最終話. Q:何がダメだった?
「私がそなたを愛してると言ったら、王宮に戻って来たりはしないだろうか。何がダメだった?」
慈悲も何も無い、悲痛な顔を浮かべるこのシュテルン王国の王様──シャルル・フロウ・シュテルン国王陛下は、そう言って、ポロリとひと粒の涙を流した。
思わずスン顔になってしまったぼくは、今後の参考にならないであろう意見をひとつ述べた。
「いや、そういうところがまずダメなんだと思います。本気で泣き真似するなら、鼻水くらい垂らしてください、綺麗すぎて逆に不自然」
「…………ふむ」
やはりダメか、って言ってるその発言がもうアウトだ。終わってるはこの人。
最初こそルイス様に似ていると思っていたけれど、似ている部分もあるが、絶妙に違う性格をした2人。
「リリィ、好きだ。愛している」
「うっわ嘘くさっ! やめてください。あなた既婚者でしょう」
「きこんしゃ? 妃がいなければ良いか?」
「本当ムリ。ぜっっっったいにムリ」
虫も殺したことのないような慈悲深い微笑みをたたえ、偽りの愛をものは試しと口にするチグハグさ。ゾワッとした違和感の怖さがぼくの臓物を凍らせる。
コロコロと変わる表情に、こんなに好感度が下がることってあるのか。
しかも、邪魔なモノは排除してしまえばいいのかと言わんばかりに、至極当然のように軽い感じで問われ。根本的に価値観がズレているんだと思い知らされた。違うよ、そうじゃない。流石に為政者すぎる。
この無慈悲さも国王としては時に必要かも知れないけど、隣に並び立つには過激すぎる。
ルイス様と似ているようでいて。おそらく、育った環境の違いがこの思考回路を形成したのかも知れない。親代わりのヴァン殿下の教育の賜物だ。王族の恐ろしさと、ここまでしないとシュテルン王国の頂点には君臨出来ないのかと、のしかかる責任の重さを垣間見た気がした。
何ももたずとも我が身さえあれば、どこでも生きて行ける魔法使いのぼく。
多くを持ちえないからこそ渾身的に全力で求めてくれたルイス様。
持っているモノが重すぎて、ときに多すぎる何かを選択して、切り捨てなければならないシャルル国王陛下。
たぶん、この先も参考にはならないぼくの説明。
でも、──生き方は変えられなくても、理解してもらうために意見を述べた。
何がダメだったのかとの問いに、価値観の違いをあげて。命すらかけてぼくを口説き落としたルイス様の武勇伝を添えて。もはや惚気話だ。
「もういらん、帰れ」と、シャルル国王陛下に言わしめるまでその話は続いた。
床に散乱した空の酒瓶の多さに、すわった目を向けられ、この方も酔うことがあるんだと、当たり前のことに今更気がついて反省した。顔色も変わらない御仁は、再びグラスをあおる。
長く話し込んで何やかんやシャルル国王陛下を嫌いになりきれない自分がいた。
こんなに誰かとお酒を飲んだのは、はじめてかも知れない。空のビンを数えつつ、魔術を駆使して部屋の隅へ片付けた。
最後にシャルル国王陛下の空いたグラスへ水を並々と満たす。素直にソレをぐびぐひ飲む姿に、ホッと安堵する。
味は普通なんだなって、魔術で出した水の感想を述べられた。うん。感性はやはりルイス様と一緒なのかも知れない。不思議だ。
ポロッと出た本音が空気を震わせ、声として相手に届く。恋人はムリだけど──。
「──飲み友達にはなれたのかも知れません」
「ぬかせ。殺すぞ」
「こわっ!」
グシャッと歪めたその顔に、彼の人間味を感じて。
これがシャルル国王陛下の素の表情なのかって、恐怖混じりのちょっと清々しい気持ちでいると、席を立ったぼくの方に、腕が伸ばされる。
「たとえ来世であろうと、二度と私の前に姿をあらわすな」
「う、うん。わかった。元気でね」
「…………馬鹿者め。幸せに暮らせよ」
抱擁越しに感じる震えは、酔いのためか、彼が密かに泣いていたからか。ぼくは少しの疑問を胸に、ルイス様のいる領地へと飛び戻った。
その前にヴァン殿下にお土産のウィスキーを渡すのも忘れずに。
「────捨ておけ。前にも言ったじゃろう。そんなんいちいち気にしとったら、この先やっていけんぞ。負け犬どもの遠吠えじゃ、忘れてしまえ」
「はぁ……ん? そう言う話でした?」
「ぶふぉっ! ゴホッ、ゴホッ!? リリィさん…………そりゃないじゃろうて。悪いことは言わん。ルイスを殺されたくなくば、あやつらに近づくでない」
「? はぁ……」
気の抜けたぼくの返事に、目の前の御仁は残念な子を見る目を向けて来た。
