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30.その名は『緋炎海賊団』

読んで頂きありがとうございます。

この章から読まれた方は、是非【ユキア・サガ 航海① ネフシュタンの魔片 第一巻 第1章】から読んで頂けますと、幸甚です。


 皓月が緋紫微視を引き連れて、夜空を煌びやかに覆う。

 甘潮の海から、涼風が届く。


 垂耳亭の大食堂には、続々とオロル島の老人達が集まってきた。

 彼等亜人族達は、大食堂の先客オレ達と6人が

 存在しないと決め込んで振舞っている。


 オレ達は、垂耳亭の美味しい食事を、

 大食堂の一番奥で堪能していた。


 島の住人達がこの大食堂に足を運ぶのは、

 当然の美味しさだった。


 が、島の老人達の対する不自然な様態は、さすがに気なっていた。

 ユキアは亜人族達が放つ波動に、

 何故か憎悪に誓うものを、その身にひしひしと感じていた。


 しかし、その故由はオレには分からない。


「キラ……」唐突にトバルは暗い面貌で問う。


「アシオー島に、いつ向かうでごわすか?」


「ユキア次第だけど、どうかしたの?」

「早い方がいいでごわす」

 トバルは小声で囁く。


「この島だけじゃなく、どうやらアヴィス群島の殆どの住人は、

 おいどん達ナーヌス族やエルフォ(エリフ)族みたいに、

 自然を愛する一部の種族をを除き、ヒト族を憎んでいるでごわす。


 この群島には、ヒト族に友好な住人は

 ここの垂耳亭のの老夫婦以外に、

 一握りしかいないのが実情でごわす」


 キラは慮外だという口ぶりで、

「どうしてそうなってしまったの?

 私は初耳だけど」


――そういうことだったのか。


 オレはこの島に来てから気なっていた違和感の一端を知る。


 そもそも、ヒト族と亜人族の間には、

 唯一神や多神教えお信仰を主とするヒト族に対して、

 自然崇拝が基本という亜人族という、

 信仰宗教に端を発する深い溝が、

 長い歴史を乗り込て尚、存在し続けていた。


 ナーヌス族やエルフォ賊はヒト族ではあっても、

 自然に対し畏敬の念を持ちその知識も深く、

 自然を愛する種族として、

 亜人族から好感を持たれている。


 人口が圧倒的に上回り、文明技術に勝るヒト族が、

 身体能力を誇る亜人賊を、

 事実上支配しているという構図が、今の世界情勢だった。


 世界中で行われている闘技場での戦いは、

 いわば、ヒト族と亜人族の友好的な代理戦争だと、

 誰もが気付いているだろう。


 格闘士と剣闘士の部では、世界中で亜人族が活躍していて、

 彼等の溜飲を下げている筈だとオレ達は認識していたのだ。


 キラの疑問はもっともだと俺も思う。


「キラ達がここに到着する前に」

 トバルは言いづらそうに吐露した。

「このところ生産量が落ちて気になっている、


 白蛍光岩の採掘場を管理している針土竜の獣人や、

 ここの老夫婦から聞いた話でごわすが……、

 交易品によって経済を立てていた、

 アヴィス群島の閑散とした現状は、

 アシオー島に原因があるでごわす」


 トバルの話を要約すると――、


 神聖ロムルス皇国海軍が海賊撃滅作戦と称した海上保安策の名目で、

 湾が一つしかなく周囲が断崖絶壁の無人島アシオー島に、

 城塞、城下町の建築を始めて、約4年近く経っていた。


 総指揮官はテュッレーニア海第4艦隊のフェリクス中佐で、

 この男の命を受けてアヴィス群島には、

 それぞれの海軍の将校とその一隊が派遣されたという。


 海軍は老人と16歳未満の子供を除く、

 島の壮年、青年の亜人族達を労働力として、

 アヴィス群島へ連行したらしい。


 それを免れたのは、海軍というよりも

 その部隊の将校個人に、金貨を握らせる財力のあるものだった。

 垂耳亭を一緒に経営していた老夫婦の息子夫婦も、

 当時12歳だった苺畑で働いている娘と4歳の息子を残し、

 アシオー島で強制労働についているという。


 こうした海軍の任務は、反乱・反抗されることを想定して、

 全員ヒト族で構成されていた。


 もし亜人族が加わっていたら、

 眼前で起こる暴挙を阻止するべく、己の命を賭けていたのは

 想像に難くない。


 そのアシオー島で現在建築現場を仕切り、

 ガリアス王国に向かう商船を拿捕しているのが、

 元海軍許りの海軍賊ウルティオー海賊団。


 正規海軍の将校と海兵は、ペルデレという大尉が一人と、

 配下30名しかアシオー島には残ってないということだった。


 彼等は、フェリクスに金貨を握らされ島で、

 遊蕩三昧に沈んでいるから、

 ウルティオー海賊団に頭が上がらない。


 従って、城塞にはウルティオー海賊団が入り、

 正規の海軍兵達は、城下町の屋敷がその身分により

 宛がわれている。


 結果、アヴィス群島の交易はほとんど動かず、

 島の亜人族達に経済は、ほぼ破綻している。


――という話だった。


「待ったフェリクスとウルティオー海賊団かっ!」

 オレはトバルの情報に眦を決した。

「あいつのことは今後、屁リクスと呼ぶことにする!

 臭い匂いがプンプンする奴だからな。

 屁リクス奴もいずれオレがぶっ飛ばすっ!もう赦さんっ!」


「がはははっ!」とロックが爆笑し、


「あはははっ!」とザザが腹を抱え、


 レイとキラは吹き出して笑い、


 トバルは「ゲラゲラ」大笑いした。


 ロックは笑いを堪えて

「ユキアやめとけ、あんな野郎にお前の拳はもったいねぇ。

 だがあいつは確かにどこでも問題を起こす奴だ。


 今回も海兵の稼働を減らし、

 その滞在費用を大幅に削減したことで、

 海軍内での評価を上げ、

 おまけにアヴィス群島からアヴィス群島から戻れた将校や海兵から、

 その返礼に金貨を手にした筈だ。


 辰は、俺が成敗するっ!」


 ※※※※※


 雷坊主バルバロッサをフェリクスが激怒させたことで

 ヴィオーラの死を招いたことをリックはまだ知らない。


 しかし、両社の因縁は祖霊zrンから浅からぬものがあった。


 その現実はロックの頭から消えない。


 ※※※※※


「惨すぎる話だ」レイは悲し気に目を伏せて俯く。

「働き手を島の老人からすれば、

 死ねと言われているような心情と、拝察できる故。

 島の亜人族が、ヒト族に憎しみを抱くのも仕方あるまい」


 ザザは椅子の上で膝を抱え、

「先人たちが築き上げてきたヒト族と亜人族との平和も、

 これじゃまた壊れてしまうでござる」


「全くでごわす」トバルは嘆息して、目線を宙で泳がせ、

「レイが言ったように、島の老人達は老骨に鞭を打って、

 仕事を再開したものの、若かった頃のように

 結果がついてこないでごわすから、働き手き手を失い、

 途方にくれているでごわす。

 

 それに加えて」アシオー島では、

 謎の病気が発生しているらしいでごわす。

 この宿の老夫婦の8歳になる男の子も、その病気と

 同じ症状みたいでごわす」


 「それはどういうことなの?


