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『スマホ対応版』26.ヴィオーラ

読んで頂きありがとうございます。

この章から読まれた方は、是非【ユキア・サガ 航海① ネフシュタンの魔片 第一巻 第1章】から読んで頂けますと、幸甚です。


 近年、神聖ロムルス皇国においてほとんどの貴族は名許りだった。


 政治的権力とは程遠く、没落一途になっている。


 政を思うがままに操り、蒼氓から税を血涙と共に搾り取って、

 栄華を極めた挙句の果てに鬼族と呼ばれた頃の権勢はない。


 その反動から、昨今は軍部にすり寄る貴族が目立つ。


 金貨の力にものを言わせ、軍部内の地位を買い取り、

 その為に材を切り売りしていた。


 闘牛マンゾが一掃しようとしていた、

 神聖ロムルス皇国の陸・海軍の金権体質を支える

 大きな一因となっている。


 その目的からすれば、海軍賊は貴族にとって金貨の製造工場。


 貴族は、元々派手で華美な生活に浸ってきた。


 その家名と軍部内に地位と名誉、残った材を守り、

 それを増やすことに必死で、常に金貨を求めていた。


 ドロース・フェリクスもその一人だ。


 が、フェリクス家の現当主トリスティは今や少数派の

 貴族元老議員で、富豪でもある。


 政にも権勢を誇っていて、更に嫡男ドロースを

 海軍中佐として送り込んでいた。


 然し、家中では事実上トリスティは隠居に近い状況で、

 嫡男ドロースが指揮を執っている。


 フェリクス家の豪邸は広大で、

 ドロースが起居する本館と、

 トリスティ夫婦が暮らす新館があり、

 本館とつながる離れ屋敷もあった。


 そこにヴィオーラ達、召使や家中の様々な使用人が

 生活していた。


 私の部屋は、三階建ての離れ屋敷一階一番奥の、

 日当たりが悪く暗い場所にある。


 寝台、額に入った鏡のある机と煤けた椅子。


 他に箪笥等、古色蒼然とした必要最低限の調度品しか

 見当たらない一室。


 若く美しい女性が暮らすには、

 あまりにも殺風景で寒々とした部屋だった。


 夜も更けた頃、その窓を叩いて私を訪れた者達がいる。


 今、私はロックスとともに現れた3人の訪問者の1人に、

 瞳を奪われて釘付けになっていた。


 その目線を麗容に浴びて、眼もあやな美女が

 姿勢よく立っている。


 波打つ豊かな黒髪が、美貌を柔らかく包んでいる。


 目元には気高さを讃え、小さくしまった唇は

 意志の強い人物を窺わせた。


 それでいて、その佳麗な顔立ちには、

 どことなく人の心を惹きつける優しさがある。


 女性らしさが溢れる召使服を着た豊麗な体形は、

 匂い立つ色香があった。


 正しく美女。


 ザザはユキアに、ニヤニヤしながらこっそりその女性を

 指差す。


 両手で胸の前に大きなふくらみをつくり、

 ゆっくり腰をくねらせて悩まし気にユキアを見つめた。


 だが、何故か恐怖に染まったユキアの緋隻眼は、

 瞬き一つせず、ザザの背後へ向かって全く動かない。


 不審に思ったのか、ザザが首を竦めて恐る恐る振り返る。


 するとその美しい女性が凄絶な形相で、

 右手の拳骨をわなわな震わせ、鉄槌を落とした。


ーーゴッ!


 鈍い音と共に、ザザの両眸から火花が乱れ咲く。


 お調子者はその激痛に頭を抱えて呻く。

 ヴィオーラは息を呑んでいる。


 大きく開いた双眸が、その女性からどうしても離せない。


 その佳人は、どこからどう見ても

 ヴィオーラの鏡写しだったからだ。


 ※※※※※


「ロックス……」


 漸くかすれた聲で口を開いた私だったけど、

 ロックスになぜこんなことになっているのか

 訊きたくても、まだ頭が混乱していて

 言葉にならない。


 ロックスが左手の立てた親指を、

 自分達が入って来た窓に向けて私を誘う。


 素直に私はロックスに従って、部屋から出る。


 蒼月は雲を羽織って、仄暗い夜天だった。


 然しザザという少年が張った結界内は、

 この空間を形作って囲む黄光が照らして明るい。


 それなのに、外からはその光やロックスと自分の姿は

 見えないと知り、私は不思議でならなかった。


「お前の部屋だと誰かに話の内容を知られたらまずい。

 だから仲間に協力してもらっている」


 ロックスが事情を話す。


 結界の外は何の変化もなく見えているが、

 ユキアやザザという少年達は見当たらない。

 夜の闇にひっそり身を隠しているのだろうと

 私は感じた。


 あの2人と、私の姿になっているレイという少年が

 ロックスの仲間だなんて、すぐには信じられない。


「驚かせて済まない。

 聞きたいこともあるだろうが、

 まず俺に話をさせて欲しい。

 暫くオレはレムスを離れる。

 7日後に出発だ」


 一度深呼吸をして私は姿勢を正した。


 どうしてレムスを離れるのかしら?

