第39章
「さあ、追加点狙っていこう。点がとれる打順だ」
三番前田。さっき内角を強烈に弾き返した印象が残ってるんだろう、守備が極端に右側へ寄った。やはり捕手上本の指示だ。
初球、前田は悠然と見送ってストライク。カーブだったが、見送り方が美しい。打つために万全の準備をしていながら、軸がまったくぶれない。
二球目。インローへの速球、前田は完璧にとらえ引っ張った。
打った瞬間ファールになるのはわかったが、弾丸のような打球が一塁側のフェンスにぶち当たった。
「おわ、危ねえな」マウンドの森田が汗を拭う。
前田は本当に、内角を捌くのが上手い。今のコースは打ちにいかなくていいくらい厳しかったのに。しかし前田は表情を変えない。さっきと同じように、バットでスイングの軌道をなぞった後で肩に乗せ、跳ね上げた。この一連の流れが芸術的だ。既に完成されている。
森田は外角に三球外し、フルカウントから投げたのは緩いカーブ。前田は踏み込んでから一瞬留まるようにしてボールを待ち、ジャストミートした。
しかし弾丸のような打球はシフトを敷いた右翼の定位置。まるでキャッチボールのように、松居が少しびびりつつ胸の前で捕球した。
こちらのベンチからは溜め息が聞こえたが、前田は氷の表情のままバットを拾い、撫でるようにして土を落としながらベンチに帰ってきた。
「前田、ナイスバッティン」
「……アウトはアウトだし」
女子でありながら、バレンタインにもらったチョコを持ち帰るのに紙袋が必要になる理由がわかってきた。前田、かっこいい。
「あんな綺麗なバッティング、見てて嫉妬するよ。惚れ惚れする」
「そ……そう、か?」僕の言葉で急に氷は溶け出し、前田は真っ赤になってあたふたしだした。
氷の女王をこんな乱せるのは僕だけなのか、と考えると不意に意地悪したくなったが、今は長谷川が怖いのでこれくらいにしておこう。
「ちゃららーん。拓、サインはホームランでいいよっ」
続いて、やかましい姉が打席に入る。疲労が心配だし、できれば塁に出てほしくない。
そう思ったらまた敬遠。やはりそうきたか。
「な、なにゅう?」姉は悲しそうな顔。もう無理に打ちにいってアウトになってもいいや。と思っていたら、予想通りと言うか姉は三球目、多少甘くなった敬遠球を打って右中間に飛ばした。こいつにはセオリーが存在しない。
深く守っていた中堅の牧田が早めに追いつき、姉は一塁を回って止まった。
「舞ちゃん、勘弁してくれよ」マウンドの森田が苦笑い。もう僕も勘弁してほしい。
当然、次の愛ちゃんも敬遠された。一死一二塁、続く六番はリズだ。
「リズ、今度は打っていいよ」
一応そう言ってはみたものの、リズは球に対する恐怖心がまだ強い。身体能力は高いから、ちゃんと振れればスイング自体は良いんだけど。
リズの立ち位置は右打席のほぼ真ん中、そこでは外角は厳しいだろう。ただ、甘い球が来ればあるいは。
森田は外角寄りに集めてワンボールツーストライク。三振で長谷川に回れば、まだ期待はできる。しかし一塁走者愛ちゃんだし、引っかけて併殺も考えられるパターンか。
やや真ん中に来た四球目を、リズは打ちにいった。かすかに当たったが、ファールチップで三振。そして完璧に森田のモーションを盗んでスタートを切っていた姉は三塁へ。ばか、無理すんな。




