第32章
四点はリードしたが、僕は楽観していない。うちの打力が主軸に偏っていることは明らかになったし、相手からすれば前田からの三人とまともに勝負しなければいいだけのことだ。
先発のリズと、膝が完全でない姉にかかっている。外野に飛ばされるとあっさり大量失点も考えられるし、できるだけ三振かゴロにとりたい。
二回に入って早速、恐れていたことが起きた。四番の中井に対し、チェンジアップがすっぽ抜けて死球。
セットポジションからの投球になる。フォームが大きいリズは、とにかくセットが苦手なのだ。
五番、上本。歩かせてもいいと思ったが、案の定ストライクが入らずストレートの四球。無死一二塁。しかしここからは下位、守備を見た限りではみんなほぼ素人だ。
「リズ、自分のテンポで投げよう。愛ちゃんだけ見てればいい」
僕が叫ぶと、リズは大きく深呼吸した後、またウインクしてきた。少し落ち着いたようだ。
打者は六番の伴。やや緩慢な脚の上げ方から、リズが投げた。うまく体重が乗っている。
ほぼ真ん中に速球が決まったと思った瞬間、愛ちゃんが跳ねるように一塁へ送球。ボールは三田村が足元に構えた長いグラブに吸い込まれ、そのまま走者にタッチ。
「アウトっ」
「よしっ」僕と愛ちゃんがほぼ同時にガッツポーズ、相手ベンチからは悲鳴混じりの声が上がった。ここでアウトをとれたのは大きい。姉は右翼から変な動きで喜びを表現している。
その時、相手ベンチから「おい伴、作戦その一いくぞ」と声がかかった。
すると伴は不自然なほどベースに近づき、体を縮めて構えた。なるほど、投げにくくして四死球狙いか。
作戦は効いた。リズは明らかに戸惑い、ストライクが入らずまた四球を二つ続けてしまった。首を傾げ、帽子をとって汗を拭っている。腕がまったく振れていない。
「タイムお願いしまーす」満塁になって、愛ちゃんがマウンドに走り寄った。続いて内野全体がリズに集まる。
「リズ、あたしのミットだけ見るようにしな。ストライクさえ入れば大丈夫」
「そうですわ、打たれたら私たちが守りますの」
「薫の言う通りだよっ。安心してね」
「みんな、心持ち前寄りに守ろう。内野ゴロは、間に合うと思ったら迷わずバックホームだ」