 キラの懸念にはロックが答える。


「亜人族達がそれだけ過酷な労働を強いられてるってことだ。

 体力が落ちて衰弱すれば、免疫力も低下するから、

 病気になりがちになる。


 それから体力が落ちれば、怪我をすることも多くなるだろう。

 謎の病気がどんなもので何が会原因なのか、

 オレに答えられないが、

 どんな病気になってもおかしくないってことだ」


「確かにそうでござるが」ザザは認めたうえで疑問を投げかける。

「アシオー島には、ウルティオー海賊団の船医がいるでござろう?」

「その通りなんだが」再びロックが応じる。


「奴は魔術委ではあるものの、解剖学・毒・人体実験の

 医学者と言った方が正しい。 

 然も海賊。

 ろくなものじゃねぇと思うぜ」


 トバルが沈痛な言葉を絞り出す。


「アシオー島には、アヴィス群島に8人しかいない精霊術医が

 毎日交代制で診察治療に励んでいるそうでごわす」

 

 トバルは一呼吸入れ、聲を顰めてる続ける。


「現状を打破する為に、無謀な暴動を起こそうと

 している島民一派も何時みたいでごわす。


 おいどん達のことも追い出したいようででごわすが、

 銀虎の獣人に変化しているレイや、おいどんの相棒、

 ステッラが一緒だから、手が出せないでごわす。


 彼等は自然を愛し崇拝する者だから、

 グリュープスのステッラに、畏敬の念を抱いているでごわす。


 トバルが話し終えたところに、

 丁度苺畑から女の子がやって来て、空いた沙汰を片付け、

 コーヒーや、紅茶を給仕した後、お辞儀してその場を去った。


 オレはその後ろ姿を見ながら

「あの女の子の弟の具合はどうなんだ?

 謎の病気と同じ症状みたいけど……」


 トバルは丸い目に涙を浮かべ聲を詰まらせて

「老夫婦の奥方が主にその子の看病をしているでごわす。


 じゃっどん、この村の精霊術医によると、もう何時危篤状態に

 なってもおかしくない、容態に陥っているそうでごわす。


 この病気の特効薬は、ウルティオー海賊団の船医しか

 調合できない層でごわす。


 薬の生産には一日当たりの限界がある為、

 値段も高騰しているでごわすから、

 入手すること自体困難な状況で、

 手の打ちようがないがないというところまで

 追い込まれているでごわす。


 このままだと、ここ数日間にも命を落とす可能性がある、

 と精霊術医が昨日逝ったそうでごわす」


 レイとキラはトバルの話を聞いて絶句し、

 怒りと悲しみを宿した瞳をオレに向けた。


 オレはチュチュの背中を撫でながら、

「なんかきな臭いな。


 どうしてウルティオー海賊団の船医しか薬を調合出来ないのか?」


 メラメラと緋隻眼を燃やす。


「同感だな」


 ロックは峻厳な面魂で疑義を呈す。


「他の法術医に薬の調合法を教えない理由は?

 ユキアが言ったように、何故奴等の船医だけがそれを知ってるんだ?」


 キラが論断する。


「ウルティオー海賊団の船医は、病気の原因を熟知していて、

 対応策を研究済みだってこと。


 腕は確かなようね」


 キラは皮肉ってから

「ユキアいつ出発する?


 この宿は一週間予約してあるけど、トバルの忠告に従うのが

 懸命だと思う。

 

 私達が島の住人達と問題を起こす訳にはいかない」


 オレはキラに言われるまでもなく、翌日には宿を出発し、

 任務を完遂して、また垂耳亭戻って来るつもりだったのだが……。


 ※※※※※


――ドーンッ!


 垂耳亭の入り口の扉を乱暴に蹴り開き、

 いかにもチンピラといった風体の若い男が二人、

 宿のどかどかと入って来た。


 1人はオオヤマネコの獣人で、

 もう1人は暗緑色の襟巻石竜子(エリマキトカゲ)の獣人。

 2人とも灰褐色の鰐革の武具を装備している。


 武器は見当たらないから、格闘士だろう。


 オオヤマネコの獣人は、宿の宿のオール(ロビー)バンコ(カウンター)の前に

 並んでいるディバーノの一つに深々と座り足を組む。


 襟巻石竜子の獣人は、その右脇で胸を張る。

 

 宿の牢主人や、大食堂の島民の情景を見れば、

 何故か二人の獣人達と友好関係にないことは明々白々だった。


 ところがたった一人だけ、チンピラ達を待ってましたと許りに

 急ぎ喜んで駆け寄る。


「こんばんは、べロッソ」

 牢主人の孫、苺畑の女の子だった。


「私、あなたが来てくれるのを、毎日、

 今か今かと待っていたの!」


 しかしオオヤマネコの獣人は、

「ルルン悪いけど今夜はお前の爺ちゃんに話しがあって来たんだよ。

 チャベ酒だ。ルム(ラム)酒が飲みてぇな」


 べ越訴に命じられ襟巻石竜子の獣人は、

「爺E、聞こえたか?」老人に「早く用意しろ」と顎をしゃくる。


 牢主人は黙って、双眼に帯びた怒気を隠し、ルム酒、氷、

 酒杯を用意した。


 が、べロッソの前、樫の卓子に少し手荒に置くことで、

 意地と犯行を示す。


「あの……べロッソ」

 ルルンは瞳にキラkラ耀く涙を一杯に溜めて、

「レレンのお薬は持って来てくれてないの?

 レレンの具合がどんどん悪くなていて、このままだと……

 れレンはもう……」胸の前で両手をギュッと組んでいルルンの姿は、

 まるで神に祈って縋っている姿だった。


 だがべロッソは冷然と

「ルルン、先刻言った通り今夜はその話で来たんじゃねぇから。

 薬は持って来てねぇよ。

 あの薬は値段が高くなる一方でだからさ、ドクター・ポイズンに

 譲ってもらえるよう交渉中だ」


 堪えきれず、、ルルンの双瞳から大粒の涙がポロリポロリと溢れていく。

「そんな……」、私、4回あなたに金貨を預けたわ。

 もう20万ドエルンも渡したのよ。

 いつになったら薬を届けてくれるの?」


「だから、その小悪党にに頼んでも無駄じゃと儂は言うたんじゃ!」

 牢主人はしかめっ面の前で手を振った。


「何だと!?」べロッソが噛み付く。


「訊き捨てならねぇ話だな。

 だったら爺ちゃん、あんたがアシオー島に行って

 ドクター・ポイズンと交渉しろよ。

 ま、相手にもされねぇだろうが」


 牢主人が怒鳴った」

「島を裏切って海賊の手下に成り下がったガキどもがっ!