 何だか私は不安で仕方ない。


「海軍賊ウルティオー海賊団。

 奴等の居場所が分かった。

 奴等を捉え、マンゾの潔白と真相を掴みたい。

 フェリクスにはモノマキア王者大会に向けて

 強化合宿を行うと話す」


「今回の挑戦者はレントゥスじゃない。

 奴を斃して闘いの全てを秒殺で勝ち上がった、

 今やモノマキアで人気急上昇中の難敵だ。

 その挑戦者はもう気付いているだろうが、

 オレの仲間の一人、ユキアだ」


 私の頭の中は大混乱中で収拾がつかない。


 ユキアっていう少年がノブシゲ・サナダってことは

 一目見た時、直ぐ私にもわかった。

 でもロックスは彼のことをユキアと呼び仲間だという。


「オレは謝らなければならない。

 黙隙は無かったが、

 オレの本当の名はロック・マリスという。

 オレは生国の禁を破って国抜けした。

 だから偽名でこの国の海軍に入隊した。

 今も生国の刺客はオレを捜索してるんだ」


「ユキアは、オレが仕えるべき真の主で親友なんだ。

 今まで隠しててすまない」


 ロックは深く頭を下げ謝罪する。


 私は咄嗟に言葉が出なかった。


 でもロックへの私の思いの全ては、

 偽名を使っていたからといっても

 何一つ変わらない。


 今まで私と私の家族の為にこの人は

 全てを投げ捨てて、格闘士になり

 闘い続けてくれたのだから。


 ロックは頭を上げると話を継いだ。


「ユキアがモノマキアに出場したのは、

 オレに会う為の手段だったんだ。


 お陰で、今回はオレが倒されるんじゃないかと

 騒がれている有様だ。


 実際ユキアと格闘士として闘えば、

 認めたくはないがまずオレが

 敗やられるだろう」


 私はその言葉を耳にした途端に息苦しくなって、

 ロックに悟られないように胸をそっと押さえる。


 ロックが……この人が負けるなんて

 私には信じられないし、信じたくもない。


 煙草を1本取り出し、ロックは口に銜え、

 火を点けると深く吸い込み、

 煙を吐き出す。


 ロックの手慣れた一連の動きを、

 私はじっと見つめながら思う。


 負けるなんて……なんて言葉は、

 私の前では絶対に言いたくなかっただろう、と。


「言っとくが剣闘士の闘いなら、

 オレが負けることは無い。


 オレは本来剣槍術が得意なんだ。


 だが、出場者報酬や賞金が高額だから、

 格闘士として闘ってきた」


 私は負けず嫌いな恋人に微笑む。


「ユキアが信頼しているキラっていう

 トレジャー・ハンターから依頼だ。


 ウルティオー海賊団が持つある宝を奪えれば、

 成功報酬5億ドエルンが手に入るから、

 闘技場で闘う必要はなくなる。


 はっきり決めている訳じゃないが、

 ユキアと勝負する必要はない」


 時には濃い碧色。

 時には深い藍色。

 時には甘い群青。


 ロックの不思議な黒蒼眼には峻厳な決意が、

 凛冽に宿っているのを私は感じ取った。


「マンゾ事件の真相を今度こそ暴く。


 ウルティオー海賊団から宝を奪うのが

 レムスを離れる理由だ。


 お前に話しておかないと、

 フェリクスが何を吹き込むかわからないからな。


 何か訊きたいことはあるか?」


 私は少し考えてから言った。


「仲間だっていう3人のうち1人は私に変身したり、

 もう一人はこの結界を張ったりして、

 何かの術を使っているけど、

 聖術、魔術、精霊術、仙術、召喚術とは違う法術よね?」


「オレ達は忍者だ。

 正確に言えばユキアとオレはその忍者を束ねる侍忍者だ。


 レイとザザは忍者だが、国抜けしてるから

 侍忍者も忍者も関係ない。


 だが、ユキアがオレが仕えるべき真の主だというのは

 不変の事実で、不変の誓いなんだ」


「え? ロックスも?」

 ヴィオーラは言い直す。


「ロックもその忍者なのね。

 忍者って何者なの?」


「簡単に言えば術を操る武人だ。

 武術を体得した法術士とも言える。


 俺達は幼い頃から法術や武術を叩き込まれて育ってきた。

 勿論兵法もな。


 オレは禁を破って国抜けして以来、

 罪人扱いされ刺客に狙われてる身だから、

 忍術は封印してきた」


「そうだったの……」

 ヴィオーラは質問の方向を変える。


「ウルティオー海賊団はどこにいるの?」


「クルクス島とサル・ディ・ニア島の中間海域、

 アヴィス群島の一つアシオー島だ」


「そっか。じゃあ船旅になるのね。

 船はどこに停泊しているの?」


「ここからそう遠くないオスティア新港の第6埠頭だ」

 ロックはそう答えたが、心配そうな貌で続けた。


「何故そんなことを訊く?」


 ヴィオーラはゆっくり首を横に振った。


 ロックに目を合わさず、そっと吐息を零す。


 雲間から僅かに覗いた月光が結界内に射しこみ、

 私の横顔を照らす。


 私と姉さん達も、もし病弱な母さんが投獄されなかったら、

