与えられた生命の時間を楽しまないとね
アメリカから帰ってきたユウコには、これから日本で先進医療を受けられるだけの充分な遺産がまだ残っていた。
医者から癌の大きさを画像確認させられるたびに、
こんな自分がリョウのような男の子と結婚出来たことも、ガンの罹患もそしてこれからやってくる死期も、
きっと生まれたときにすでに決まっていた自分の運命なのだと思えるようになっていた。
いまや学生ではないリョウは、
ユウコのためにもハリウッドで認められるような世界的俳優になりたいと、自分を追い込んで日々鍛練していた。
演技やダンス、筋トレ、ヨガ、仕舞、乗馬、歌、殺陣などのレッスンが毎日時間を追って目白押しで入っており、
ユウコはそんな彼の健康体力を支えるための住環境や料理を担当するようになり、カロリーコントロールだけでなく薬膳も学ぶようにしていた。
仕事の方は、リョウが帰国するやいなや、あっという間に2年先まで舞台や映画の出演が決まり、さらにCM契約も増え、さすがに事務所の営業力には驚いてしまった。
リョウはその昔、自殺役ばかりやっていたとは思えないほど、今はバラエティーに富んだ役をそれぞれ真面目に向き合ってこなしてはいるが、少し物足りなさを感じているということをユウコにだけは打ち明けることもあった。
自分を信頼してそんな話をしてくれるリョウを見るとただもう嬉しくなって涙ぐんでしまうユウコは、
近頃、ある種の匂いに限っては食事が美味しく取れなくなるというような、まるで自分の身体の細胞にじわじわと退廃性変化が起きているような感じに気付かされていたが、
仕事やレッスンに忙しいリョウには気づかれないよう、うまくやり過ごしていた。
リョウも休みなく全力で仕事とレッスンに向き合っているので同居している夫婦とは言えなかなかのんびりとは過ごせず、
2人が時おり肌を重ねて愛し合うことがあっても、痩せたね、と先に言うのはユウコの方だった。
リョウは、
ユウコが全てをうまく整えてくれたアメリカのホストファミリーとの暮らしやハイスクールでの楽しかった日々、ブロードウェイの観劇三昧で見た役者たちの本気の汗や舞台をやり遂げた者だけが流す美しい涙を、
これからはきっと、自分の俳優としてのキャリアに生かさなければならないのだと、毎日毎日目の前のすべてのことに気を遣いながら仕事の一つずつを大事に勤めていた。
ユウコは、
真面目に仕事をしているリョウの健康を支えることを一番の喜びとしながら、自分が1日でも長く生きてリョウを見ていられるよう、痛みや吐き気のある治療でも前向きに耐えていた。
やがて秋になって重ね着が出来る季節になってきたので、痩せた身体が目立たないようにユウコは明るい色のフワフワした膨らんだ素材の服や帽子ばかり身につけるようにした。
今ではリョウは180cmを少し越えるほど背が伸びて、168cmの日本女性としては長身のユウコでも見上げるような、姿勢の良い凛とした美青年になっていて少し涼しくてもカッコイイ薄着が似合っている。
夕食のときリョウが、
来月2日ほど撮影の予定が落ちたので2人だけで過ごそうよ、と言ってくれて、
ユウコは2人だけの新しい想い出をまだ作れることが嬉しくてたまらず、いきなりリョウに翔び付くようにハグした。
リョウは以前より痩せてはいるけれど、筋肉が付いて体幹もしっかりしたので急に抱きついても簡単に受け止めてくれて、ユウコには頼もしくて男らく思えた。
リョウは抱きついてきたユウコを受け止めながら、
最初に出会った高校で補講をしてくれた時も事務所との仕事のやり取りでもアメリカでもずっとユウコに頼ってきたけど、
この人はこんなに細くて軽い頼りなげな人だったのかな、と、妙な感覚を持ったものの、
それは夫である自分を100%信頼して応援してくれている妻であるヒトへの愛おしさなのだと思った。




