが、シルフィーは名誉挽回のチャンスとして送られて来たらしい。

浄化の力自体は強いので役に立つだろうが、高飛車な態度をここでも発揮されては困ると思っていると、ケイン曰く神殿の大神官に相当絞られたようで、反省と挽回を兼ねての派遣だそうだ。

ちゃんと仕事をしてくれるのならこちらから文句を言うこともない。それに黒騎士隊にはケインが同行することになったのも安心材料ではある。

ぶよぶよとした魔物がこちらに気が付いたようで一斉に動き出す。

「来るぞ」

魔物の体は見るからに弾力性がある。剣での攻撃よりも魔法を使った方が確実だと考えて、迫ってきた魔物に対して皆魔法で攻撃をして倒していった。

黒騎士は魔法が使えることが条件となるが、魔力の低い高いは関係ない。そのため数回魔法を使うと魔力切れを起こす部下もいるため、そこはアルベルトか、フィルが補うようにして先に進んだ。

「だんだん、木が枯れてきましたね」

隣を歩いているリックスが周囲を見渡しながら言う。

森に入った時、木々は葉を生い茂らせていたのだが、奥に進むにつれて葉がなくなり、木自体も枯れてしまって黒い幹だけを残していた。草も枯れてしまったのか地面がむき出しになった一面茶色の世界が広がっている。

「魔気溜まりが近いのかもしれない」

だんだん空気が重くなっていくのを感じる。

「少し魔気が含まれてきているわね」

ケインが空に向かって片手を上げると途端に体が軽くなった。

「簡単な浄化だけよ。すぐに魔気が淀んでくると思うけど、一時しのぎにはなるでしょう」

肉眼ではっきりと捉えることはできなくても、空気に溶け込むようにして魔気は存在していた。それを感じ取ったケインがこの場の空間を浄化してくれたのだ。一時的に正常な空間になったことで息がしやすくなる。

「長時間いると体に良くないな。気が狂い始めると魔物化する可能性が出てくる」

「そこまで深刻な濃さではないわ。でも、身体に悪いのは本当よ。できるだけ早く魔気溜まりを処理したほうがいいわ」

フィルの指摘にケインも同意する。

「急ごう」

皆を促してアルベルトは先へと進んでいった。

「待て」

急ぎ足で進んでいると、急に空気が濃くなったように感じた。重いというか暗いと表現するべきかもしれない。

「なんだ?」

枯れた木々の隙間から、奥に暗い空間があるように見える。

「発見したみたいね」

後ろにいたはずのケインがアルベルトの背中越しに奥を覗いて呟いたのが聞こえる。

「あれが魔気溜まり・・・」

黒い塊が地面に広がっている。魔気の沼と表現するのがふさわしいと思えた。

「それにしても変ね」

肩越しに視線を送ると、ケインは周囲を見渡しながら首を傾げていた。

「こんな立派な魔気があるのに、魔物が全然いないわね」

「先ほど倒した魔物が全部だったんじゃないですか。それに他の部隊も遭遇しているようなので、そちらにいた可能性があると思います」

近づいてきたミライヤが周囲を伺いながら言う。その隣にいるアクトも同意するように頷いていた。

「魔物化する生物がいないのですから、後は魔気から直接生まれるしかないはず。生まれてくる魔物のタイミングや数はわかりませんが、我々が恐れるよりも少ないのかもしれません」

魔気から魔物が生まれることは知られているが、いつどれくらいの数の魔物が生まれてくるのかほとんどわかっていない。どんどん留まることなく魔物が溢れ出てくるのではと予想していたが、それが見事に外れたということだろう。

アクトが言った通り、ここには魔気に侵食されて魔物化する生き物がいない。それも魔物が少ない理由になっていると考えられる。

「魔物がいないなら魔気の浄化も邪魔されずにすぐにできるはずです」

「そうね。魔気の濃度が高いから簡単にはできないけど、少し時間をくれればある程度は浄化できると思うわ」

アルベルトが促すように言うと、ケインも応じるように前に進み出た。魔気をすべて浄化できるのが一番いいのだが、あまりにも濃い魔気にケインですら完全な浄化は無理だと判断したようだ。それでも魔物が生み出されないほど薄く出来れば、しばらくは森の中も静かになる。魔物も先ほど倒しているので数も抑えられただろう。

