初速過多、理性追いつかず
皆んなおはよう!
私は今日から超エリート高校の神界学園に通う新入生、与志野音色!
……の、はずなんだけど――
「いっけな〜い、入学初日から遅刻遅刻!!」
全力疾走中です、はい最悪。
だって目覚まし三回止めたの誰だよ私!!
いやでも言い訳させて?初日って緊張するじゃん?眠り浅くなるじゃん?……いや関係ないか。
――でもね。
「あとちょっと…!あとちょっとでフルコン…!!」
私の右手にはスマホ。
そう、音ゲーやりながら走ってる。
普通に考えて終わってる。
でもここでコンボ切るのはもっと終わってる。
つまりこれは仕方ない、うん仕方ない。
息は切れてるし足も重い。
でもノーツは待ってくれない。
(ここ繋げば……勝ち……!)
神界学園まであと一つ角を曲がるだけ。
ここさえ抜ければ――
その瞬間だった。
――“何か”が来た。
風、なんて軽いもんじゃない。
もっと鋭くて、一直線で、ありえない速さの“何か”。
視界の端を影が貫く。
「え――」
思考が追いつく前に、
ドンッッッ!!!
世界が、弾けた。
視界がぐるんと反転する。
音が遅れて爆発みたいに響く。
体が浮く。
違う、浮いたんじゃない。
ぶっ飛ばされた。
地面が一気に遠ざかって、空がやけに近い。
一瞬だけ見えた。
私にぶつかった“それ”。
私と同じ制服の男子。
しかも、ありえない速さで前に進んでる。
まるでスポーツカーみたいに。
次の瞬間、
ドゴォォンッ!!!
背中に衝撃が突き刺さる。
息が全部抜けて、視界が白く弾けた。
コンクリートの硬さが遅れて全身に広がる。
「っ……ぅ……!」
痛いとかじゃない。
もう、わけがわからない。
(私いま……家の壁、壊した……?)
そんなバカなことある?
思考がまとまらないまま意識がどんどん遠くなる。
最後に感じたのは――
さっきの“何か”が止まった気配。
⸻
まぶたの裏がやけに明るい。
「……ん……」
ゆっくり目を開けると白い天井が視界に広がった。
知らない場所。
でも、この匂いは分かる。
(……保健室……?)
体を少し起こすとギシッとベッドが鳴った。
頭はまだぼんやりしてるけど――
「あ……」
一気に思い出す。
入学式に遅刻しそうで走ってたこと。
誰かとぶつかったこと。
ありえない勢いで吹き飛ばされたこと。
そして、
「……あんた」
ベッドの横に立っている男子を見て、確信した。
「さっきのやつでしょ」
そいつは少しだけ目を細めた。
「……覚えてるのか」
やっぱりこの反応、変だ。
「いや忘れる方が無理でしょ!?私コンクリート突き破ってるんだけど!?」
思わず声が大きくなる。
でもそいつは、特に驚いた様子もなく、
「……すまない」
あっさりそう言った。
謝ってはいる。
でも、なんか……軽い。
「……いや、謝って済むレベルじゃないからね?」
じとっと睨むと、そいつは少しだけ視線を逸らした。
「……与志野音色」
「え?」
「お前の名前だろ」
一瞬びっくりする。
「なんで知ってるの?」
「名簿を見た」
さらっと言われて、ちょっとムッとする。
「……普通、自己紹介からじゃない?」
そう言うと、ほんの一瞬だけ間があった。
それから、
「……亜里野翔馬」
短く名前だけ。
ほんとにそれだけ。
「いや情報少なっ」
思わずツッコむと、翔馬はわずかに目を伏せた。
「……これでいい」
なんだこの人。
会話が成立してるようでしてない。
でも――
「……まあいいや、私与志野音色。
今日から神界学園の新入生です」
軽く肩をすくめながら、自分から言う。
すると翔馬は小さく頷いた。
「同じクラスだ」
「え、マジ?」
ちょっとだけテンション上がる。
初日からぶっ飛ばされた相手と同じクラスってどうなんだって感じだけど。
「それと少し言いづらいが……入学式は終わった」
「え」
さらっと言われて固まる。
「ついさっきな」
「えぇぇぇ!?」
完全にやらかした。
いやそれどころじゃないんだけどさ!?