 恥という言葉を知らんのかっ!?」


 べロッソは酒杯に酒と氷を入れて、それを呷った。


 んなものは知らんっ、とべロッソは平然とした態度で示す。


 トバルが重そうに口を開く。

「ウルティオー海賊団がアヴィス群島仕切るようになってから、

 フェリクスの策で島の青少年達を、

 手下に引き入れているでごわす。

 戦闘力の高い亜人族達は、ウルティオー海賊団を増強するには

 打って付けでごわそう。

 青少年達も、過酷な強制労働から解放されるから、

 海賊になることを受け入れる者は、少なくなかったようでごわす。

 但し、手下になることを希望した者は、

 ウルティオー海賊団の剣闘士、格闘士、法術士、いずれかを

 選択し、海賊との戦闘試験を受け、引き分けるか、勝つことが

 仲間入りの条件となっているようでごわす」


 ロックが苦々しく口を挟む。

「奴の考えそうなことだ。悪賢い野郎だぜ」


「まーた屁リクスかっ!」

 オレは怒髪天を衝く勢いで、

「やっぱり屁リクスを野放しには出来んっ!」


「そのフェリクスでごわすが、」

 トバルがさらに情報を加える。

「手下にした者の一部にアヴィス群島で16歳なった

 若者達をアシオー島に連行させたり、

 使い物にならなくなった労働者を出身地の島に送還しる役割を

 与えている層でごわす。

 あの2人も、ウルティオー海賊団のの手下だと言った牢主人の

 話は本当でごわす」


 トバルの話にオレも納得した。


 そういうことなら、同じ亜人族だとしても関係は悪化するだろうな。

 然もルルンという苺畑の女の子から、金貨を奪って

 薬を渡さないとか、俺には許せないな……。


 かといってこの話に行くなり割り込むのも、

 土かってところだし……。


 さて、俺はどうするべきか……?

 

 牢主人の痛罵に、チャベが襟巻を広げて威嚇する。


「おい爺っ! 兄貴への口の利き方を知らねぇのか?

 俺がそのよぼよぼの体にわからせてやるっ!」


「じぃじもチャベもやめて!」ルルンが泣きじゃくりながら叫ぶ。


「べロッソはウルティオー海賊団の仲間だから、

 べロッソにお願いするのがいいのよ!」


 べロッソは我が意を得たりと許りに、ずけずけと話し始めた。


「レレンの薬を入手したいなら、オレに頼む他にも方法はあるぜ?

 薬代も日に日に値上がりしてて、俺もドクター・ポイズンとの

 交渉に困ってるしな。

 ルルン知りたいか?

 但し、教えるなら今までの交渉費用と情報提供料として、

 20万ドエルンは俺が頂く」


 べロッソの理不尽な暴言は俺達の心魂に、憤怒の火炎となって

 ガンガン燃え上がる。


 が、口を挟むきっかけがない。

 

「べロッソ、私知りたい!」

 ルルンは逡巡すことなく即答した。


 べロッソは底意地悪そうに、

 にんまりと笑ってぬけぬけと言い放つ。


「ルルン、年老いた爺ちゃん婆ちゃん、

 十秒で寝たきりのレレンの為に、

 それからお前自身の為にも、俺はウルティオー海賊団にお前が

 16歳だってことを隠してる。

 アシオー島じゃ俺達亜人族は、家畜並みの扱いだからよ、

 ルルンだったら1週間で倒れちまうぜ。

 けどよ、もしそうなりゃ、

 ドクター・ポイズンに会えるんじゃね?

 うまくいけば、薬も手に入るんじゃね?」


 老主人は聲とk¥全身を震わせて、

「なんてことをほざくんじゃっ!

 アシオー島へルルンはいかせん!

 お前には口止めの金貨を払ったじゃろうがっ!」


 べロッソは人差し指と親指で持って口に運び、

 二口程飲んで呆れかえっている。

「あんなはした金で、どうにかなるって本気で思ってたのか?

 あれは口止めの頭金っしょ?

 30万ドエルンなんて海軍将校や、

 俺達ウルティオー海賊団に金貨を払った連中の、

 10分の1じゃんか」


 トバルが説明したように、

 交易がほとんど途絶えてしまってるオロル島で、

 垂耳亭で宿を求める客は激減していた。

 

 宿と様々な果樹園、苺畑、大麦、小麦を維持し、

 妻と二人の孫を養い、レレンの診断費をねん出するので

 精一杯の牢主人に300万ドエルンもの大金を払える筈がない。


「よくもそんなことが言えたもんじゃ!」

 老主人も負けずに怒鳴り返す。

「ウルティオー海賊団にお前がしていることがばれたら、

 ただじゅすまんぞっ!}


「じゃ、アシオー島に行ってチクれよ。

 その代わりルルンは強制労働ってことになるぜ?」


 悪びれもしないべロッソに、牢主人は激昂の形相に歪む。


 老主人は、一体何事かとやってきた老婦人が、

 自分の上着の裾を引っ張るのを振り切り、

 べロッソの前の卓子を引っ繰り返す。


――ガチャーン!

――パリン!

――ガーン、ゴロゴロ……。


 ルム酒の酒杯や酒瓶がわれてまろび、氷が落ちる騒音の中、

 老主人はこの勢いを殺さず、

 小さな体ごとその心魂をぶつけるが如く、

 体当たりしながら殴り掛かった!


 が、べロッソは瞬発的に反撃する。


「何すんだよっ! 糞爺っ!

 頭がおかしくなったんじゃね?」


 老主人は腹に膝を喰らい、

 顔面にはオオヤマネコの獣人の爪痕が

 左頬に刻まれ出血している。


 更に右顎へ強かな鉤突きでなぎり飛ばされて、

 ばたりと、と床に倒れてしまう。


 ルルンは祖父に駆け寄って覆いかぶさり、

「やめてっ! じぃじに酷いことしないでっ!}と叫び、

「私、アシオー島に行く」

 静かにきっぱり言い切った。


 その聲には、誰の耳にも揺ぎ無い強き意志が

 宿っているのが伝わる。


 それだけに、皆が口を閉ざして垂耳亭は

 静寂に陥ってしまったのだが……。

 

 その沈黙を破ったのは、幼い子供の震える聲だった。


「お姉ちゃん……行っちゃっ……駄目。

 ボク……大丈夫だから……」


 危篤状態で寝台で寝たきりになっている筈のレレンが、

 息も絶え絶えにオールのバンコの脇に両手をついて懸命に、

 ふらつく小さな身体を支えている。


 貌はやつれ果て、血の気がなく、

 元気なら絹のような毛並みの皓さも

 耀きを失っていた。


 やせ細ったその脆そうな小さな体は、

 寝巻の上からでも、骨ばっているのが窺える。


 そこに生気を探すのが難しい程に。


 それでも幼きレレンは、たった一人の姉ルルンと祖父を

 守る為に、自らの命の限界に挑み、

 必死で踏ん張っている!


