第16話『背中』
激戦から数日が経過し、ロックダウンが解除され通常稼働が可能となった如月研究所の地下ドック。
仁はマジンオーのコックピットから降りるなり、通路のベンチにどさりと腰を下ろした。未だ最終調整中の新装備による負荷は、仁の魔神石の心臓に、これまでとは違う鈍い疲労感を残している。
「はい、おにぎり。ゆっくり食べてね」
差し出されたラップ包みを、仁は震える手で受け取った。
見上げると、リクルートスーツの上着を脱ぎ、ブラウスの袖をまくりあげた深雪が立っている。その表情を見た仁は、ふと気になっていた疑問を口にした。
「……なぁ、深雪。お前がブリッジのシステムエラー解除したって本当か?」
深雪はふいと目を逸らし、家計簿を整理する時のいつもの口調で言い返した。
「……しょうがないじゃない。大学の講義のプログラミングだけじゃ退屈だったのよ。それに、仁が道場の維持費をどこから捻出してるか気になって、契約関係とか全部見直してたら……」
「見直してたら?」
「……気付いた時には、たいていの鍵は開けられるようになってしまいました」
「……そういやお前、前にも軍の回線に割り込んでたよな……」
「あ、あれは緊急事態だったから! 端末が生きてたから開けちゃったの!」
「……お前、それ誰にも言うなよ……」
仁が本気で引いたように身をのけ反らせると、簡易ベッドの上で上体を起こした操が、クスクスと明るい笑い声を上げた。
「いいじゃない、仁くん。私は命の恩人の深雪ちゃんにブリッジの席、いつでも譲る覚悟だよ?」
「水城さん、まだ安静にしていてください。如月博士に怒られますよ」
鷹宮少佐が、淹れたての緑茶を操の枕元に置きながらたしなめる。周囲の空気が少しだけ和らぐ中、仁はスカートの裾をぎゅっと握りしめている深雪の手元に目を留めた。その拳は、かすかに震えている。
「深雪。おっちゃんと、おばちゃんのことだけど……」
実家の焼け跡から両親の姿は見つかっておらず、今も連絡は取れないままだ。その話題に深雪は一瞬だけ唇を噛んだが、すぐに静かに首を振った。
「……探すのを、諦めたわけじゃないの。でもね、仁。私がここで泣いてふさぎ込んでいたら、仁は私のために、もっと無茶をして傷つくでしょう? それだけは絶対に嫌なの」
「だから今は……少しだけ、心の奥にしまっておく。私にも、ここでできることがあるから 」
涙を堪え、震える声を抑えて毅然と言い放つ深雪。仁は、ただ黙って頷くことしかできなかった。
その時。仁の胸の奥の魔神石が、かつてない冷たさで拍動を始める。
「……また、来やがる」
『――緊急警告。周辺防衛ライン、沈黙。未確認機動兵器の集団、および……識別コード『クリムゾン』、急接近』
ブリッジのスピーカーから、自動オペレーターの無機質な声が響く。メインモニターが映し出したのは、驚くべき光景だった。ヴァイスマン軍団の重装甲機兵の大群が、研究所の全方位を包囲していた。
「ヴァイスマンめ、今度は本気で我々を圧殺しに来たか」
鷹宮が鋭く表情を強張らせる。 そして、その大軍勢の先頭に直立していたのは、あの禍々しい紅い機体――『クリムゾン』だった。
「深雪、操さんの代わりにブリッジを頼む」
「……分かってる。絶対に、仁の背中は私が守るから」
深雪は力強く頷き、臨時オペレーターとしてメインコンソールへ着席した。
仁は地下ドックへ走り、マジンオーへと滑り込む。神経結合の触手が肌に繋がると同時に、その瞳から優しい光は消える。
「全方位の包囲網か……まとめて焼き払ってやる!」
カタパルトから強行射出されたマジンオーは、 すぐさま両肩部からツイン・ブラスターの熱波で正面の敵機群を蹂躙する。
だが、敵の圧倒的な物量の前ではそのすべてを焼き払うには至らず、すぐに陣形を整えた大群が包囲網を狭める。
「クソッ…再チャージまで40秒…これじゃキリがねえ!」
その時、無感情な声が通信回線に割り込んできた。
『感情に振り回され、脆い絆にすがる不完全な存在が……なぜ魔神石に選ばれる』
「ッ!紅いやつか……どこだ!」
仁は即座に周囲を見回す。
マジンオーの背後に、燃え盛る敵機群の炎に照らされた『クリムゾン』が音もなく降り立った。




