第27章
そして当日。場所は河川敷の中でも設備の整った、ダグアウトのある野球場を借りた。両翼九十メートル、フェンスの高さは二メートルないくらいか。実際に入ってみると狭く感じた。審判はお嬢様の桐谷さんが呼んでくれたそうだ。僕と姉で挨拶しておいた。
「あ……うっ」
蘭ちゃんが唾を飲み込んだのが見えた。陸上とか個人競技のほうが緊張感ある気がするけど、蘭ちゃんはけっこうなあがり症という感じがする。前日もリラックスする方法をメールで訊いてきてたし。
「蘭ちゃん、どきどきしてる?俺も、まともな球場は久し振りだなー」
「は、あの、ぼくやっぱり上手くできないかも知れにゅでしゅ」
「大丈夫。持ってる以上の力なんて出そうとする必要ないよ。できると信じられることだけ、やってみてくれれば十分だから」
「ふぁ、はいっ」
「みんなにも訊いてみようか。みんな緊張してるー?緊張してる人、手を挙げて」
僕が呼びかけると、意外にも力なく手を挙げたのはリズ一人だった。
「拓ちゃん、リズちゃん何とかしたげてーな」
「ほんま、さっきから泣きそうやねんで」
僕が側に寄ると、リズは本当に泣きそうな顔だった。それもヒステリックな感じだ。
「リズ、緊張してるの?」
「タクマ、私、ちゃんとできるか不安になってきたの」
「ちょっと深呼吸しよう、ほら。……もしリズが言う通り、ちゃんとできなかったとして、どうなると思う?」
「え?そしたらどうなるかな……ま、負けちゃうかな」
「そうだな。でも、そんなことくらいなら別にいいじゃん。勝負してみれば負けるのなんて当たり前だし、怖くなんてないだろ」
「でも、タクマとのデートが」
「今日だって俺と一緒に野球してるよ?それって楽しくない?」
「あ、そうだ……そうだよね。あれ、私、何が怖かったのかな?わかんなくなっちゃった」
「大丈夫だよ、みんなもいるから安心して投げて。ほら、ウォームアップ始めよう」
僕が軽くリズの肩を叩いてあげると、リズは笑顔を取り戻した。と思った瞬間、僕に飛びついて耳にキスをして逃げた。振り向いていたずらっぽく舌を出すリズが、子供っぽくて可愛い。その容姿でその行動は反則だ。
「こらあリズ、おどれ拓に何さらすんじゃあ」
「あ、あの泥棒猫……殺処分してあげないと」
姉と比べると、長谷川の言動は洒落にもなってなくて本当に怖い。そして隣の前田は顔を真っ赤にして目を泳がせていた。
「おざっす舞ちゃん、今日も可愛いねー。チームメイトもみんな可愛いし、よりどりみどりって感じ?わかってるだろうけど、うちが勝ったら約束、よろしくねー」
「よかろう。しかし貴様らが負けたらマダックス、忘れるでないぞ」
姉は内外にそのキャラを通すつもりなのか?さすがと言うか。
挨拶とメンバー表の交換に来たその主将らしき男の見た目と態度で、くそチャラいと姉が言う意味がよくわかった。
三塁側ベンチに帰りながら「ちょおま、まじ全員可愛くね?最高じゃね?」とか言って盛り上がっている。ただ、向こうの体つきを見る限り、経験者らしいのが五人くらいいるし油断はできない。
「うん。たしかに姉、あれはチャラいな」
「そうでしょ?片っ端からバットで脳の造りを矯正してあげたくなるわ」姉なら本当にやりかねないところが何とも。
「……よしみんな、勝負は実力とか運じゃない。勝てばいいんだ。とにかく勝つためにできることを全部やろう」




