第24章
「なあ長谷川、俺が推薦辞退しても、大学で野球やらなくても、俺に対する気持ちは変わらないか?」
「はい」
「うん……じゃあ、俺が野球辞めたら残念か?」
「はい。すごく」
「そっか」
「先輩」
「どうした?」
「私、ずっと前から思ってたんですけど、先輩の眼って、ほんとに何でもお見通しって感じで、時々怖くなるくらいで……みんなのことすごくわかってて、その眼があったから、あの投手と捕手の力だけのチームで甲子園に出られたんだと思うんです」
「おいおい、野球は九人でやるもんだぜ」
「……みんなにはちょっと失礼な言い方だったかも知れないですけど、上のレベルで通用するのはその二人だけだと思います。先輩も口に出さないだけで、ほんとはそう思ってるんじゃないですか?」
「たしかに、健太はそうだな。でもな、他のみんなだって」
「先輩っ」長谷川は僕の言葉を遮った。
「やっぱり先輩は過小評価なんです。先輩は自分のことは、自分のことだけは見えてないんですっ。いくらよく見える眼だって、自分で自分を見ることはできないから」
「……長谷川、ちょっと手、見せてみな」
僕は隣に座る長谷川の手首を軽く掴み、引き寄せた。
「え?やっ……そんな、急に」
「右手に豆が集中してる。これ素振りじゃないな、バッティングセンターか?」
「え、あ、はい」
「もう少し小指に強く意識をおいて握ったほうがいいな、それで親指側は軽く。あと、練習しすぎだ。あんまりやりすぎると体壊すぞ」
「はあ……もうっ」
「何だよ?」
「他人のことは、そんなによく見えてるのに」
長谷川が照れながら僕の手を振り払い立ち上がると、河川敷に少し冷たくなりかけの風が吹いた。僕は明日にでも、推薦辞退の連絡をしようと思っていた。




