一話 割れた玻璃1
今年も一年ありがとうございました。
時間が過ぎるのはあっという間で気づけば暑さも落ち着き10月になっていた。
「ねえ、今度の撮影ってどこだっけ?」
今日は日曜日で学校はもちろん、撮影もお休みだった。いつもは誰かと出かけている彩夜乃ちゃんも部屋にいて2人揃って部屋でゴロゴロダラダラと過ごしている。家だと絶対にできない。寮ならではの休日の楽しみ方だった。
そろそろドラマの撮影も中盤に差し掛かり私の出番がやってくる。それで最近は日数を数えてはため息をつくことが増えてしまった。あと一週間ほどで撮影が始まってしまう。
「次の回の最後の方の場面じゃない?」
妹である彩夜乃ちゃんはあまり緊張しない性格らしく出番のある前の日でもいつもの調子と変わらない。私にはとても羨ましい。
「もう順番が回って来ちゃうよー、彩夜乃ちゃんが代わりに演技してくれない?」
「顔は似てるけど演技の感じは全然違うってみんなに言われたばっかりじゃん」
「そうだけどー」
撮影の前にみんなで練習しているうちに自然とそれぞれの癖や特技は見えてくる。例えばみーちゃんはうまくそのキャラの個性を出すのがうまい。結だったら実際にいる人の様子を真似しなければ演技できないけれど、それをさせたら完璧に真似をして自分のものにしてしまう。彩夜乃ちゃんは元気いっぱいな演技が得意で私は逆でおとなしい子しか演じられない。
「なんか難しいじゃん。劇とドラマは違うっていうか」
劇は大きい振りや動きを何度も練習すればどうにかなるものだ。でもドラマはそうはいかない。
「彩夜芽ちゃんは演技好きじゃないの?」
「大好きってほどでもないんだよね。みーちゃん達と演技して半分遊びみたいなのは楽しかったんだけど」
もちろんドラマだって楽しくないわけではない。でも何か違うのだ。
「自分で表現するって苦手だから難しい。文字を読んでるだけなら情景ははっきり動くのに」
「いざとなったら入れ替われば良いじゃん。気楽にいこうよ。それより! 一緒にこれ作ってみない?」
スマホの画面を見せられる。そこに写っていたのはカラフルで可愛らしい・・
「カップケーキ? 鮮やかな色だね。着色料たっぷりって色してる」
「それは言っちゃダメだよー」
あまりに着色料な色で鮮やか過ぎると美味しくなさそうに思ってしまう。
「ならさ、この緑いのを抹茶で作らない? 結構鮮やかになるよ? あと苺と・・スモモは? スモモの方が鮮やかな赤になるかな? あとは・・ブルーベリー?」
苺はすぐに燻んだ色になってしまうから難しい。でもジャムにしてあるスモモなら綺麗な色で作れる。
「彩夜芽ちゃんはカップケーキ作れる? 私はあんまり作ったことないからわからないんだけど」
「お兄ちゃんと作ってたからそれくらいならできると思う」
「買ってこなきゃいけない材料って何かな?」
寮にあるものは基本みんなのものだから勝手に使うことはできない。小麦粉やベーキングパウダーはちょっともらえたとして・・
「卵は無くてもできる。牛乳とか?豆乳でも良いけどそう言うのはいるよね。あとチョコ入れるならそれと、ジャムは私が持ってるから使っていいよ?」
毎年、庭で採れた果物で自家製ジャムを作っている。お兄ちゃんに寮にも持って行きなさいとそれを持たせられていた。
『彩夜乃ちゃんいる?!』
バタバタと足音が聞こえてきて誰かのそんな声が聞こえた。でもこの声って男子じゃない?
『彩夜芽ちゃんは?』
どこか焦っているような声。何かあったんだろうか? お兄ちゃんが押しかけてきたとか?