 フェリクスの助け等必要なかった。


 父さんが、この国や私達を裏切ることは有り得ないと

 信じているから。


 でも、私達姉妹は、病弱な母をいわれなき罪から解放し、

 療養させ面倒を見る為にそれを受け入れた。


 それでも、結局母は先日他界してしまった。


 不条理な現実にやり場のない怒りもあるけど、

 父さんを恨む気持ちは全然ない。


 それは母さんも同じだった。


 でも母さんが亡くなった今では、

 遣る瀬無い毎日から脱出し、

 ロックと生きていきたいという想いが、

 いつも私の心魂を揺さぶる。


 だから私も7日後、

 ロックと一緒に第6埠頭に向かいたい……。


 ロックはヴィオーラを思い遣る情感が

 溢れているのだろう。


「余計なことは考えるな。


 必ず俺がお前達の自由を取り戻す。


 辛いのは分かっているさ。


 だが、抱えた問題から今目を背け逃げ出せば、

 負い目の消えないお前の心魂は自由になれない」


 そういうと思った……。

 ヴィオーラはそんな声調で「うん。わかってる」と答えた。


 父さんの事件は真相が明らかになってない。


 はっきりしてるのは元神聖ロムルス皇国の最新鋭艦が

 海帝艦隊の戦力になっていること。


 それに乗り込んで指揮を執っていた父さんと

 その部下たちが、行方不明だということだけ。


 ロックの言う通りだと私も分かってる。


 事実が明らかにならない以上、

 保釈金の返還はない。


 私達の借金が消え去ることもない。


 たまらず口を開きかけた私に、

 ロックは言った。


「お前が何を言おうと、

 オレの気持ちを変えることは出来ない。


 たとえ理不尽な苦しみであったとしても、

 目の前の現実から逃げちゃダメなんだ」


 ロックは私から視線を外し、また煙草を咥えた。


 私は滲み始めた双瞳から、

 それが零れ落ちないように、

 夜闇の雲の向こう側にぼんやりと浮かぶ、

 寂莫とした孤月を見上げた。


ーーロック達一行が出航する前夜。


 ロックがフェリクスと会談したという一室。


 大卓子の奥側にフェリクスが座っていた。


 左隣に巨漢の男が1人、ドンッと座っている。


 通常、私達召使が部屋の手前側に並び待機しているのだが、

 今夜は入室していない。


 廊下で並んで待機していた。


 その代わり、執事のベスブッチが室内入り口で待機している。


 大卓子には贅を尽くした山海の珍味が銀の皿に盛られて並び、

 客人の脇には既に空になった3本の葡萄酒の酒瓶が

 無造作に置かれていた。


「あの女は食いついた」

 フェリクスは自信あり気に言う。


「第6埠頭に碇泊しているあの女の船。

 多少改造され今はノードゥス号と名付けられているようだが、

 連日物資が運び込まれている。


 だが、その量から推察するに、

 然程遠い航海に出ることは無いと判断して良い。


 行先はアヴィス群島だと判断しても良いだろう。


 ネフシュタンの魔片というエサは魅力的だ」


 クックックッとフェリクスは喉を鳴らして笑い、

 更に口を動かす。


「例の少年海賊も、聖エレミエル号の副船長に確認させた。

 驚いたことにそのガキは、

 6月11日のモノマキア王者大会に出場することになっている。


 格闘士の絶対王者ロックスも危ういと言う者もいる。

 ロックス本人も今回は難敵だと考えているようだ。


 先日、強化合宿を行うと報告があった」


 フェリクスは酒杯を片手に、

 何事か思い出したのだろう。

 情報を付け加えた。


「猿と狼の獣人の姿は目撃されてない。

 水夫たちと少年が2人確認されているのみだ」


 潮焼けした肌の禿頭。

 茶色の口髭。

 茶色の頬髯。

 茶色の顎鬚。


 鷲鼻で大きな銅鑼声。


 隆々とした筋骨の巨漢に、

 黒い龍革の武具を装備している男が、

 部屋中に大音声を響かせる。


「雇われ水夫とガキ2人か。

 ガキは水夫見習いってとこだろう。


 獣人がいねぇってことは、

 戦力が落ちてるって訳じゃの」


 隣席には、世界一の斬れ味だと名高い黒剣、

 ダマスカス剣を立てかけている。


 喉をごくごく鳴らして葡萄酒をラッパ飲みすると、

 空になった酒瓶をドンッと音を立てて大卓子に置く。


 巨漢の脇に並んだそれは4本になった。


「ベスブッチ」

 フェリクスが執事に命じる。


「葡萄酒を持ってこい。

 気持ちのいい飲みっぷりだな。

 カピターノ・キャプテン・バルバロッサ」


 ベスブッチは慇懃に一礼してから急ぎ部屋を出て行く。


 バルバロッサの前にはまだ葡萄酒は3本あったが、

 15分と持たないのは明らかだった。


「おいフェリクス!」

 海坊主海賊団船長、茶髭のバルバロッサは確認する。


「クレブリナ海賊団が、

 ユキアってガキに敗られたのは間違いねぇのか?