『限界を超える』と容易く口にするのは間違いだとを、

 オレは自分の目の前で見ていることに気付く。


『限界を超える』とは、今のレレンのように

 己の命を賭けて、その生命に自らの心魂の信念を

 ねじ込んで闘うことなのだと。


 簡単に且つ、軽々しく口にしていい言葉じゃない。


 オレは、他の5人も自分を似た思いを

 抱いているだろうと感じていた。


 だが、2人の獣人にそんなことは全く伝わらない。


「レレン、お姉ちゃん想いのいい弟じゃん」

 白々しい醜悪な作り笑いを、恥ずかしげもなく

 浮かべている。


「俺もよ、この島で一番の宿の経営を考えれば、

 ルルンをアシオー島に行かせちゃいけないって思うぜ。

 だからよ、じぃじにもう少し金貨をオレに払うように

 頼んでくれねぇか?

 そしたらお前の薬のことも考えてやるよ」


 チャベも「レレン兄貴の言う通りだぜ。

 ルルンの件も薬の件も解決するぜ」と駄目押しするが……。


「ボク……、じぃじにそんなこと言わ……ない、

 お姉ちゃんも……行かせない……。

 ボク……パパンとママンに……、お姉ちゃんと……はぁはぁ……

 じぃじ、ばあばを……守るって約束……はぁはぁ……したよ……」

 まだ8歳とは思えない、清々しく凛とした

 目力を放つレレンだったが、その姿はあまりにも痛々しく、

 心ある者達の涙を誘う。

 

 島の老人達には嗚咽している者達もいた。


 レイとキラは双瞳が真っ赤になっている。


 ザザは膝の間に貌をうずめ、ロックは瞑目し、

 トバルは頻りに目頭を押さえている。


 席から立ち上がり仁王立するオレの

 緋隻眼から流れ落ちる雫を、チュチュが優しく舐めていた。


 その緋隻眼には憤怒の炎がメラメラと熾り、俺を突き動かす。

 

 レレンは、病に侵されもう既に自分の意志だけでは

 自由にならない筈の小さな体を引き釣りながら、

 おぼつかない脚ぢりでらだひたすらにただ直向きに、

 一歩一歩祖父と姉の方へと向か始めた。


 その姿を見た老婦人は泣き崩れてしまう。


 べロッソはは苛ついた言葉付きで、

「レレン言ってくれるじゃんか。

 けど、お前は何も守れない」

 意地悪く床を激しく踏み鳴らす。


――ドンッ!!


 レレンは首を竦め、ぐらりとよろめいた。


「や、レレンは守れるっ!」


 一尾始終を見ていたオレは、到頭堪えられず俊足で

 そこに現れ、レレンを抱き上げる。


 触れただけで、レレンがひどい高熱に

 苦しめられているのが直ぐにわかった。


 肩で微かに息をして、ぐったりとしているレレンを、

 滂沱してながら両手で顔を覆っている老婦人に戻す。


 オレは老主人とルルンを立ち上がらせると、

 4人を背にしてべロッソに向き直った。


「お前等、ウルティオー海賊団の者か?」


 無表情のオレだったが、

 低く抑えた聲がその心魂を貫く感情を、

 はっきりと表している。


 悲しみと怒りで張り裂けそうな心魂い、

 義憤の滅場が目覚めていることを。


 大食堂の老人達は、思いもしなかった展開に、

 一度皆息を呑んでいる。


 べロッソはオレに自分の顔面をスレスレまで近づけ、

「ひ、ウルティオー海賊団ですが何か?」

 挑発的な言葉と態度で応じ返す。


「そいつは良かった」

 オレの緋隻眼に炎怒が暴発する。

「お前らはオレの得物だからな」


「なんだそりゃ? どういう意味だ?

 つーかよ、てめぇが何様の心算か知らねぇが、

 頭逝ってんじゃね?

 よそ者の然もヒト族が、余計なことに首を突っ込んでると、

 航海することになるからやめた方がいいと思うぜ」


 べロッソがウルティオー海賊団の一員なら、

 戦闘試験に合格してるからだ。


 それは格闘士として、それなりの実力があることを

 示している。


 が、俺にはそんなことは関係ない。


「俺は何様でもない」

 オレの聲は静穏な韻律で

「通りすがりの海賊だよ」

 でもオレは目障りな海賊を目の前にして、

 素通りできる程、人間ができちゃいない。

 序にはっきり言っておく。

 ルルンをアシオー島には行かせないし、

 お前達に支払う金貨は1枚もない」


「おいおい、何だって?

 べロッソは自分より一回りは小さいオレに対し、

 余裕の態度で

「お前が海賊ぅー?

 もしかして港で見たあの布目が、

 お前らの船ってか?

 あんなの海賊船って言えねぇじゃねぇじゃん。

 商船を改造したおんぼろ船じゃね?」


 べロッソの発言に、キラが珍しく「チッ」と

 舌打ちして苛立っている。


 べロッソのオレに対する馬頭はしつこい。

「それよりよー、ルルンをアシオー島に行かせないとか、

 あんな舟に乗ってる奴が、

 偉そうに何勝手なこと決めちゃってくれてんの?

 おいチャベ、俺達献花売られてんな?」


 チャベはニヤついて首を縦に振り、

「うん、売られてるぜ。兄貴」


「喧嘩売って来たのはお前等だろ」

 オレの声色は一段と低くなっている。

「でも今なら見逃してやるから、ここから出て行け」


「見逃すだと?」

 7フィート強の肉体を誇るオオヤマネコの獣人が

 血相を変えた。

「誰に向かってモノ言ってんだ? この野郎ッ!」


 べロッソがいきなり渾身の力を込め放つ右の直突き。


――ゴッ、パキンっ!