「今からクラスに向かうところだ」
翔馬はそう言って静かに立ち上がる。
「歩けるか」
差し出された手。
ちょっとだけ迷ったけど、掴む。
「……なんとか」
立ち上がると思ったより体は動いた。
よかった、まだ生きてる。
「行くぞ」
そう言って翔馬は先に歩き出す。
その背中を見ながら私は少しだけ考える。
――この人。
なんか変だ。
でも。
「……ま、いっか」
小さく呟いて、その後を追った。
⸻
ガラッ。
扉を開けた瞬間、教室の空気がざわっと揺れた。
(……うわ、めっちゃ見られてる……)
まあそりゃそうか。
入学式すっ飛ばして謎の男子と一緒に登場だし。
「ここだ」
後ろから淡々とした声。
振り返ると、翔馬がいつも通りの顔で立っている。
「……ありがと」
そう言って一歩踏み出した瞬間――
「音色!!」
勢いよく名前を呼ばれる。
「フンペチ!」
クラスの中から一直線にこっちへ来て、そのまま肩を掴まれた。
「大丈夫?いきなり連絡途絶えたから普通に焦ったんだけど!」
「ごめん、吹き飛ばされて意識無くて……」
「吹き飛ばされた!?大丈夫!?」
いつものテンポで話してると、フンペチの視線が横に流れる。
「……で、その人は?」
「あー、この人?吹き飛ばしてきた犯人」
「……亜里野翔馬」
翔馬が短く名乗る。
「同じクラスだ、よろしく」
「へぇ……」
フンペチがじっと見る。
なんかちょっとだけ、探るような目。
「音色の友達の美玖、よろしく」
「……ああ」
やっぱり反応薄い。
そのとき――
「うおw かっくいw」
教室の後ろの方から妙に軽い声が響いた。
一瞬で空気が止まる。
え、なに今の。
視線を向けると、一人の男子が椅子に深く座りながらこっちを見ていた。
ニヤついてる、完全に。
(……なにあいつ)
「いやー初日から遅刻&謎の女と登場とかw翔馬主人公すぎでしょw」
誰にでもなく、でも確実にこっちに向けて言ってる。
「しかもあの距離感なに?
もう付き合ってんの?早くない?w」
「は!?違うんだけど!?」
思わず反応してしまった。
するとそいつは、満足そうに口角を上げる。
(あ、これ反応したらダメなやつだ)
「あーごめんごめんw
ついレベル低いイベントにツッコミ入れちゃったわ」
「何あいつ……気持ち悪……」
フンペチが小さく毒づく。
そいつは軽く肩をすくめて、
「俺、田野 抹殺亜鬼。
まあ気軽に私だけの彼氏って呼んでくれていいよw」
「呼ばねえよ」
即答した。
「そっかー残念w
まあこのクラス、動物園みたいなもんだからさ」
さらっととんでもないこと言う。
「俺と翔馬以外まともに会話できそうなやついなかったし、ちょうどいいわ」
「初対面で全員ディスるのやば」
フンペチが呆れてる。
でも田野は気にした様子もなく、机に肘ついてこっち見てる。
「で、お前らはどっち系?
ノリで生きてる猿?それとも一応考えてる側?w」
(その二択なに?)
もう笑えてくる。
ちらっと横を見ると、翔馬は相変わらず無表情。
……だけど。
田野を見た一瞬だけ、ほんの少しだけ目が細くなった気がした。
気のせい……?
「まあいいやwとりあえず面白そうだし退屈はしなそうだわ」
そう言って、田野はカバンから一冊の本を取り出した。
ボロボロでやけに使い込まれてる。
(……あ、ラノベだ)
「あーやっと静かな時間きたわ」
そう言ってページを開く。
さっきまであんなに喋ってたのに、急に世界から切り離されたみたいに集中してる。
……変なやつ。
でも、
「……まあ、退屈はしなそうってのは同意かも」
小さく呟くとフンペチが笑った。
「同意」
その横で、翔馬は何も言わずに窓の外を見ている。
――なんかこのクラス、普通じゃない。
そんな予感が少しだけした。