ピリカの魔女の結界が新しく張られるまでの時間稼ぎは成功ということになる。

「もう少し近くで浄化をしたいわ」

魔気溜まりは木々の向こう側にある。少し距離があるためさらに近づいて浄化をしたいと思ったようだ。

「あまり近づきすぎると、こちらが魔気の侵食を受けることになります」

「そこは大丈夫よ。あたしの側にいれば常に浄化の力で魔気を寄せ付けないようにできるから」

これから浄化の力を使うのだ。そのおこぼれを浴びていればアルベルト達も魔気に侵食されることはない。

「もう少し近くに・・・」

そう言ってケインが一歩前に出た瞬間、アルベルトは違和感を覚えてケインの腕を掴んだ。

「駄目だ」

瞬時にケインを後ろに引き下がらせると、彼がいた地面から突然黒い蔓のようなものが飛び出してきた。それを横一線に剣で薙ぎ払う。斬られた蔓はさらさらと砂のように崩れていき消えていく。

「なに?何が起きたの」

後方に引き戻されたケインはバランスを崩して尻もちを付きそうになったが、アクトとリックスが支えてくれたので倒れることはなかった。

「魔物はいないわけじゃなく、どうやら隠れていたようです」

剣を構えなおすと、急に周囲がざわついたのがわかった。

立ち枯れているはずの木が枝をかさかさと動かし始めたのだ。

「なるほど、植物も生き物になりますね」

その場から動くことはないが、枝が明らかに妙な動きを始めたのを見たリックスが感心したように呟く。

「そこ、納得している場合じゃないと思うわよ。立ち枯れた木が魔物なら、あたしたち囲まれていることになるのに」

ケインの指摘通り、アルベルト達が立っている場所から周囲のすべての木が枝を揺らしていた。

「ちょっとやばい状況になっているわよ」

戦闘能力のないケインを囲むように黒騎士たちが身構える。その中でフィルが結界を張ると同時に周囲の木々が大きく枝を揺らした。魔物化している枯れ木は揺らした枝が鞭のようにしなると見えない壁となった結界に叩きつけてきた。

バシッと見えない結界が音を立てる。それと同時に結界に当たった枝は砂のように崩れてしまった。捨て身の攻撃のようだが、枝を失った木はすぐに幹から新しい枝を生やすと再び結界へと攻撃をしてくる。枝の攻撃だけではフィルの結界を壊すことはできないようだが、それが連続で繰り返されていくと、さすがに堪えてくるのかフィルの表情が曇り出した。

「我々だけでも結界から出て戦わないと、いつまでもこのままになってしまいます」

リックスが周囲を確認しながら言ってくるが、アルベルトは迷っていた。今いる黒騎士は6人。半分を魔物討伐に連れてきた。この人数で囲っている木々を斬り倒していくことになるが、魔物の数が圧倒的に多い。黒く立ち枯れたすべての木が魔物化していると考えられるので、これを相手にして魔気溜まりまで行くのは難しい。

「幹ごと斬り倒さないと攻撃は続くだろうな」

新しく枝が生えてくるのを防ぐには木自体を斬り倒す必要がある。しかし、枯れた木とはいえ幹の太さは大人が両手を広げても抱えられないほどの太さがある。これを一瞬で倒せないと逆に攻撃を受けることになるだろう。

「いっそのこと燃やし尽くすのがいいだろうが、どこまで魔力が持つのかわからない」

少しだけ顔色を変えたフィルが魔法で燃やす提案するが、広範囲の攻撃には限度がある。魔術師は彼1人しかいないのだ。

他の黒騎士たちも魔法は使えるが、魔術師ほどの実力はない。どこまで木々を燃やせるかわからない。

「魔気溜まりはすぐ近くにあるが、これ以上先に進むのは難しいだろう」

「撤退する方向で道を切り開くしかなさそうだな」

無理に進めば全滅の危機が待っている。一度戻って状況を報告したうえで再び戻ってくるべきだ。

魔物の数はここへたどり着くまでに減らせている。森の外へ出てくる魔物がいなければ、準備する時間はあるだろう。

そう思っていると、アクトが何かに気が付いたように叫んだ。

「隊長、あれを」

驚いた顔をしながら指さした方向は魔気溜まりがある。彼の叫びに全員がそちらに視線を向けると、誰もが驚愕することになった。

黒い空間の魔気溜まりが小刻みに震え出したかと思うと、空間からぶよぶよとした塊が外へ放出されてきた。その数は先ほどアルベルト達が遭遇し倒した数よりも多いように思えた。