 鈍い音に続き、枝を折った乾いた音と同時に「ガッ!」

 べロッソは貌を歪める。

 オレは、べロッソの拳をかわしもせず、

 狙いすまして右肘でそれを受けた。


 ウルティオー海賊団の戦闘試験にご威嚇しただけあって、

 恵まれた巨躯が振り回すその拳の威力は

 それなりのものだろうと、俺も逆賭sている。


 だがそれがかえって災いしていまう。


 肘は踵と並び人骨の中で強堅とされている。


 べロッソの拳は、オレの防御と攻撃を兼ねたその右肘の

 逆撃見事に破壊され、見る見るうちに晴れ上がった。


「四阿羽黒流柔剣術『逆鉄(さかがね)』、

 自分の痛みは感じても、他人の痛みは感じないのか?」

 オレはべロッソに諄諄と説く。

「よく覚えておっけ。

 お前が今感じている痛みが何を証ししているのか、

 教えてやる。

 誰かに与えた理不尽な痛みは、より大きな痛みとなって、

 己自身に戻ってくる。必ず」


「糞生意気なこと言ってんじゃねぇよ!」

 べロッソは怯まずの吠えた。

「オレの拳がまだもう一つ残ってんのが、その片目じゃ

 見えねぇのかっ!」

 オレはこの拳でのしあがって来た。

 お前なんかこの腕一つで倒せるし」


 オレは訊く耳を持たないべロッソや追従するチャベも

 哀れだと思う。


 俺と総年齢も離れていないこの二人も、

 最初は被害者だった。


 あの屁リクスの奸計に嵌まって、ウルティオー海賊団の一員と

 なったのだから。


 できれば俺の拳を撃ち込みたくない。


 そう思っていたからこそ、戦意を喪失させるよう

 坂肘で王したんだけどな……。


 もう一度警告しておこう。


「腕力があっても、肘引いて拳を振り回してるようじゃ、

 俺を戴すことは出来ない。

 だからここから今すぐ出て行け。

 そうすれば、今夜はお前を見逃す」


 が、べロッソは右肘を引き

「うるせぇー!」

 遮二無二放つ右の直突き!

 

 しかい、腕を突き出したまま、前のめりに倒れてしまう。


 その口から噴き出した泡に、血が混じって滲んでいる。


 一撃必殺の影月だった。


 それをしるものは、レイ、ザザ、ロック、

 キラ、トバル氏じゃいない。


 大食堂から凝視していた島の老人達は、

 驚愕して騒然としている。


 一回りべロッソより細いが、身長は7フィート強のチャベは、

 兄貴分を抱きかかえた。


 兄貴分が瞬殺されてという事実に、怖気づいた様子はない。


 だが、兄貴分の仇を討とうという雰囲気は全くない。


 それがオレは気になったが、闘う必要がないなら、

 その方が無論よかった。


「ここから出て行ってくれるんだな?」

 オレはチャベに問いかけた。


 チャベは襟巻を広げ、

「いいか覚えておけよっ、お前は俺達ウルティオー海賊団だけでなく、

 この国の海軍に喧嘩を売ったんだ。

 俺達はこの国の海軍賊なんだぜ。

 それを忘れるなっ!}

 と喚き散らす。


 オレはその捨て台詞を心に留め、憐憫の情感を溢れさせながら、

 静かに言った。


「じゃあ、オレの名を教えておく。

 オレはユキア・ヴェルス。

 悪いけどオレも海賊だ。

 それを忘れないでくれ」


 チャベがべロッソを抱きかかえて出て行くと、大食堂の老人達が

「何てことをしてくれたんじゃ!

 ウルティオー海賊団が報復に来たら、

 どうなりかわかっとるんか!?」


「チャベが言った通り、海軍だった黙ってないぞ!」


「この島に最悪を持ち込みおあって!

 お前等こそ出て行け!」


「儂らまで巻き込まれるのは間違いない。

 海軍のフェリクスやウルティオー海賊団はそういう連中なんじゃ!」


 老人達の怒声に対し、凛々と立ち向かう言葉が

 それを止めた。


「じゃ、じぃじやレレンが酷い目にあっても

 良かったっていうの?

 他の誰かが、じぃじやレレンを助けてくれたの?」


 ルルンの声涙に誰一人言い返せない老人達。


 しかし、老人の一人、梅の老人がきっぱりと言いきった。


「じゃがこうなった以上、島長には報告すべきじゃろう」


 梅の老人は、宿の老主人に会計を頼んで支払い、

 宿から出て行った。


 おぁの老人達もそれに倣い、

 梅の木人の後を追って宿を飛び出していく。


 ※※※※※


 騒動の後レレンは自室に戻ることを拒んだ。

 