 わしゃあ、あいつらをよーく知っとる。

 あいつらは強ぇんだ。

 あいつらと互角なのは闘牛マンゾぐらいのもんじゃ。


 あいつも強ぇ。

 今は虜囚の身じゃがの」


 海坊主とか、茶髭のバルバロッサと呼ばれる

 海賊として有名な男だ。


 盟友ソフィア教徒、

 逆十字海賊団船長・狂信者スレイマンと共に、

 海帝海賊艦隊に名を連ねている。


 分厚い筋肉の鎧を誇るその巨躯には、

 あちこちに歴戦の傷跡が刻まれ、

 修羅場を生き残ってきた海賊としての凄味があった。


「コーサにゃ肋を三本折られた」


 バルバロッサはクレブリナ海賊団の強さを語る。


「ペロにゃ体当たりされて20フィートも吹っ飛ばされた。

 ディアスにゃ歯を3本折られた。

 ヌーノにゃ槍斧で足を突き刺された。

 フォーナにゃ風の刃で胸を切り刻まれたしよ。


 おまけに今は、この5人に加えて

 強力な女魔導士が仲間になっとる。


 じゃが、わしゃあファルカンが闘っているところを

 見たことがねぇ。


 奴はいつも余裕の貌付きで、

 部下の闘いを観戦しておった。


 わしにもし、弟のハイルッダンやドラグード、

 シナーンがおらんかったら、

 この命はなかったかもしれん。


 海と陸がひっくり返っても、

 あいつらが同御意者になるとは夢にも思わんかった」


 銀皿に手を伸ばす。


 ビーム肉のカルパッチョを皿を揺らしながら、

 大きな口に放り込んだ。


 雷坊主は強靭な顎で数回噛むとごくりと、

 胃袋へと運んでしまう。


「ええか、あいつらは強ぇーんじゃ!」


 迫力のあるぎょろりとした大きな目玉で

 フェリクスを睨みつける。


 が、フェリクスは平然と皮肉った。


「ディアスに歯を2本折られたとは驚いた」


 フェリクスは薄い口唇を歪め、

 例の如く喉を鳴らして笑った。


 バルバロッサが猛獣さながらに低く唸る。


「何が可笑しい!?」


 フェリクスの笑いは高笑いに替わった。


「そのディアスは、ユキアというガキに

 一発も攻撃を命中させられず、

 逆に秒殺させられたらしいが。


 このフェリクス中佐は、

 その事実をどう判断すればいいのだろう。


 冗談はやめて頂きたい」


 この失言でフェリクスは

 バルバロッサの逆鱗に触れてしまった。


「喧しいっ!」

 バルバロッサの銅鑼声が館中に轟く。


「このわしを愚弄するかっ!?」


 その怒りは激しい。


「クレブリナ海賊団がユキアってガキにやられたんなら、

 ウルティオー海賊団のフライやコールド、

 ミッチ、コンディ、グリンヴィールだけじゃ

 太刀打ちできねぇ。


 じゃけぇわしが出向いてきたのを忘れたんか?


 ウルティオー海賊団だけでガキを斃して、

 キラって女を捕らえられるならそうせぇ。


 闘いを遠くから見てるだけの観客ギャラリー将校のお前が、

 本物の海の男、本物の海賊が交わした撃を

 笑うんじゃねぇ!


 海は誰にでも平等だが、人間は裏切る。


 お前のようにの!!」


 三角筋が発達した小岩の如き肩から延びる丸太のような剛腕を、

 バルバロッサは満身の力で叩きつけた。


 その衝撃で、大卓子の上にあった全てのものが

 空中に飛び上がった。


 倒れたり跳ねたり零れたりして散乱してしまう。


 雷坊主の貌は怒りで禿頭の天辺まで真っ赤。


「よしっ! お前が第6埠頭に行け。


 キラって女を捕らえて第1埠頭のわしの船に連れて来いっ!


 それなら海帝のところにその女を届けてやる。


 わかったか!?」


「し、然し……」

 フェリクスは聲も体も震えている。


「ウルティオー海賊団と海坊主海賊団で、

 キラっていう女の船を挟み撃ちにして、

 その女を捕らえるという作戦は海帝の命令だ。


 そ、それを無視するというのかね?」


「フンッ」

 バルバロッサは鼻で笑う。


「わしの艦隊が海帝の艦隊にいるのは、

 兄弟分のスレイマンが奴に心服しとるからじゃ。


 そもそも、わしゃあ海帝を信用しとらん。


 人前でも仮面をつけるような奴じゃからの。


 わしがどう動くかは、わしが決める!