魔物が飛び出すと魔気溜まりが再び静寂を取り戻す。

「状況が悪化していると思います」

顔をひきつらせたミライヤの呟きに誰もが同意するしかない。

「とにかくここは退くことだけを考えるぞ。結界が解けると同時にケイン様を護りながら来た道を一気に戻る」

魔物が生まれたことはこの際無視するしかない。今はずっと攻撃を繰り返している枯れ木から逃げることが最優先だ。ざわざわと黒い枯れ木が揺れている。それが伝わったのか遠くに立っている木々も揺れ動いていた。この木が見えなくなるまで逃げるしかなさそうだ。

「合図を頼む」

結界が消えると同時に飛び出す準備をするとアルベルトはフィルに声をかけた。

見えない壁がまだ存在しているのはわかるがはっきりと消えたかどうかはフィルに合図を送ってもらった方が確実だ。

黒騎士隊は各部隊の中でも精鋭の騎士が揃っている。その騎士が撤退しなければいけないというのは屈辱であり恥になるかもしれない。それでも、全滅するよりはずっといい。責任を取ることになったら、アルベルトがすべての責任を取るつもりだ。その覚悟も胸にフィルに視線を向ける。

その覚悟を受け取ったように彼が頷いた。

「今だ、走れ」

呼吸を整えて飛び出すタイミングを計っていると空気が変わったように感じた。それと同時にフィルの叫び声が響く。

黒騎士たちが飛び出すと襲い掛かってくる枝を斬り落として道を作っていく。

アルベルトが先頭を走り進むべき方向を決めていくと、黒騎士たちが迫ってくる枝を払っていく。そこをフィルとケインが走り抜ける。2人は騎士と比べれば圧倒的に体力が劣る。急ぎながらもできる限り2人に合わせて進むしかない。

「ぐぁ」

その時後ろで呻くような声が聞こえアルベルトの足が止まった。

「アクト!」

ミライヤの叫びに近い声が聞こえて振り返ると、別の黒騎士を庇うようにアクトが覆いかぶさっていた。その肩には魔物の枝が突き刺さっている。

リックスが素早く枝を斬り捨てた。するとアクトは被さっていた黒騎士からずり落ちるように地面へと片膝をついてしまった。

アルベルトはすぐに戻るとアクトを中心に黒騎士たちで護るように囲った。

その中心にケインとフィルが辿り着くと、すぐに結界が張られ、傷の回復が始まった。

「我慢しなさい」

返事も待たずに突き刺さったままの枝を遠慮なくケインが引き抜く。悲鳴こそ上げなかったが、アクトの額に球の汗が浮かんだ。

「タクスは?」

「俺は大丈夫です。アクトが庇ってくれたから」

庇われた黒騎士タクス=アーカイブがすぐに返事をする。長い黒髪を一括りにしているのが特徴的なまだ若い黒騎士だ。

ケインが傷口に手を当てるとすぐに回復魔法がかけられる。肩を染めた血が痛々しいが傷自体はすぐに塞がったようだった。

「魔気の侵食はなさそうね。腕は動く?」

「大丈夫です。油断してすみません」

腕の調子を確かめながらアクトが謝ると、タクスが顔色を変えて膝をついた。

「謝らないでください。俺を庇って怪我をしたのに、油断したのは俺なんですから」

「いや、俺も上手く庇えなかった。この怪我は俺の判断ミスだ」

「2人とも、反省するのは森を抜けてからにしよう。今は前に進むことを考えよう」

2人が反省し始めたので、アルベルトはすぐに気持ちを切り替えさせた。ここでどちらが悪いのかを議論している暇はない。

一度足を止めてしまったことで、周りに立つ木々が枝を増やしてこちらに攻撃を仕掛けてきていた。

それをフィルが防いでくれているが、無数の枝の鞭に耐えられるのもそう長くないはずだ。

「もう一度走るぞ」

全員の顔を見てから言うと、誰も諦めた表情をしていない。フィルに視線を向けて合図を求めようとした瞬間、わずかに空気が変わったような気がした。何が変わったのかと具体的なものはわからなかったが、肌が感じ取ったというのが一番正しかったように思う。

フィルも何かを感じ取ったのか、急に空を見上げるとその目が大きく見開かれた。

「伏せろ」

「え?」

何を言っているのか理解するよりも先にフィルがケインを庇うように地面へと押し付けていた。それを見た黒騎士たちは意識するよりも先に全員が一斉に身を低くした。

刹那。轟音と激しい熱量が空から叩きつけら、視界が赤に染まったことだけは理解した。


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