 大食堂でユキア達の卓子を、

 垂耳亭の老夫婦とルルンが椅子を持ち寄って囲んだ。


 ルルンは、ユキアとキラの間に入り、

 愛おしそうに膝の上でレレンを抱いている。


 老夫婦はその後ろで孫達を見守っていた。


「ユキア兄ちゃん……」壊れそうな体でレレンは精一杯の

 微かな笑みを零し

「お姉ちゃんやじぃじ、ばぁばを守ってくれて……

 はぁはぁ……ありがとう。

 ボク何も出来なかった」


「違うよレレン」潤んだ緋隻眼は今にも涙が零れそうだった。

「守ったのはレレンだ。俺じゃない。

 レレンの皆を守りたいっていう心持ちと、

 覚悟を持った勇敢な言動が、この結果を引き寄せたんだ」


 キラが慈愛溢れる眼差しで、レレンの右手を包んだ。

「人の強い気持ちや思いが波動となって、

 他の誰かの心魂の波動と触れ合う時、神はそれを

 実現する為に必要な力を与えて下さる。

 レレン、あなたは神に愛され、奇蹟を起こしたことを

 誇りに思うべきよ」


「ありが……とう」レレンは不思議そうに、

「でも、……はぁはぁ……ユキア兄ちゃんなら……はぁはぁ……

 ボクがいなくても……はあぁはぁ……守ってくれたよ……ボクわかる

……もん……」


 黒蒼眼のロックは嬉しそうに顎を引く。

「レレン、北の言う通りだ。

 だが、レレンの言う通りでもある。

 べロッソが義烈の人、お前のお爺さんに膝を入れた時、

 ユキアはもう立ち上がっていた。

 でもなレレン。

 お前のお爺さんは、カッコよかったぜ。

 レレン、お前はその血と稟質を確りと受け継いでいる」


 レレンは黒蒼眼の眸を持つロックを見て、

「ボク知ってる……この人は……はぁはぁ……モノマキアの

……はぁはぁ……絶対王者ロックス……はぁはぁ……

 本物に会えて嬉しい……」

「レレン実はな」

 ロックは聲を顰めて

「ここだけに内緒の話だが、オレの本当の名は

 ロック・マリスだ。よろしくな」


 ロックとレレンの会話をにこやかに訊いている老主人に、

 ルルンは目を三角にした。

「じぃじ、王に度とあんな無茶はしないで!」


 孫娘に叱られて、老主人が慌てて頬の傷を隠す。


 が、老婦人が隠したその手を引っ張って、

 傷を指差すと、一同に笑いが広がった。


 レイが老主人の頬に手を当て、優水癒法ノ術で傷を癒す。


 傷は浅かったので、完璧に治癒した。


 老主人が「ありがおうございます」レイに感謝する。


「ユキア兄ちゃんは……」レレンは真剣な眼光で、

「本当に……海賊なの?……はぁはぁ……」


 「うん。オレは海賊だ」

 オレは躊躇うことなく認めた。


「でもオレは、罪なき人々を襲う海賊達を、

 獲物にする海賊だよ」


 レレンの両眸が、一瞬眩く輝いて光る。


「ユキア兄ちゃんは……はぁはぁ……正義の海賊なんだね。

 ボクも……ユキア兄ちゃんの仲間になり……たい。

 ウルティオー海賊団……海賊団みたいな……はぁはぁ……

 悪い海賊と闘いたい……はぁはぁ……ユキア兄ちゃんみたいに

 ……はぁはぁ……」

 オレは幼いけれど勇気の巨厳のレレンを前に、

 己の信念を貫徹させなければならないと改めて覚悟をする。


「よし! 今日たった今から、レレンは俺達に仲間だ。

 だから無理しないで、まずは病児と闘え。

 病気が治ったら、オレ達の船に乗せてやる。」


 オレは敢えて一呼吸置き、終に決然と断を下す。

 

「まだ海賊団の名前を決めてなかったけど、

 レレンが仲間になったのにそれじゃまずい、

 どこの海賊団の仲間になったのかわからないと

 レレンが困るだろう。

 だから」今決めた。

 それを発表する!」


 オレのこの発言に、レイ、ザザ、ロック」、キラ、トバルも、姿勢を正す。


「俺達は『緋炎海賊団』だ!

 緋く燃え盛る炎の如く、熱き義勇の心魂を熾そう!」


 面々の注目にオレは気付き照れ臭くなった話題を変えた。


「「レレン、俺達緋炎海賊団の船は、

 世界一の船大工達が、腕を振るって建造してくれてるんだ。

 緋糸の鮮烈な船体に、金の装飾が際立つ、

 カッコイイ船だから、きっとレレンも

 気に入ってくれる地思う。


 ようやく決まった海賊団の名をレイ、ザザもそれぞれの

 心魂に刻み聲を揃えた。

「「緋炎海賊団!」」


 するとレンンも

「ひえん……かいぞくだん」と続く。


 ロックは何か言いたそうだったが、歯を食い縛って

 沈黙してしまう。


「ユキアに相応しい名前ね。」

 キラは自分のことをみたいに喜んでいる。

「建造中の船荷もピッタリだし!」


「じゃあ、緋炎海賊団の特攻隊長を務めるオイラが」

 ザザはきりッとした眉目で胸を叩く。


 ロックが「おいおいザザ、ユキアがいつお前を

 特攻隊長にするって言ったんだ?」

 なぜか少し寂し気に突っ込む。


 ところが「いやそれでいい」ユキアが事後承認した。

 

 ザザは鼻高々に

「ご拝命有難き幸せにござる。

 これよりオイラ、ザザ・ヴォラーレはレレンと共に

 緋炎海賊団の先鋒として、この身命を賭し闘う所存!」


「ボク……一番弟子……はぁはぁ……でござる」


 レレンは然も嬉しそうに誓う。


「レレンお主は」

 レイが穏やかな声色で

「その為にも、今は体を労わらなければならぬ

 我等は、今日から緋炎海賊団の仲間だ。

 私は、レイ・ネブラという」


「ユキア船長……ザザ隊長……、レイ兄ちゃん……はぁはぁ……

 ボク病気に勝ちたい……でござる。


 その時チュチュがオレの左肩の上で「ワンっ!」一声吼えた。


――私も緋炎海賊団の一員よっ! 言っていることを、

 その場にいる者が皆感じて、穏やかな羽津が日理がっていく。


ザザ、レイ、チュチュの聲にレレンは眸を潤ませて喜んだ。


 が、その直後、レレンは突然弾かれた様に、前へ倒れ、

 激しくせき込んで吐血した。

 その小さなやせ細った体から想像することが困難な

 大量の血が床一面に広がっていく。


 その血色は健康なものと比べると明らかに薄く、

 極度の貧血状態に陥っていることが、一目瞭然だった。

 然も、生命の危険がすぐそこに迫っていることを

 痛切に感じさせる血液量――。


 ルルンが絶叫!

「レレン! 大丈夫!? しっかりしてっ!」


 ぐったりした弟の身体を抱きしめて、

 その消えかかった虚空を彷徨う追いかけ、

 口から零れ落ちる血歔欷しながら必死になって拭いている。


 忍術医の知識が豊かで回復治療系の術が熟達している

 レイが駆け寄り、レレンの胃の辺りに手を置く。


 優水治法ノ術でチャクラを流し込み、吐血は泊まったが、

 病を治癒したわけではない。


 原因が判明しなければ、どんな術治療をするべきじゃ、

 断定できないのだ。


 術によっては、悪化させる可能性もある。


 老婦人は、だらりと下げた孫の手を両手で握り頬の当て、

 あふれる涙が止まらない。


「レレン、パパンとママンが返ってくる前に、きっと元気になるって

 ばぁばぁと約束したよね? レレン聞こえてる?」


 老主人は島の精霊術医にセルモで連絡し、診察に来て貰うよう

 依頼した。

 孫の姿を見て目頭を押さえている。


 くりかえし、ルルンンと老婦人が何素も聲を掛けるが、

 レレンの反応はない。


 レレンの声明は燃え尽きて、その心魂は新たな旅立ちを

 仕様としていた。


 折しもチュチュがオレの左肩から飛び立つ。不可思議なことに、

 四肢を紫炎が覆っている。


 レレンに向かってチュチュは、横になった小さな体の心臓辺りにすっと

 降り立つ。


 紫炎はレレンをふんわりと包んで煌めきながら消えた。


 皆目にした光景に吃驚している。


 許りか何とレレンが両眸を開き、かすれたもえを絞り出したのだ。。


「お姉ちゃん……じじじ……ばぁば……心配しないで。この聖獣が

 もう少し……ボクに時間を……はぁはぁ与えてくれたよ……」

 レレンはチュチュの背を撫でた。


 チュチュはそこをそっと離れ、オレの左肩に戻り翼を休めた。


 キラ、レイ、ザザ、ロックトバルは、

「聖獣というj¥言葉にチュチュを凝視するが何も言わない。


――チュチュが聖獣?

 人語が離せないのに?

 口寄せしてもないのに?