「いるよー」
「どうしたの?」
バンっと勢いよく扉が開く。そこに2年の男子が2人。結とそれなりに仲良くしている人だった気がするけれど名前までは覚えていない。
「・・こっち女子寮だよ。なんで入って来てるの?」
「彩夜乃ちゃん、事情があるのかもよ」
普段、こちら側の建物に一歩も入ってこない男子が何もないのに部屋まで来て入ってくるなんて思わない。
「そう! 優斗と結理が喧嘩してるんだ」
「俺たちには止められそうになくて、2人ならどうにかしてくれるかなって!」
とても仲が良くて喧嘩なんてしてるのは見たことがない。というか、昔の時代の生まれだからなのかある程度の距離感を保ちつつ踏み込みすぎず、でも兄弟らしくお互いにいい関係を保っているように見えていたのに。
「優斗がわがままでも言ったのかな? あのとっても大人な結理くんは怒らないでしょ?」
「そう? 結って最近ピリピリしてるし・・」
疲れているように見えた。あちらの時代とこちらを行き来して両方の勉強をこなしているらしい。だいぶ忙しいらしくほとんど話せていない。それに大人っぽく振る舞うのが上手いだけで意外に子供らしいところもあるものだ。
「もしかしたら機嫌悪いかも」
「とにかく早く行こう!」
部屋を出て廊下を走り、みんなが使えるリビングを突っ切って男子寮の方へ入った。
廊下を進むとそこには何人もの男子が溜まっていてドアが開いたままの部屋を覗き込んでいる。
「結理、やめよう」
「うるさい! 離せ!」
「どうしたんだよ」
宙達の止めようとする声と、結の聞いたこともないような叫び声。何かが気に入らなくて怒っているような声だ。
「おーい! 2人を連れて来たからちょっと通して」
すると部屋を心配そうに覗き込んでいた男子達が私たちの方へ寄ってくる。
「俺たちにはどうしようもないんだ」
「宙が仲裁に入ったけど全然効果ないし」
「あのままだと優斗が・・」
バンっと何かを叩きつけるような音がした。声が止んで静かになる。慌てて部屋の前に行くと・・
壁に寄りかかって座りただ目線を上に上げている優斗くん。そこにはなんの感情もなくただ見上げているように見える。そのそばには変な形で開いて落ちている本。優斗くんの目線の先には宙に抑えられているものの今にも優斗くんに向かって何かしそうな結が居た。
あの本は結が投げたの? それがさっきの音?
「宙! はなせ!」
「一回落ち着けよ。冷静になって話せばわかるって!」
結の手にはもう一冊本がある。結がその手を振り上げ・・色々な物が散らばっている部屋に入ってその手を掴もうとしたけれど遅かった。
「ダメ!」
その本は結の手を離れ・・優斗くんを庇うように立っていた彩夜乃ちゃんに当たり、パタンと床に落ちた。
「彩夜乃ちゃん、大丈う・」
のんびりした性格の彩夜乃ちゃんの見たことのなかった表情に言葉が詰まった。結のことをキッと睨み、今にも泣きそうで。
「優斗のこといじめないで!」
そのまま結に掴みかかった。
「兄弟喧嘩ならいいよ。こんなの一方的じゃん! 優斗は何にもしてないよね? 優斗は喧嘩で手を出したりしないもん。なのに・・物投げて叩いた?あんまりだよ」
「彩夜乃違うんだ。俺が悪い。兄上は何も悪くないからっ」
ずっと口を開かなかった優斗くんが慌てて言葉を並べた。
「優斗、行こう。顔冷やさないと。とりあえず私の部屋においで。彩夜芽ちゃんならそれくらいいいって言ってくれるから」
「ちょっ、待って!」
彩夜乃ちゃんは優斗くんの手を引いて部屋を出ようとする。でもそれを優斗くんが止めた。
「兄上、ごめんなさい」
それ以上は待てなかったのか強引に強制的に優斗くんを連れて行ってしまった。
「結、どうしたの? 嫌なことあったの?」
結はただただ悲しそうに見えた。涙が見えないだけで表情はそんな時と何も変わらない。
「なあ、宙。優斗の存在だって宙が仕組んだことなんだろ。こんなのおかしい。偶然じゃないんだろ」
声はさっきよりも落ち着いているけれど、叫んでいる時よりもずっと結は辛そうだ。
「そうだよ」
宙が何かしたの? 優斗くんに対して怒ってるんじゃなかったの?
「なんで、なんで、なんで! なんでおれなんだよ?! ここまでしなくていいだろ。弟までっ・・」
「ちょっと! なんの騒ぎ?」
騒ぎを誰からか聞いたのか燈依先生がやってきた。
「先生、ちょっと頭冷やしてきます。結理のこと・・お願いします」
宙もここを離れる。すると私しか残らない。こんな結を残して離れるなんてできない。
「・・みんなは部屋に戻ってちょうだい。結理くん、叫んで汗かいたでしょう。お茶とタオルでも持ってくるから、彩夜ちゃん、ちょっとだけここにいてくれる?」
「はい」
先生も離れて扉が閉まり、完全に2人っきりになると結はどさっと畳まれた布団に座り込んだ。
「彩夜、・・誰とも会いたくない。先生とも今は嫌だ」
「うん。来たらそう言っとく。私もどっか行った方がいい?」
服の端をつんと引っ張られた。強いけれど弱い人。落ち着くまではここに居ようと彼の隣に座った。
読んでいただきありがとうございます。
ここから新章の始まりです。物語が一層深くなっていくような章になるのでは?と思っています。
せっかくなので書き溜めていた分を何日か続けて投稿したいと思います。
来年も読んでいただけると嬉しいです。




