第43章
五回。姉は先頭の九番松居に対し初球、肩口に死球を与えた。
「おりょ、ごめーん」おどけてはいるが、すっぽ抜けなんて信じがたい。疲労か？
でももし蘭ちゃんの死球への報復でやったんなら、良くはないけど気持ちはわかる。
悪い形で上位に回した。一番の牧田。姉はフォークを多投して三振にとった。しかし二番の小野寺には速いゴロで三遊間を割られて一死一二塁。
三番森田が打席に入る。森田もけっこう投げているが、疲れは見えない。危険な相手だ。
「おまえを敬遠四球にしてやろうか」姉閣下は謎台詞を諳んじながらセットに入った。
初球、速球がアウトローに決まりストライク。森田はスイングの際、体が一塁側に流れる傾向がある。押っつける意識がなければ外角は打てないはず。
しかし二球目、姉は内角に投げた。ややスピードを抑え気味の球を森田は引っ張ってファール。強い当たりだったが、強打を意識しすぎているようだ。姉の術中にはまっている。
「にょほほ」姉の三球目、外角のボールになるフォークに森田はついていった。後ろに転がるファール。ツーストライクから切り替えてきた。
「おー、ついてくるとは」姉は大げさに驚いてみせる。そしてほぼ同じ球を続けたが、またファール。次はインハイに速球、これも後ろに飛んでファール。
慣れられたと言うより、姉の球威が落ちてきている。
「やるな、チャラ男め」姉はボールになるフォークを続け、二球とも見送られツーボールツーストライク。投げる球がなくなってきた。
待ちではない速球もファールにされるし、遅い球は危険。投げ急ぎで高めに浮いたところを痛打されるのが怖い。
しかしバッテリーの選択はフォーク。森田は十分に呼び込みスイング、強烈なゴロが姉の左脚を掠めた。打球は中堅へ。
と思った瞬間、やや深めに守っていた二塁桐谷さんが追いついて逆シングル捕球、走ったままバックハンドで打ち返すようにグラブトス。浮かんだボールを走ってきた遊撃佐伯さんがベース上で捕球、そのまま体を逃がしつつ一塁へ送球。ワンバウンドを三田村が体を伸ばして掬い上げ、併殺完成。
「よしっ」僕のガッツポーズとほぼ同時に、球場が沸いた。いつの間にかバックネット裏で観戦していたギャラリーも拍手している。
「薫、ナイス。えへへ」
「美嘉ちゃんがいてくれたから、ですわ。うふふ」
ベンチに戻り際、ねっとりハイタッチする二人の顔がやたら近くて、もう少しでキスしてしまいそうだ。やらしい。
「三人ともナイスプレー。誰が欠けても成り立たない併殺だったよ。最後を締めてくれた三田村も。あそこで逸らしてたら一点入ってた」
「ぬあ、ありがと。ひしし……えへ」笑いを全然こらえられてなくて途中で諦めた三田村の綻んだ顔、嬉しそうだ。正面のハーフバウンドだったし、かなり難度の高い捕球だった。