 オレはチュチュが何の聖獣なのか、どうして人語を話さないのか?

 口寄せしてないのに何故いつもオレといるのか、

 レレンに沿いたい衝動人¥駆られたが、

 それは出来なかった。


 レレンがかすれた聲で再び口を開いたから。


 オレはチュチュンの顎の下を優しく撫でその言葉に

 耳を傾ける。


 今、正に尽きようとしている者の残された時間を、

 オレが奪う権利はない。


 他の皆も同じ気持ちだろう。


 チュチュは喉をゴロゴロ鳴らしている。


「ボク……パパンとママンに……会いたかったけど……」

「元気になttら会えるよ!悲嘆の涙が止めどなく溢れる

 ルルンの悲鳴にも似た叫び。


「だから、病気なんかに負けないで! 

 諦めちゃ駄目」


「でも、はあはあ……それはもう……無理みたい…………。

 言いたいことが……ある……はぁはぁ……から……」


「レレン!」

 ルルンの聲は悲痛のあまりに狂乱近い。


「じぃじ、ばぁば……、はぁはぁ……パパン、ママン……

 みんな大好き……ありがとう……はぁはぁ」


 ルルンはレレンをぎゅっと抱きしめ

「嫌っ!そんなこと言わないで!!」


 目の前の現実を否定するべく、涙溢れる瞳を閉じた。

「お姉ちゃん……ありがとう……姉ちゃんは……優しくて

 ……美人だし……ボク大好きだよ……」


 レレンの儚い微笑が、それを目にした者の

 涙腺を決壊してしまう。


 そんなこと言わないでっ!」ルルンは号泣。


 ケルズの神に願う。


「ケルズの神よ、太陽神ダグサ様、ルルンを

 闇の神ドウンノ手に引き渡さなないでくださいっ!」


「代わりに私の命を捧げます。

 だから」レレンの命を救ってくださいっ!!」


 が、レレンはルルンの切望に耳を貸さない。

「ユキア船長……ありがとう……ボクを……はぁはぁ……

 緋炎海賊団の仲間にしてくれた」


 オレの心魂に、メシア教の信仰に入ってから、

 神に対する怒りに似た感情が沸々と湧いた」


 オレは」得心ができない。


 ない故に命を落とさなければならないのか?

 

 こんなにも純粋無垢でありとすれば現在以外にない、

 勇敢で小さな義人をどうして神は

 救って下さらないのか?


 神よ! どうかレレンを救ってください。


 俺達の船にレレンを乗せてあげたいのです。


 オレは赤心から祈りを捧げる。


「私はいらない。

 レレンは私達緋炎海賊団の仲間だ.

 だから生き続けて欲しい。

 力なくかぶりを振ったレレンに、堪えきれずオレの涙が堰をきった。


 「ザザ隊長……」ルルンは呼吸すること困難そうだ。


「レイ兄ちゃん……はぁはぁ……ボク、海賊だ……

 制銀海賊……はぁはぁ……なんだ。

 はぁはぁ……弟子にしてくれて……仲間にもしてくれて、

 はぁはぁ……ありがとうでござる……」


 ザザもレイも、涙涙とと零れる雫を拳で根食いながら

 頷くのがやっと。


 ★★★レレンは眸の耀きが暗くなって浮く中、

「本物の……格闘王……ロックに……会えてよかった……ありがとう……」


「オレもありがとうな!」

 ロックは堪えている涙を零さないよう上を向き

「レレンみたいな勇気ある海賊出会えて嬉しいと思っている!」


ありがとうと言う感謝の言葉を繰り返すレレン。


 にっこり笑った後、深く息を吸い込む。

 

 やせ細り幼い体に残っていた僅かな気力で、

「お姉ちゃん……ごめんね……」



 レレンは閉じた両眸から眩しい程に耀く美しい

 涙のしずくを落として、

 到頭……静かに息を引き取った――。



 オレは、レレンの最後の言葉に触れて気付く。


 人間は、誰もが何らかの役割を持って、この世に誕生する。


 人生とは、その長短で一喜一憂するものではなく、

 神から享受した役割を果たす為の尊い刻限なのではないかと。


 レレンは正に己の限界を超え、祖父母や姉を守った。


 その務めを完遂したからこそ、神はレレンを

 お召しになったのだ。


 だからレレンは、一足先に天国に行くことを、

 ルルンに、ごめんねと伝えたのだろう。


 その証左にレレンは死を全く恐れていない。

 

 魂魄が抜けたレレンの安らかな顔容には、喜びを湛えた笑みが

 零れている。


 なんとなれば、天国はこの世界より素晴らしい世界なのだから。


 では、例えば事故や殺人、船窓や天災で命を落とす人は

 どうなのか?


 犯罪に巻き込まれ、命を落とす人はどうなのか?


 その答えをオレは今持っていない。


 でも、必ずいつかそれを神が、オレに悟らせてくれるだろう。


 この信仰を守るならば。


 ※※※※※


 ――翌日。


 雲からやってくるさらさらとした潮風のささやきはなく

 山を吹き抜けるざわざわとした青嵐のからいもない。


 垂耳亭には、限りなく透明な、清き悲しみが漂っている。


 午前中から通夜と、明日の葬儀の準備が、粛々と進められ、

 俺達一行も手伝う。


 その夜は垂耳亭の二階にある大宴会場で、レレンの通夜が行われた。


 老夫婦とルルンはレレンの棺の側で、幼き海賊になるまでの

 思い出話をオレ達に語る。


 レレンが垂耳亭の果樹園をこよなく愛し、つまみ食いしながら、

 楽しそうに仕事の手伝いをしていたという話。


 だから、果樹園で実る全ての果実の味効きは完璧で

 収穫の良否も正確にできた。


 ルルンは、

「私、その技をレレンに伝授されてるの。

 フルッタのトルタや、ジェラート作るときに役立っていて、

 とっても助かっているの」

 声涙共に語る。


 心根の優しい子で、約2年半前にアシオー島から


 戻って来たレムスの商人が重い病気を患った時も、

 死に至るまで看病していたという。


 その病は、アヴィス群島一の精霊医さえ首を捻った。


 前例のない難病だったとのこと。


 高熱と吐血が特徴で、精霊術医達が特別に処方した、

 解熱役を投与して熱が上がるのを、 

 できるだけ防ぐしかなかったのこと。


 レレンの病気はその商人と全く同じ症状で、

 原因は不明だが、それが移されたのは間違いなかった。

 