 お前こそ、わしに指図するなっ!!」


 バルバロッサは両掌で大卓子をバンッと叩いて立ち上がった。


 フェリクスの貌にくっつきそうなほど、

 自分の貌を突き出す。


 圧倒的な迫力と凄味に、

 フェリクスは戦き動揺を隠せていない。


 両手を前に伸ばして背中を仰け反り、

 貌を背けながら雷坊主を宥めようとした。


 が、仰け反りすぎて椅子に座ったまま後方に倒れてしまう。


 無様な自分への怒りと情けなさ、

 バルバロッサへの恐怖がこみあがってきたのだろう。


「ベッ、ベスブッチ! 誰かっ、誰かいないのか!?」


 フェリクスは叫ぶ。


 殆ど悲鳴だった。


 葡萄酒を両腕に3本ずつ持って駆け込んできた執事は、

 バルバロッサの憤怒の形相に動転し、

 主人の状況にこれまた恐慌して悲鳴を上げる。


「だ、誰かいませんかっ!?」


 廊下で待機していた召使達が慌てて入って来た。


 然し、バルバロッサの憤激の血相を一目見るなり、

 1人を除き皆立ち竦んでしまう。


 ただ1人がフェリクスに駆け寄り、

 その手を取って立ち上がらせようとした。


 だが「さっ、触るなっ! 1人で立てる!」


 乱暴に振り払ったフェリクスの手が

 召使の頬を叩く。


 よろめいた召使の唇に血が滲む。


 フェリクスは相手を見るなり目を逸らす。


 召使はヴィオーラだった。


 ※※※※※


 ギルド・アルカのモンテ達によって改造され、

 新たに名付けられたノードゥス号の作戦室兼食堂に、

 ユキア達一行は集結していた。


 円卓の中央にユキア。


 右にロック、ザザ。


 左にキラ、レイが座っている。


「オレが船長って訳にはいかないよ。

 この船はもうオレのものじゃないから」


 オレはそう断った。


「この船の持ち主は私です」

 キラはきっぱりと言う。


「船長の任命権は私にあります。

 私は副船長室を使うから、

 ロックとザザ君はこの下の部屋を使うといい。

 以前と違って寝台は2つあるから。


 レイは私の部屋の下の部屋を使ってね。


 カピターノ・ユキア、

 あなたは船長室を使うこと。


 以上」


 カピターノと呼ばれ、

 思わずにやけてしまうオレに、

 キラは吹き出しそうになるのを堪える為、

 唇を噛んでいる。


「いいか、遊びに行くんじゃないんだ」

 ロックが緩みかけていた空気を引き締める。


「そこのところをよーく理解して、

 ビシッとやってくれよ。

 カピターノ・ユキア」


 ロックはユキアと目も合わさず、

 円卓に広げた海図を確認している。


 が、オレはにこにこと周囲に嬉しさを放っている。


 チュチュもいつも通り、

 オレの腰の道具入れから前足をちょこんと出して笑顔だ。


 オレはそこにロックがいることを実感して、

 頬が緩んでしまう。


 たとえ一時的にであっても、

 心魂を赦せる仲間が増えたことを

 心から喜んでいた。


 つられてレイ、ザザも目元が綻んでいる。


 二人の気持ちはユキアと一つ。


 オレは直ぐにでも出発したくて

 うずうずしている。


「早く明日にならないかなー。

 あっ、そうだ!

 明日天気が晴天になるように、

 誰かてるてる坊主を作ってくれたら嬉しいなー」


「ユキア様はまだまだお子様でござるな」

 ザザが大人ぶる。


「それでは早速」

 レイが白布を手に、てるてる坊主を作り始めた。


 が、オスティア新港を照らす皓月には暗雲が忍び寄り、

 その光を奪おうとしている。


 雨粒がぽつっと零れ、

 甲板で小さく跳ねた。


 ※※※※※


 フェリクスは書斎に引きこもり、

 己の失態に失望していた。


 開け放った窓から、

 不快指数の高い空気が侵入してくる。


 ずらりと並んでいる書棚には、

 史書、金融、航海、造船技術、軍事、法律関係の本が目立つ。


 中には……、


『思いのままに人を操る極意』

『催眠術秘伝』

『人を簡単に従わせる秘法』


 等、所有者の人間性が窺える怪しげな本も散見できる。


 幸いどの書棚も高級調度品で、

 全てヴェートロの扉付きだから

 多少の湿気は問題ない。


 問題はバルバロッサがどう動くかだった。


 バルバロッサの放言を、

 フェリクスは信じられないのだろう。


 頻りに首を捻っている。


(まさか、ウルティオー海賊団が

 ユキアという少年に敗られる等、

 想像もできない。


 たかが格闘士1人に何が出来ようか?


 だが、あのロックスでさえ

 ユキアとの対戦の為に強化合宿を行うという程だからな……。


 個としての強さは認めるが、

 今や300人近い海賊を従えている

 ウルティオー海賊団相手に、

 どう闘うというのか?)


 フェリクスは面を曇らせ、

 蒼白になっている。


 自尊心を棄てて、

 バルバロッサに海坊主海賊団の

 ウルティオー海賊団への援護作戦を

 何度も重ねて依頼した。


 が、フェリクスは頭を抱える。


 バルバロッサは全ての葡萄酒を空にして

「お前が自分で闘えっ!」

 怒鳴って立ち去ったのだから。


 フェリクスは海帝の自分への評価を下げない為に、

 作戦の失敗だけは避けたい。


 そこで、ウルティオー海賊団に事情を説明し、

 作戦変更の指示をすることに決めた。


 羽ペンで広げた羊皮紙に手紙を書く。


 敵船を敢えてアシオー島の港内に迎え入れ、

 港に配備している大砲と、

 リベンジ号で背後から砲撃せよ。


 命令を下す。


 明日朝一番でカエルム便を使えば十分間に合う。


 そう計算していた。


 然し、フェリクスは手紙を書く手を止め、

 羽ペンを脇に置いた。


 何か嫌な予感が湧いてふさぎ込む。


 謀略家のこの男らしく、

 こういう時の直感は時折的中した。


 原因は、バルバロッサの館中に轟いた銅鑼声だと思いつく。


(話の内容は洩れてしまったか?

 だとしたら……まずい。

 非常にまずい。


 私と海帝の関係が知られてしまった以上、

 ヴィオーラを監禁するしかないか……)


 開いていた書斎の窓から降り始めた雨が飛び込み、

 突風がテンダカーテンを叩く。


 フェリクスが決断を下し、

「やむを得ん」

 と口にした。


 その時、背後から西洋扉を叩く音がして、

 苛立ちを貌に醜く浮かべた。


「……何だ?」


「ドロース様、カボット中尉がお越しになられました」


 ベスブッチの聲から緊張感が伝わった。


「火急の事態発生ということで、

 大至急報告させて頂きたい件がおありだそうです」


「分かった」


 フェリクスは短く答えた。


 カボットは、既にあの総大理石の一室の末席に据えられていた。


 フェリクスは自分の定位置に腰かけた。


「こっちに座れ」

 顎で自らの右手の椅子を示す。


 カボットはフェリクス子飼いの部下だが、

 貴族ではない。


 更にこの男も、

 バルバロッサがフェリクスを皮肉った通り、

 観客将校の一人だった。


 細面で細く吊り上がった目が

 日頃より更に吊り上がり、

 青白い肌が更に白くなっている。


 カボットは椅子に座り、

 俯いて報告を始めた。


「一大事であります!

