第18章
河川敷に到着。長谷川のせいもあって早めに出発したから、まだ誰も来ていなかった。
「遥ちゃん、拓とキャッチボールしてみなよ」
姉が長谷川にグラブを渡した。長谷川は少し、戸惑いつつも僕に「じゃ先輩、よろしくお願いします」と頭を下げてきた。
長谷川はキャッチボールくらいなら普通にできる。毎試合スコアをつけてたくらいだし野球も知ってる。
「遥ちゃん、普通にできるじゃん」
「え、そうですか?」
「今日から練習、一緒にやろうよ」
「私でお役に立てるなら、よろしくお願いします」
「かしこまっちゃって、可愛いなー」
そう言う姉が、罠にかかった兎を見るような表情に見えたんだが。
そんなことをしているうちメンバーが集まってきて、今日は女子十一人。準備も前回よりはてきぱき進んだ。
「みんな集合。練習始める前に新しいメンバーを紹介するよ、ほら、遥ちゃん」
「はいっ。えー、長谷川遥です。野球部のマネージャーをしてました。自分でスポーツやるのは久し振りなんですが、頑張りますのでよろしくお願いします」
拍手が起きる。こうして見ると、本当に明るくていい子に見えるんだけど。
「みんな仲良くしてあげてね。じゃあもう一つ、大事な話があるから聞いてね」
姉が突然声の調子を重々しくすると、全員に緊張が走った。何を言う気だ?
「この中で、不純な動機で野球やってる奴、手を挙げろ」
「……は?姉、何言って」
「拓は黙りなさい。私の可愛い拓にあわよくばお近づきになりたいとか、一緒にいたいとか、そういう目的でここに来てる奴、手を挙げろっつってんだよ」
絶叫した姉の威圧感で、みんな凍りついてしまっている。
「さゆ、おまえ、なんで手を挙げない」
名指しされた前田は俯いたまま耳まで真っ赤にして「す、すみませんでした」と答え、手を挙げた。まさに絶対服従という感じ。そして僕がいる前で告白と同じ意味のことを強制させる姉が鬼畜。
「そこのでかい奴、三田村だっけ?おまえもなんで手を挙げない。わかってないとでも思ってんのか」
「あ、あ、う」
「リズ、おまえは?」
「わ、私は手を挙げたかったんだけど、だって舞、すごく怒ってるみたいだから」
「挙げろ。今言った全員、ずっと手挙げとけ」
三人、教室で先生に吊し上げをくらう小学生みたいに手を挙げたまま。三田村とリズは泣いている。どういう才能があったら瞬時にこんな異常な雰囲気をつくれるのか。
「あ、あの」
「あ、あの」
「うちも、うちらも拓ちゃん好きやし、ほんまは正直、拓ちゃん目当てで来てるとこもあるから……」
「ごめんなさい、不純ですんませんでした」
「じゃあおまえらも挙手。他は自己申告する気ある奴いないのか?おい」
「舞、仕方ないから私も言っちゃうけど、拓ちゃんのこと気になってる……かも」愛ちゃんまでが手を挙げる事態に。何この状況?
「あのっ、私も……です」ここで長谷川も参加。
「蘭ちゃん、後から言っても許さないからね?」変に優しい口調で姉がそう言うと、蘭ちゃんも黙って手を挙げた。遠目に見てもわかるくらい震えてるし、何度も唾を飲み込み恐怖に耐えていてかわいそう。
「私は、一番は美嘉ちゃんですし……」
「わ、私だって、一番は薫なんだけど」
「今言わないで、後から拓に手を出したら殺すぞ」
殺すぞとか言ってるよ。結局、テニスの二人も恐怖のあまり挙手した。
「おい、これじゃあ全員じゃねえかっ」姉がさらに怒鳴る。声がでかい。何がしたいのか未だにわからないし、僕にはプロレスにしか見えない。
「あのね、拓の相手は姉である私が決めるの」
「ちょ、姉、何言って」
「正確に言えば、私が気に入らなければ私が認めない。まあ実質、私が決めるのと同じことね。それでね、私、野球が上手い女しか認めないことにしてるの」
ああ、ちょっと筋書きが見えた。そして姉が、任せといてと言った意味がわかり始めていた。




