プロローグ
「ヤマト。このクエストを最後に、お前はパーティーから抜けてもらう」
ダンジョンからの帰り道。
夕焼けが町の門を照らし始めた頃合い。
リーダーのソウケイが先頭に躍り出るや、いきなり宣言した。
「え、何だって?」
俺は思わず、ラブコメ主人公みたいな難聴アピールを繰り出すばかり。
ごめん……今日の晩飯、カレーかシチューで悩んでた。
「メンバーで話し合って決めたことだ。いわゆる総意ってやつだ」
「そのミーティング参加してないけど。ちゃんと交ぜ」
「センリョ! トチリ! そうだよなあっ」
異論反論を遮るように、ソウケイが声を荒げた。
俺はやれやれと肩をすくめ、背後の仲間を見る。
「えぇ」
と、ショートボウを携えた軽装のトチリ。
「うむ」
と、大剣を背負った鎧姿のセンリョ。
二人が淡々とした表情で俺を見つめた。どうやら本気らしい。
「理由を教えてくれ。じゃなきゃ、納得できないぞ」
このパターン知ってる! ネット小説やらアニメで散々見たことある!
ったく、実にテンプレな導入だぜ。
異世界転生を実体験した者として、興奮しないとは言えまい。
――さりとて。
一応、確認。自分のこれまでの歩みを振り返っていく。
残念ながら、俺はチートスキルがない。現代知識で無双もできない。悪役令嬢の破滅も回避できない。転生者のくせに、一般冒険者です。
「本当に……自覚がないのか?」
ソウケイが驚嘆に震える度、腕に巻いたバンダナがずり落ちていく。
こくり、と首肯した俺。
「分かった。じゃあ教えてやる。トチリ!」
「え、あたし!? ちょっと、それはっ」
「お前、体力減ってるだろ。運が悪かったな」
「はあ~、最悪。ポーション切らしてるし」
トチリがひどく残念そうに近づいてくる。
「ヤマトさあ。このパーティーの役割何だっけ?」
「どう見たってヒーラーだろ。今日はなぜか、あまり回復魔法使ってないね。けど、仲間のスキルを忘れてもらっちゃ困る」
得意技、ヒール。キュア。
主に、体力や状態異常の回復が得意。
な? まごうことなきヒーラーだろ?
「……やって……一思いにやりなさいよっ」
観念したと言わんばかりに、両手をめいいっぱい広げたトチリ。
「大げさだなあ」
この異世界はスキル制。
俺は、回復魔法を発動させる準備に入った。
指先に魔力が集まる感覚。
ぬるり。
粘液が飛び出し、現れたのはひも状のジェル。
それがトチリに狙いを定めて宙を舞った。
「ひゃ!?」
ねっとりと脇に巻き付き、にゅるっと軽装のつなぎ目へ侵入した魔力のライン。処置を施すため、太もも、腰、脇、そして口を固定する。
「あ、あっ、あんっ……」
トチリが赤面して暴れるが、拘束は解かれない。別に苦しくないはずだ。
大きく開いた口内へ、ぬるぬるしたジェルの先端が一気に浸入。
「ヒール」
じゅるっ! びゅるるっ!
コツは、ゼリー飲料を優しく押し込むイメージ。
「お、おっ、おおおぉぉオオオーーっっ!」
びくん、ビクンッ!
急速回復に反応したのか、背中を逸らしたトチリ。
ジェルを解除するや、彼女は地面に突っ伏してしまう。
俺はその様子を観察して、首を傾げた。
「体力満タン。状態異常なし。でも呼吸が荒い……妙だな」
「「「お前が妙だよッ!」」」
三人のツッコミが轟いた。
「なんだよ今の回復おかしいだろ!」
「何ってただのヒールだが?」
「どこがじゃぁーっ!」
「あぁ、俺の回復魔法が弱すぎるって意味だよな?」
転生者っぽいフレーズ使えて嬉しい。でも増長しない。無自覚系は趣味じゃない。
「もう限界だ! ハッキリ言ってやる! お前はヒーラーじゃねえ! 触手使いだろっ」
ソウケイは唾をまき散らしながら、さらにまくし立てた。
「ヤマトが回復魔法を使う度、こっちは! ぬるぬる! ねばねば! ぶっかけ気持ち悪ぃ!」
「いや、俺そういう趣味ないぞ。巻き込まないで」
「――っ!?」
こぶしを突き上げたソウケイを、センリョが羽交い絞めにしながら。
「ヒーラーと言えば、<プリースト>や<薬師>。お前さん、スキル名は?」
「……<触手>だけど」
転生者・蒲生大和が授かったスキルは<触手>。
指先から魔力の触手が伸びて器用に動く。いろいろ便利。回復できます。
「触手ヒーラーとはなかなかどうして面白い。だが、致命的な問題が一つある」
「それは一体?」
予想はついていた。気づかぬフリをしていた。
しかし、認めざるを得ない時がついに来たのだ。
「何度でも言ってやる! 口に触手を突っ込まなきゃ回復できないなんて、キモすぎだろッ! あまつさえ、トチリに限って全身粘液塗れのローションプレイなんざうらやまけしからん野郎めっ! 絶対わざとだこのヘンタイ」
ほぼ私怨丸出しのリーダーだが、パーティー内恋愛に口を挟まない。
「そもそも、触手とは往々にして女子を執拗に狙う。これは古き時代からのお約束であり、そこに俺の意思など介在して」
「うるせーっ! 女に対して明確なセクハラ行為の数々! ギルド憲章に則って、コンプライアンス違反――俺たちが証人だッ」
「ま、パーティーは連帯責任を伴う信頼関係が最も重要。悪く思わんでくれ」
センリョが横に首を振って、俺の肩を叩いた。君、明日から来なくていいから。
「はあ……ハァ……こんなん、あたしの身が持たな……クセに、な……」
糸が切れた人形のごとく、その先は聞き取れなかった。
「改めてヤマト。このクエストを最後に、パーティーを抜けてもらう。コンプラ違反を庇ってやるほどの実力も信頼もねえ奴は追放だ!」
リーダーの無慈悲な宣告に、俺は無言で答えるしかなかった。
ギルドへ到着後、申し訳程度の手切れ金。
追放者の噂話など矢の如し。
周囲の冷たい視線。
拠点変更など暗黙の了解。
悲報。
触手ヒーラーさん、仲間を回復しただけなのにセクハラ扱いされてしまう。