いや、お土産を手渡し、世間話で今日一日の出来事を話しただけだ。何してたって聞かれたから。
昼間のオヤツタイムとか、特に先ほどシャルル国王陛下をベロベロに酔っ払わせ、軽口をたたいたらめっちゃ怒らせてしまったので、逃げ帰って来たとか話しただけだ。ぼくの色々な対応は果たしてギリセーフの範疇になっていたのか。疑問をぶつけて。
全然予想外なことを言われて、ヴァン殿下の中で何がどう解釈されたか分からずに、頭に盛大のクエッションマークを乗せる。
「全く──ルイスが奇跡じゃ。手放すでないぞ。魔法使いの普通に合わせるのは……わしとて苦労するわ」
「………うん」
グシャッと歪めたヴァン殿下の顔に誰かを重ねて。
ああ、やっぱり育て親なんだなって納得した。──なるべくして、ああなったんだなって。
弱音とも言えない、ヴァン殿下の呟きを聞き。「大変だった」のひと言では片付けられないような、王国を支える王族として、並々ならぬ激動の人生を歩んで来られたんだろうなって察した。おそらく、今もきっと、それは変わらない。
寝酒に付き合えとの誘いを断り、ぼくを待ち侘びているであろう人の元へと、急ぎ、足を進めた。すぐに会えると分かっていても、何だか無性に存在を確かめたい衝動に駆られる。
夫婦の寝室のドアを開けると、啜り泣く声がまず聞こえて来た。
申し訳ないけど帰って来たんだなって実感する。
何人でも寝れそうなベッドに乗り上げ、ぼくが普段使っている枕に顔をうずめて、コチラをチラッと見たルイス様の頭ごと、抱きしめる。
「ただいま」
「おか、え゛りな、さい。おそぃから、何かあったんじゃないかって……──ンっ?! ちゅっ」
べしょべしょに泣くルイス様に、深く口付ける。抱きしめ返され、ほぅっとぼくの口から吐息が漏れた。無意識に入っていた肩の力が抜ける。やっぱり、この腕の中が世界で1番安心する。
慣れ親しんだ匂いと温かさが、とても落ち着く。先ほどまで生きた心地がしなかった。
ルイス様の体臭をめいいっぱい吸い込み、さらにギュッと抱きつく。
「──リリィどの? 大丈夫ですか? 本当に何があったんですか?」
「大丈夫だよ。ルイス様が大好きだなって、再確認しただけ。ありがとう待っててくれて」
怪訝にしつつもポッと頬を染めたルイス様の顔面を魔術で綺麗にする。ついでに帰って来てそのままだったぼくも。
寝支度するため、一度ルイス様の身体を離すと、今度はあちらが引っ付いて来た。一秒も離れたくないくらい寂しいらしい。ワンコか。かわよ。
自室までルイス様を引きずりながら移動し、ローブを脱がされ、シャツのボタンを外される。明日は早朝から色々と支度がある。睡眠を確保するためか、抱きつく以外は不埒なこともされず。
寝巻きに着替えさせられたぼくをかつぎ、再びベッドに戻って来た。
毛布を肩までかけられて、寝かしつけるみたいに大きな手でポンポンされ続ける。頬杖をついてこちらを見つめるその表情のあまりの優しさに、くすぐったい気持ちが芽生える。
未来なんて、正直、わからない。
でも少なくとも、この人の元に生まれてくる子どもは、幸せなんじゃないかと思えた。
おでこに軽くキスをされ。いつものように、とろけるような、それはそれは嬉しそうな顔をした彼が、今日の終わりのあいさつをする。
「おやすみなさい」
「おや……す、み…………」
ぼくは泣きたいくらいの幸福を噛み締め、ルイス様と出会えた奇跡に感謝しながら、心地よい微睡にさそわれる。
特別ではない、なんてことない、日常になりつつある、それでも優しさにあふれた今日という日の終わりを、ぼくはルイス様と迎えた。
しばらくしたのち。
ルイス様との間に子宝も恵まれ、慌ただしくも幸せな毎日を送ることとなる。
子ども達がある程度大きくなり、縁談を勧められることも少なくなかった。そんな時、各々で相手を一歩引かせる、お決まりのセリフがあった。
ルイス様に似た娘は「パパより強い人じゃないと嫌」と。
それを聞いたルイス様は王国最強の騎士となり。
僕に似た息子は「母さんより強いヤツじゃないと嫌だ」と。
それを聞いた僕は世界最強の魔法使いとなり、互いに親バカを発揮することとなった。
ちなみに末っ子は「ししょーよりカワイイですか?」と、相手を困らせ。
どう答えても雷が飛んでくるという理不尽な目に遭わされたんだとか。ファーガスじいちゃん(元上司)が1番子ども達には甘かった。




