結婚式編 2
ドラムの屋敷、王宮以外に王都ではもう一か所、僅か一晩で目まぐるしく動いた事実に翻弄される場所があった。ハイビィッシャー家のお屋敷では、一晩経っても戻らない、イダンソ、ザーマの事でザーマ付きのメイドたちは騒ぎ始めた。
「一晩です! 緊急事態です! 大変です! お嬢様が、ザーマ様が、ああ、私も付いて行くべきだった。眠れていますか? ああ、寂しいでしょう。分かります。分かりますよ! 」
「カース様、落ち着いてください。とにかく、仕事を」
「結婚式の打ち合わせでしょ? 一晩ぐらいは仕方ないわよ? 」
「侯爵様、機嫌悪かったもんね。ザーマ様、怒られていなければいいけど、」
「いやぁ、案外、久しぶりに再会した王子様が、ザーマ様の健康的な体付きに、浅ましい欲情が爆発して、抑えきれない衝動のまま獣のように、」
「いやー、止めて―! ってそんな馬鹿な事、結婚式前にしないでしょ? しかも、父親を前にして? それはある意味、英雄だよ」
「……」がくがくブルブル
「殺そう。うん、それが一番早い。いけなかった。駄目だったんだ。私がお嬢様のお傍を離れた事がいけなかった。ああ、私だけでも学園に付いて行けば、」
「お願い! それしかないわ! お嬢様に傷をつけてはだめよ! ああ救いに行かなくては! 」
「だから、カース様! お仕事!」
ザーマ付きのメイドたちは、戻らない主人の身をそれぞれ案じていた。
気持ちをそのまま言葉にして、普段通りの仕事をして、常識的な想像を働かせて、冗談ともいえることを妄想して、最悪の事態を考えて、とにかく、いつものようにザーマが戻てくると信じて、彼女たちは騒々しく一日を始めようとしていた。
「屋敷の前に、騎士様が来てるんだけど、誰か、バス様知らない? 」
「? お部屋じゃないの? ああ、結婚式って何が出るのかな? 王宮でもお肉食べれるかな? 」
「結婚式はケーキが出るのよ。お嬢様が言ってた」
「やったー! 楽しみだね! 」
「バス様ー? おーい! バスさーま! お客様ですよー!」
王宮からの騎士団がその屋敷に来たのは、そんな彼女たちのいつもどおりが始まるはずの朝であった。
「いきなりの訪問を先に謝罪いたします。王命により参りました。現在、こちらの屋敷のいる方々をすべて集めてください。」
「王命で? 分かりました。少しお時間をいただきたい」
「出来る限り早くお願いします。全員を集めてください」
屋敷に現れた騎士団は完全武装の者たちで、友好的な雰囲気は全くなかった。家令のバスは何か不安を覚えつつも、その言葉に従い行動を起こす。 少しの時間を頂いて、屋敷に仕える人間は全てが騎士団の前に集められる。
「これで、全員ですか? 」
「ええ、こちらにいる者たちで全員です。」
「分かりました。今回、我々は、イダンソ・ハイビッシャー侯爵の第一王子暗殺未遂の件でこちらに参りました」
騎士団の一人、バスとの交渉役を務めていた男が隊長格なのか、彼以外の人間は誰一人、言葉を口にしない。彼は、バスに確認を取ると、いきなり爆弾を投げ入れた。
「?」「え、」「はぁ? 」「ん? 」「 」「」……、
「聞こえていますか、王子暗殺未遂の件でこちらに参りました。皆様にはこのまま王宮に来ていただいて、そこで、お話を聞かせていただきます」
「ま、待っていただきたい、あ、暗殺? 侯爵様が? な、何かの間違いでは、い、いや、」
誰一人、理解できた者は居なかった。皆が唖然とし、何を言っているのか考える前に、再度、騎士団の男は同じことを口にして、今度はそれに加えて、全員を王宮に連れて行くと宣言する。
その段階で、バスが言葉を口にできたのは、彼が全てを理解したからではなく、何もせずにそのまま流されてしまう事への危機感から出た防衛反応であった。言葉を考えながら、反論を組み立てて、できる限り、理論的な言葉で彼は騎士団に抗議を口にした。
「侯爵様の、そう、何か、恨みを持った敵が行った工作ではないか? ご当主様は、王家と縁を結ばれるのだ。なぜ、この時期に暗殺者を差し向けるのですか? 」
「工作? 暗殺者を差し向ける? はは、そうですね。」
「そうでしょ! おかしいでしょ? これは当家を狙った」
「実行犯は取り押さえております。イダンソ侯爵が昨日、サダーク王子を自らの手で暗殺しようしました」
「工さく……で、なんと? 今、なんと言われました? 」
「侯爵ご自身の手で働かれたのです。それ以外にも、今、現在、王都、王国の置かれている様々な問題の陰で動かれた形跡があります。皆様にはそのことについて、お話があります。」
その場にいた屋敷に勤める者たちは皆そんな馬鹿なという顔をして、心の中でバスの事を懸命に応援しながら、騎士とバスの会話を聞いていた。しかし、会話の結末は決まっていた。バスが見つけた小さな反論の糸口は初めから塞がれていたし、騎士は終始、慌てた様子なく淡々と語るが、その背中に大きな怒りのようなものが見えた。
王家への反抗を、明確な悪意を示した敵を前にして、何とかそれを理性で抑えているのが良くわかる。彼が優れた人格者であり、強い騎士なのだとその場の全員が理解できた。集まった者達がそれ以上何かを話すことをあきらめる中で、一人、いや、一つの集団はあきらめずに発言した。
「騎士様! ザーマ様は、ザーマ様は? 」
「イダンソ侯爵の娘様もお預かりしています」
「無事なのか! 答えろ! 」「何かしてみろ! 絶対に許さないぞ! 」「ザーマ様、ああ、ザーマ様!」「」……、
「うるさいぞ! いまは」
「黙れ! ザーマ様は無事か? 怪我はないか? 騎士様? 立派な騎士様は、ザーマ様に何もしていないか? 」
一人が喋り出すと、今度は全員が一斉に喋り出した。10人の女性の甲高い声にそれまで無言で立っていた騎士の一人が苛立ちのまま、返事を返す。それを遮るようにカースが一人、普段の様子を知る者ならば別人かと思うような暗く、重い声で騎士に質問する。
「ご安心ください。彼女は無事にお預かりしてますよ」
「分かりました。全員、ザーマ様の下に行きますよ」
「「「「はい!!!」」」」
押しかけた騎士団に負けないその迫力は彼女たちの忠誠がどれほど熱く、厚いのか示すものであった。