 然も、現在では燃熱病と呼ばれる、この病に対する

 特効薬がある。


 ところが、特効薬はウルティオー海賊団の船医しか

 製薬できず、一日当たりの生産量には限界があった。


 加えて、患者が増加し続けているから値が吊り上がり、

 予約待ちの中、入手は困難を極めているという。


 だからレレンは予約は入れていたが島の精霊術医のするしかなく、

 滅を完全に下げることも、吐血を止めることもできず、

 衰弱していた。


「レレンは」ルルンは涸れ果てることのない涙で、

 目を真っ赤にして、

「日に日に貧血が酷くなって、どんどんやせ細っていったの」


 老主人は魂魄の抜けたように、

「レレンは一度も読姉をはかなんだ、

 それどころか、客足がへった垂耳亭と両親の安否を

 いつも気遣っておった」


 老婦人は、

「優しくて両親が連行された時も涙をぐっとこらえていたの。

 あの子が涙を見せたのは、昨日息を引き取った時が

 初めてだった。

 きっと、私達のことを案じたんだと思います\」


 レレンの生き抜いた日々を老夫妻とルルンの涙面は、

 これ以上なく優しくて、オレの心魂を揺さぶる。


 1日も早くこの人達に、笑顔が戻って欲しい。

 レレンは最後まで感謝の気持ちを持ち続け、


「ありがとう」


 を繰り返していたのだから。


 その為にも、ウルティオー海賊団をぶっ潰して、

 アヴィス群島の亜人族を解放する。

 

 奴等が神聖ロムルス皇国の海軍賊だってことは、、

 キラから冒険の話を受けた時からわかっていた。


 その現実を認識したうえで、キラはオレ達に

 冒険の依頼をしてきている。

 

 つまり、奴等を叩き潰しても、

 神聖ロムルス皇国海軍は動かないってことだ。


 何故なら、kらは神聖ロムルス皇国の元老院議員達との

 付き合いがあるし、サンクトゥス銀行の小切手を

 持っているけど、それらを全て失うようなことは

 しないはぅだから。


 憶測だが、マンゾ一派の残党とキラは何らかの

 あるんじゃないだろうか?


 それにきっと、ロックが睨んでいるように、

 ウルティオー海賊団は海帝との結びつきがあるからこも、

 ある程度は知っているんじゃ谷ないだろうか?

 ということをキラは知っているに違いない・


 ※※※※※



――通夜が明けた。



 垂耳亭の大宴会場での葬儀には、金貨で強制労働を免れた

 者達を含め島中から、

 亜人族が訪れている。


 中には、アヴィス群島の他の島、バッセル島、コムルス島、

 ヒルンドー島等からの弔問客もいた、


 誰もが皆、幼い子の命が儚く散ったことを心から痛んでいた。


 が、その反面、薬を入手出来なかった不条理が死を招いたことに

 胸の奥で強い怒り招き、

 名状し難い緊張があった。


 レレンの棺は、果樹園が一望できる丘に埋葬される。


 オレはそれが嬉しかった。


 ここなら、きっとレレンも喜ぶことだろう。


 墓碑のには、緋炎海賊団の義人、レレン・プリス、ここに永眠す、

 と刻まれている。


 告別式とその片付け終わると、トバルは再会を約して、

 聖獣グリュープスの相棒スッテラと島を離れた。


 その時を待っていたのだろう。


 垂耳亭の大食堂でレレンの死という悲しみに沈むオレ達の前に

 亜人族が姿を現す。

 

 長い髭を生やした島長だという縞山羊の置いた獣人が

 お供を数人引き連れている。


 その中に、一昨日の梅の木人と何故かチャベの姿もあった。


 コホンッ――と咳払いして、島長は重々しく口を開く。

「もう知っておろうが、わし等はアシオー島に関わる問題で

 ヒト族とは一触即発に近い。

 ウルティオー海賊団はのみならず、

 ひいては神聖ロムルス皇国の海軍とも同じ状況じゃ」

 

 お供の者達が一様に首肯する中、宿の老夫婦とルルンも、

 何事かと駆けつけてくる。


 島長はアヴィス群島でその名、

 コニー・プリスを知らね者はいない、垂耳亭の牢主人に

 目礼をして敬意を示し、

「子に―、すまんが口を挟まずにいて欲しい」

 老主人の口を封じる。

 

「ウルティオー海賊団は神聖ロムルス皇国の海軍賊じゃ。

 然るに君はウルティオー海賊団はのべロッソに暴行を加え、

 自らを海賊と名乗っている。

 わしは、ウルティオー海賊団と神聖ロムルス皇国海軍と

 今揉めることは望んでおらん。

 わし等がかなう相手じゃないからじゃ」

 島長は、オレの緋隻眼に、峻厳な目つきをぶつけて来た。


「べロッソへの暴行は間違いないのかね?」


 緋炎海賊団の船長は素直に「はい」と短く答える。

 

 島長は、緋隻眼から瞬時も目を逸らさず、少しを置いて

 決断を下してきた。


★★★「では早急にこの島から出て行ってくれ。

 わし等は今、ウルティオー海賊団や神聖ロムルス皇国海軍と

 闘える状況ではない。

 アシオー島を除く近隣の島には、子供と老人ばかりで、

 青年、壮年の者は僅かなのじゃ。

 ウルティオー海賊団が、べロッソの件を

 黙っておる訳がない。

 わし等を巻き込むのはやめてくれんか」


 ルルンは島長の前に、肩を怒らせ、拳を握りしめ、

 カンカンになって立ち、

「そんな! ユキアは私達を助けてくれたのよ!?

 なのにどうしてそんな酷いことが言えるの!?

 私、絶対納得できない!

 あの時、他に誰か私達を救ってくれた人がいたとでも!?」

 急き込みながら猛烈に抗議する。


「こんなことになるなら」老主人は言った。

「あの時島長になるのを

 断らなければよかったのぅ。

 わし等を救ってくれた恩人に、長よ、それはあまりにも

 非礼ではあるまいか!?」


 島長はそっぽを向き冷ややかに「恩人と言うが彼等は海賊じゃ」


 お供のものも同意して頭を上下に振る。


 チャベはニヤニヤ薄笑いを浮かべていた。


 オレは全ての感情を押し殺して

「わかりました。明日の午後出航します。

 ご迷惑をお掛けしました」

 島長に頭を下げた。


――助け合う者達が争うこと程、悲しいことはない。


 と、オレは胸懐で嘆く。


 だから宿の老夫婦とルルンを、島の住人達と対立させては

 いけないと、オレは思う。


 縞山羊の獣人は意外そうにオレを見たが、

 直ぐに厳格な態度に戻すと、お供の者達と垂耳亭を出て行った。

読んで頂きありがとうございます。

駄作ですが、批評も含め、ご感想を頂けると喜びます!

評価✩✩✩✩✩やブクマをして頂けると更に喜びます!

長い物語ですが、様々な要素で楽しんで頂けるよう努力してます。

これからの物語も是非読んで頂けますように・・・。 m(_ _)m

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