 今より約2時間前、

 第6埠頭のキラ・ユ・ガイアの船に、

 思いもよらぬ人物が来訪し、

 その報告を先程受け急ぎ参りました」


「誰だ?」

 フェリクスが眉を顰め、

 即、不機嫌になった。


「ロック・マレノ元中尉でありますっ!」


 カボットは俯いたまま命令を待つ。


 5日前のことだった。


 ロックスは、

 今回は難敵だから強化合宿を行いたいと

 許可を求めてきたので、

 フェリクスは了承している。


 予選大会の全ての闘いを秒殺劇で勝ち抜いた

 挑戦者ノブシゲ・サナダことユキアの闘いは

 フェリクスも見ていたから、

 特に疑いもせずに申し出を許可した。


 フェリクスの頭は混乱している。


 しばらく言葉を失い呆然としていた。


(ユキアとロックスはどういう関係なのか?

 ガイアとロックスはどういう関係なのか?


 ロックスはアシオー島に

 ウルティオー海賊団がいることを知っているのだろうか?


 ロックスは今も、

 私とウルティオー海賊団が海帝と組んでいることを

 暴き出そうとしているのだろうか?


 ロックスに知られたら私は終わる)


 ★★★次々と浮かび上がる疑念の一つでさえ、

 フェリクスには出せる答えは無い。


 フェリクスは30分近く煩悶した後、

 ハッと我に返り、


「ヴィオーラを呼べっ!」


 半狂乱気味に叫んだ。


 執事ベスブッチが離れ屋敷へと急ぎ走る。


 が、フェリクスの時折的中する直感が告げている。


「ヴィオーラはいないだろう……」


 血の気の失せた貌でぶるぶる震えていた。


 息を切らせて戻って来たベスブッチは、

 真っ青になってゆっくりと首を横に振る。


「非常にまずい。


 バルバロッサの銅鑼声の所為で、

 ヴィオーラに会談の内容を知られた。


 ロックスの耳に入れば、

 ガイアを捕らえる任務が失敗するどころの騒ぎじゃ済まない」


 海坊主を怒らせてしまった自らの失言は棚に上げ、

 額に青筋を浮かべてフェリクスの言った言葉の意味を、

 カボットもベスブッチも即座に理解しているに違いない。


 2人とも生きた心地を喪ったかのようだった。


「我々が海帝と手を組んでいるのが露見すれば、

 待っているのは身の破滅だ。


 カボット、ヴィオーラを追えっ!

 何としても連れ戻せっ!」


 フェリクスは甲高い声を叫んで命じる。


「マレノ中尉が第6埠頭にいることを

 ヴィオーラ嬢は知りませんから、

 2人が会うことは無いと思いますが、


 今や彼女が危険人物であることに替わりありませんので、

 お命じの通り闘技場へ向かいます」


 カボットはそう言って席を立つ。


「違うっ!

 港だ。

 第6埠頭に行けっ!


 あの女がロックスに会いに行ったのは間違いないっ!」


 キラやユキア、ロックの

 何らかの結びつきを想定するのは、

 フェリクス以上の謀略家でも無理な話だったろう。


「ヴィオーラは、

 ロックスとガイア、ユキアとの結びつきを

 知っていた筈だ。


 ロックスが連中と手を組んでアシオー島に行くのは、

 我々とウルティオー海賊団が海帝と手を結んでいる証拠を

 掴むためだ。


 ならば、ヴィオーラはロックスに知らせに行くに違いない。


 そうだろう?


 バルバロッサとの会談でロックスの名は、

 モノマキアの話題で出ただけだ。


 にも拘らずヴィオーラがいないのは、

 あの女が第6埠頭にロックスがいることを

 知っているからだろう。


 掴んだ情報を知らせるだけなら、

 危険を覚悟で屋敷を飛び出さなくても、

 6月11日に2人は会えるからだ」


 カボットは困却した外貌でかすれ声を出す。


「はっ!

 し、然しもしヴィオーラ嬢が

 素直に従わない場合は……?」


 フェリクスは狂ったのかと思わせる程、

 両手で激しく髪を掻き毟った。


「やむを得ん……殺せ。

 絶対にロックスと会わせるなっ!」


 ※※※※※


 雷爆が、雨の闇夜に稲妻の閃光を伴って駆け巡っている。


 その雷光が、傘もささずオスティア新港へと走る

 私の姿を暗闇に照らし出す。


 恰も劇場の舞台で照明スポットライトを浴びる

 女優の如く。


 港へ向かう為フェリクス邸を飛び出して間もなく、

 向かい風が吹き荒れて激しい雨が降り始めた。


 雨は焦る私を邪魔する。


 私は雷坊主、茶髭のバルバロッサが

 海帝艦隊の一翼だと知っていた。


 父マンゾやその部下達が口にしていた風貌と、

 今日目撃した男はその名を含めてすべて一致する。


 その男が銅鑼声で発したいくつかの言葉。


 ①ユキアーーーロックの真の主で親友。


 ②ウルティオー海賊団ーーーフェリクスの部下で、

  父マンゾの真相を知っているかもしれない。


 ③海帝ーーー正体不明の海賊艦隊の首魁。

  父マンゾ事件の重要人物。

  仮面をしていて貌を見せない?


