作品は演出家だけのもの?
次の舞台のリョウは、また悩んで自殺する役だ。
リョウの役は意味のある脇役といえるもので台詞は少なく、
健康な心身の青年が初めての体験を歳が近い義母に誘惑されて思わず持ってしまったことでそんな自分を責め自殺してしまう、という流れなので、
この舞台のために痩せたりやつれたりするようなキツいボディメイク減量をする必要はない。
だだ、リョウが言うには、
若い後妻の方にも歳が近い息子を誘惑しなければならないほどの寂しさがあるのか、単に息子を愛してしまったのか、暇潰しなのか、
ことのきっかけのシーンが浮かぶように意味を含めて演じたいのに、そのあたりは時間も限られる舞台では存在しないのだそうで、
この息子が自殺するときの表情を創りづらいのだそうだ。
舞台では出番は少なめとはいえ、生のリョウを観られたらそれだけで満足というファンが公演中何度も座席を確保してスコープでメイクの違いまで覗くものなので、
せめてコアな自分のファンには毎回微妙に変えている小さな工夫を愉しんでもらいたい、という。
リョウは実は舞台は初めてだが、
主役映画のシーンを撮るときのように自分の役の人物としっかり向き合っているところはユウコには尊敬しかない。
ユウコがマネージャーのスドウから耳にしたところでは、
舞台は日によって空気が違うので慣れた役者はその日の流れで演技をする部分もあるらしく、
あらかじめ決めたことを間違いなく演じるだけではないものなのだという。
舞台は演出家のものだから役者は求められた色以外を放ってはならないのだというのも聴いたことがある。
リョウはいつか舞台でも主演をとり、座長として、経験の長い役者陣やファンが付いた新人俳優などをまとめる日が来るはずなので、
とにかく今回は演出家の脚本どおりに静かな演技をしてみてはどうかとユウコとリョウは相談をしながら昼間に焼いておいたチーズケーキを食べていた。
チーズはカルシウムやミネラルが豊富だし、20~30%を占めるタンパク質は身体に必要なアミノ酸をバランス良く含むタンパク質のなかの王様で、肝臓の機能改善をする。
チーズケーキはリョウの健康のために、カロリーの少ないカマンベールとブルーチーズを中心に蜂蜜をプロポリスごと入れて焼いたものだ。
自分の若く華やかで強い輝きを押さえなければ座長俳優やヒロインの女優より簡単に目立ってしまって作品の全体像が脚本から離れる気がする、
と、ユウコが話すと、
リョウは目を丸くして、なんだそんな風なの、と少し納得しない様子でソファを立ってお風呂に入りにいってしまった。
リョウは賢い男の子で、
ユウコと意見が違う時は反論せずにスッと目の前から上手いこと場を変えてしまう。
本当は反論が聞いてみたいユウコなのだが、やはりまだそこまでリョウは大人ではないのだ、と思い時間が流れるままに任せる。
リョウの方は、
小さい頃から演技の現場にいる自分が感じていることを教師だったユウコが理解できないのは当たり前で、
しかもユウコは女優になるわけではないのだから論破する意味はない、と思ってユウコが沸かしておいてくれた風呂のバスタブにゆったりと浸かった。
舞台練習で若いリョウは演出家に熱心に想いを吐くのを許されていたが、
実は陰ではめんどくさがられていることをユウコは知っていた。
リョウはまだ自分を信頼してより大きく輝かせてくれる監督や演出家とは出会えていないのだ、
と、ユウコは思っていた。
リョウは自殺ばっかりでなく、
ディテクティブものや異世界ファンタジーを綺麗に実写化できる容姿をもつ希少な俳優なのに。
俳優リョウは、明日は昼までは学校だ。