平穏な朝
その日の夜空はあまりにも澄み切っていた。この後に起きる事件を予言するかのように....
私の名はフィリップ=サンドレ。ナタイ村のしがない衛兵だ。
この日は私が、夜の見張りをしていた。
「今日みたいな雲一つない夜には、月を肴に一杯しゃれ込みたいもんだねえ」
そんな呑気なことを見張りが言う最中、小さな影が一つ、闇に潜みながら、ゆっくりと、だが着実にナタイ村に近づいていた。
(ん? 何か近づいて来ているのか?)
まあ恐らく、灯りがないことから暗視能力のあるゴブリンだろう。この村は亜人地区と隣り合っていて、亜人との対立もあまりないので、こんな事も珍しくない。
「おーい、そこの荷車! ゴブリンかな? 一応、検問するから止まってくれ! 」
すると、やはりゴブリンが荷車から降りてきた。
「ココ、金、ウリニ、キタ」
「はい、一応確認しますね」
片言ながらヒト語を喋る事に、私は素直に感心していた。
都市ではどうだか知らないが、この村には人間と友好的に関わろうとする亜人が多くいる。言葉を話せる者は少ないが、亜人も捨てたものではない。
(すごいな、中々の量の金鉱石が荷車に積まれているじゃないか。これだけあれば、なんでも買えそうなものを、全て武具や生活用品に使うのだから・・・もう少し遊びを知ったほうがいいんじゃないか?)
まあ、別に私がどうこう言うことではないか・・・
「確かに、どうぞお通りください」
そうして、私は見張り仕事を終え、ナタイ村は朝を迎えた。
ー魔王城にてー
(ああ、朝か・・・あと5分くらい、いいよね)
ー5分後ー
(う~ん・・あと5分・・)
ー5分後ー
「おい、起きろ~」
(ん?マリウスの声がした気がするが・・ま、いいか)
「起きないなら、あんなことやこんなこと、しちゃうぜぇ? 」
悪戯な笑みを浮かべながらマリウスは囁いた。
(あれ?・・これまずい状況なんじゃ?・・)
俺は、ここでダラダラと顔だけで汗をかけるような器用さはなかったらしい。
(よし、か、覚悟を決めるか・・・きっと今から全力のボディーブローを食らうのだろう・・せめて期待通りの反応をしてやるか・・)
俺は、歯を食いしばり、衝撃に備えた。
しかし、俺の予想は外れ、その代わりに布団の中でモゾモゾするモノに気が付いた。
(え!?・・・何してんの?・・・もしかして・・いや、こいつの事だ。どうせからかっているのだろう。たぶん、男はこうされると喜ぶとかなんとかいうに違いない・・なら、こっちも上手く演技しないとな・・)
「え?な、なにしてんだよ!なんで馬乗りになって跨ってるんだ? 」
(少し、わざとらし過ぎたか?)
そう言うとニヤリとマリウスは笑い思った通りの事を口にした。
「こうされると、男は喜ぶと思ってな。どうだ?嬉しかっただろ? 」
(ふっ、思った通りの反応をありがとう・・ここで、「べ、別に嬉しくなんかねーよ」といった典型的な反応をするとでも?・・ここは、そのまま真顔で嬉しいと返して、逆に困らせよう)
「ああ、お前みたいな美少女に馬乗りにされて、とても嬉しいよ」
キリっと返答してやると、マリウスは顔を赤らめてあからさまに慌てている。
「お、お前っ!! そ、そこは、嬉しくないって返すもんだろ!!わ、私が美少女とかそういうのは・・」
こんな姿を見てると急に悪い気がしてきた・・・ちょっと謝るか・・・
「ご、ごめんって。なんというか、からかい過ぎたわ」
その瞬間、マリウスは心の中でニタリと笑った。
(どうやら、私の勝ちみたいだなあ・・甘いぜ、甘すぎだぜシンジ!!・・・お前は先の先まで読み切れなかった・・・いや、私の演技が上手すぎたのが悪いんだよな! )
「どうだ!! 私にキュンキュンときめいたか? 」
(なっ!?まさか、こいつ・・・俺よりさらに一枚上手だったとでもいうのか!?)
「くそっ、俺の負けか・・・」
俺が負けを認めるとニヤニヤしながら
「今日の御者役は、ま・か・せ・た・ぜ・」と言ってきた。
その後、村に着くまで、人が必死で馬を走らせている間、マリウスは隣でニヤニヤと、このことで、からかってきたが、俺は全力で無心になって聞き流していた。
やっと村に着いたのだが、今日は少しざわついていた。何やら貴重そうな鞄を運んでいる商人らしき人が近くで歩いていたので、話を聞いて見ることにした。
「なあ、そこのアンタ! この村で何かあったんですか? 」
すると、一瞬ビクリと震え、
「な、何でもこの村に交易に来たゴブリンの大量の金が盗まれたらしいですよ」
まさか、この村でそんな事が起きていたとは驚きを隠せなかった。それとは別に気になっていた事を聞いてみることにした。
「それはそうと、大事そうに何を運んでるんですか? 」
そう聞くと何故か一瞬、警戒された。それ程までに貴重な品なんだろうか・・・
「あ、これはマジックアイテムです・・じゃあ、もう行くので失礼します」
そう言うと、商人はそそくさと立ち去った。
荷車に戻るとマリウスが何やら考え事をしていた。
「う~ん、どっかで見たことあるような気がするような・・・」
「あの商人とどこかで会ったのか? 」
するとマリウスは、そうじゃない、そうじゃないと首を振り
「いや、あのマジックアイテムの方だよ・・・どこかで見たことがある気がしてな・・」
まあ、考えていても埒が明かない。取り敢えず冒険者ギルドで話を聞くのが先決か。
「取り敢えず、荷物を置きに行ってギルドに行くぞ! 」
するとマリウスは、待ってましたとばかりにニコニコ笑い返事をしてきた。
「おうともさ! 早く行こうぜ!! なんか、面白そうだしな!! 」
そして、俺たちはいつも荷車を置いて販売している村の広場へ向かうと、いつもの場所には一人の少女が既に待っていた。
(あれはアリエルか? 一体、なにしてるんだろうか?)
「おーい、アリエルか? 一体何してるの? 」
すると、彼女はこちらに気付くと少し照れたように返事をして
「実は、いつもは並んでも買えないので、もうこの時間から並んでみることにしました」
(並ぶも何も、列には彼女一人しかいないんだが・・・・)
すると隣にいるマリウスはムスッとした態度に一変して
「おいシンジ!! この娘は誰だよ? そういや、この前も一緒にいたような」
「きゅ、急にどうしたんだよ? この子はアリエル。村長の娘でウチの客ただの客だ」
聞かれた質問に答えたつもりだったのだが、マリウスは何故か溜息をついて、急に興味をなくしたようだ。
(それよりも、早くギルドに向かわなければ)
すると、俺が頼もうとするよりも早くにマリウスが、言ってくれた。
「なあ、そこのお前! 私達は冒険者ギルドに行く用事があるんだが、店番頼んでいいか? 」
さすがに捕捉はいると思ったので、俺も頼んでみた。
「俺達、今日の盗難事件の事を聞きに行こうと思ってるんですが、もしよければ、ここの店番を頼んでいいかな? 」
すると、彼女は喜んで引き受けてくれたので俺たちはギルドへと向かった。
だが、俺たちはすぐに気付くことになる。俺達もこの事件の当事者になってしまうことを・・・
次回予告・・・遂に始まる、後にパン騒動と言われたり、言われなかったりする怪事件の全貌が明らかに!