 ④キラ・ユ・ガイアーーーユキアやロックに、

  ウルティオー海賊団が所有する宝を奪うよう依頼した人物。

  フェリクスが海坊主海賊団を動かして捕らえようとしている。


 ⑤スレイマンーーーソフィア教の狂信者で、

  海帝艦隊の一翼を担う。


 ⑥第6埠頭ーーーロックが乗り込む船が碇泊している。


 これらが意味していることから導き出される答え。


 それは、ロックの行き先に罠が仕組まれているということ。


 フェリクスはウルティオー海賊団と海坊主海賊団を動かし、

 ユキアが護衛しているキラという人を捕らえ、

 海帝に差し出そうとしている。


 私は悟ってしまった。


 父マンゾの事件は、

 フェリクスがウルティオー海賊団や海帝と共謀して

 実行したのだと。


 ロックが睨んだ通りだった。


 このままではロックもフェリクスの罠に陥ってしまう。


 ロックがユキアと行動しているとフェリクスは知らない。


 でもフェリクスが知れば、

 手を叩いて喜びロックの命を奪おうとするに決まっている。


 想像するだけで、

 私の心魂を激痛と悲哀が切り裂く。


 胸が息苦しくなって座り込みそうになってしまう。


 ★★★でも、絶対そうはさせない。


 今度は私がロックを守る。


 私は無我夢中で走った。


 雷鳴の轟と豪雨が石畳の道を叩きつける。


 その音に遮られ、

 迫り来る一群の蹄鉄音に気付けないまま。


ーーでも。


 漸くオスティア新港に繋がる橋の中程までたどり着いた時、

 私は聞き覚えのある聲を聞いた。


「ヴィオーラ」

 カボットが抑揚のない韻律で言う。


「そこまでだ。

 フェリクス中佐が待っておられる。

 大人しく従いたまえ」


 私は全身の力が抜けてしまいそうになった。


 私がバルバロッサの怒鳴った内容を知らせるとすれば、

 それはまず第一にロックということになる。


 だから私への追手は闘技場に向かう筈なのに。


 こっちに向かってきたということは、

 この港にロックがいるのをフェリクスが知ってるってこと……。


 私は愕然としたが、

 油然と湧きあがる思いがある。


 それは、父を罠に陥れ、

 母の寿命を奪い、

 家族に苦しみを与え続けるフェリクスへの怒りや憎しみよりも、


 ただロックを守りたいという切望だった。


 カボットは冷酷な言葉を投げつける。


「従わないなら、発砲する。

 フェリクス中佐からの許可は得ている」


 私はその警告に一瞬強張ったが、

 振り向かず足を止めない。


 罠から愛するロックを救うまでは、

 どうか銃弾がそれて当たりませんようにっ!


 と、神に縋る祈りが恐怖心を消し去り、

 私の心魂を、命を衝き動かす。


 私はもう走っているという感覚もない。


 あるのは祈りだけだった。


「構わん。撃て」

 カボットが将兵に乾いた聲で命じる。


ーーパーーーン。


 銃弾が響く。


 その一刹那……私は仰け反り、

 ぐらりとよろめき、

 力尽きた体を委ねるように橋桁から

 黒い波浪へと落下していく。


 第1埠頭の巨大帆船が見えた。


 黒い海はしぶきをあげて私を抱き締め、

 海底へと連れ去っていく。


 薄れていく意識の中でさえ、

 私は最後の祈りを捧げていた。


 神よ、どうか私の愛しいロックを

 フェリクスの魔手からお守りください……。


 カボットは叫んだ。


「探せっ! 急げッ!」


 でも、暗い海に抱かれたままの私が

 カボット達の目に映ることは無かった。


 

 ※※※※※


 雨は去り、風は離れた。


 ヴィオーラを探し求める蒼月が雲を払って、

 オスティア新港を照らす。


 港の第1埠頭に寄せては返す波。


 月光が波間に揺蕩う召使服で身を装った女性を、

 ぼんやりと静かに覆っている。


「おいっ! ありゃあ女だっ!

 バルカを降ろせ。


 あれを放っておいて出航したら祟られるぞ。


 縁起悪いから一旦引き上げてどうするか、

 お頭に訊こう」


 どこからどう見ても海賊にしか見えない

 柄の悪い男が、

 周囲の仲間に真っ当なことを言った。


 塩と汗と血で噎せ返りそうな水夫服に、

 頭にはぼろ切れを巻いている。


 敵船の大砲で砕け散る木の破片から守る為に。


 直ぐにバルカが降ろされ、

 海賊がそれに2人乗り込む。


 全長300フィート、5本柱、

 カロネード砲を船首・船尾・両舷に90門装備した

 海賊船アクィルスバルバ号は、

 俄かに騒然としてきた。


 海坊主海賊団の一番艦となっているこの戦列艦の船長が、

 茶髭のウルージ・バルバロッサだということは

 海に生きる者なら誰でも知っている。


 右隣に碇泊している二番艦は、

 弟のハイルッダン・バルバロッサの船だ。


 その右隣に碇泊している三番艦は、

 ドラグード・サイフがウルージから任命されている。


「今夜はお頭の機嫌は良くねぇぞ」


 仲間の話に、

 女性の遺体を発見した男は言う。


「それならバシャ副船長に相談した方が良さそうだな」


 船首楼の副船長室に向かい事情を説明した。


 バシャは手下の報告を受けても貌色を変えない。


 切れ長の両眼は吊り上がり、

 口髭を生やしている。


 灰色の角鰐の武具を装備し、

 腰にはカラベラという湾刀を帯びている。


 怖い貌付きだが、

 船長同様部下からの信頼は厚い。


 2人とも面倒見がいいのだ。


 バシャは上甲板にやって来て、

 引き上げられた美しい女性の遺体を見た。


 それから船長室に向かう。


 バルバロッサと、

 どこかの国の海軍将校らしき人物と共に、

 遺体が安置された船尾に戻って来た。


「ヴィ、ヴィオーラ様っ!」

 将校格の男は叫んで血相を変える。


「何故こんなことに……。

 マンゾ将軍に何と伝えれば……」


 この男は、

 神聖ロムルス皇国海軍大佐、フィドキア。


 マンゾの部下として鍛え上げられてきただけあって、

 精悍な面構えをしている。


 マンゾの妻が永眠したことをバルバロッサが知り、

 その墓前に献花する為、

 特別に今回同行していたのだ。


「マンゾ将軍の奥様への献花を

 やっと今日させて頂いたばかりだというのに……。


 カピターノ・バルバロッサ、

 この女性はマンゾ将軍の三女です」


 ★★★フィドキアは跪き、

 十字架をきって祈り始めた。


「わしゃあ、フェリクスの屋敷でこの娘を見た。

 召使をしとったようじゃのぅ」


 バルバロッサは心から気の毒そうに呟く。


 マンゾとその部下は、

 バルバロッサの根城で軟禁されている。


 騒ぎに感づいたハイルッダンやドラグードもやって来て、

 周囲の者に事情を訊いていた。


 バルバロッサは、

 紺の絹法衣を身にまとった船医ピリ・トルカンに指示する。


「念の為直ぐ船医室に運び蘇生処置してみてくれ。

 無駄だと思うが。


 駄目なら防腐処理をして、

 わしの部屋に結果報告に来い」


 人の良さが誰からも認められている

 水の精霊術士のピリは、


「了解しました。

 暫くお時間をください」


 はきはき答え、

 水夫2人にヴィオーラの遺体を

 船首楼の船医室に運ぶよう命じた。


 ピリは皓いとんがり帽子を揺らし、

 山査子の杖でヴィオーラを診つつ続いていく。


「兄者、どうする?」

 ハイルッダンは兄とよく似た容貌だが、

 頬髭は生えてない。


 灰褐色の龍革武具を装備し、

 腰には兄と同じ名腰、ダマスカス剣を佩いていた。


 頭脳明晰で、

 剣の腕はモノマキアの王者を凌駕すると

 評価されている程。


 ハイルッダンは、

 既に兄からフェリクスとの話を聞いていた。


「予定通りアヴィス群島に向かうのか?

 それとも……?」


「わしゃ、マンゾの娘の死を放っておくことは出来んっ!

 せめて一刻も早く、マンゾと娘を合わせてやりたい」


「ドラグード、そういうことだ。

 根城に戻ったら盛大な葬儀を手配してくれ」


 ドラグードは緑の龍革の武具を身にまとい、

 やはり腰には黒剣を装備している。


 潮焼けした細面で口髭しか伸ばしてないドラグードは

「承知した」

 即答し、自らの船へと踵を返す。


「フェリクスの野郎」

 バルバロッサは虚空を睨みつける。


「奴の仕業に決まっとる……」


 バルバロッサは禿頭の天辺まで怒りが達し、

 青筋が裂けて血が噴出しそうな激しさだ。


「だが、海帝にはどう報告する?」

 ハイルッダンが問題の解を求める。


「全てをありのままに伝える。


 闘牛マンゾを仲間に迎えるには、

 好材料の一つになると考えた。


 とでも言うとくか。


 キラ・ユ・ガイアの件は、

 ディアスに2本歯を折られた男が、

 そのディアスを秒殺したガキに敵わないと言われたから

 引き上げてきた、で十分じゃろう」


 バルバロッサは呵々と笑う。


 ハイルッダンも愉快そうに口許がニヤリ。


ーー結局。


 ヴィオーラは、

 海坊主海賊団総勢約700人と、

 ウルティオー海賊団の挟撃作戦という

 絶体絶命の罠からロックを救ったのだ。


 自らの命を捧げることによって。


 ヴィオーラが海から引き揚げられた後、

 蒼月は役目を終え再び暗雲の中に姿を隠す。


 闇空は墨で塗りつぶしたように黒々として、

 夜を濃く深く覆っていく。


 神は、

 ヴィオーラの命懸けの挺身と祈りを義とし、

 願いを叶えられたのだ。

読んで頂きありがとうございます。

駄作ですが、批評も含め、ご感想を頂けると喜びます!

評価✩✩✩✩✩やブクマをして頂けると更に喜びます!

長い物語ですが、様々な要素で楽しんで頂けるよう努力してます。

これからの物語も是非読んで頂けますように・・・。 m(_ _)m

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