奇跡編 4
ドラムの屋敷はもともと騎士団の詰所、練兵所を兼ねたものであったので裏口は使用人用の勝手口、品物の搬入口として使われていた場所になる。今は使う者がいないので固く閉ざされているその場所にニックとドラムの2人は着いた。
「ここか、ドラム」
「ああ、そうじゃ、よし、こちらに人はいないみたいだな」
「で、どうする? 蹴破るか? ぶっ壊すか? 」
「……、ニック、お前、ほんとに変わらんな。大きな音を立てるのはまずいから、壁を乗り越えて、中から門をあける。」
「了解、…しかし、飛べるのか? ドラム」
「任せろ。…、お前、爺扱いしたろう? 」
ニックが最後の言葉に答えずに会話は終了となる。その後、すぐに2人は動き出した。まず、ドラムが短剣以外の武具、鎧を脱いで身軽な恰好になる。ニックは壁の方に近づき、向こうの様子を探る。気配、物音、足音、呼吸、なにか少しでも分かる物がないかドラムの準備が終わるまで確認をする。
ドラムが準備を終えるとニックは向きを変えて、壁を背にして中腰の姿勢をとり、両手を合わせて足場になる場所を作る。軽装のドラムが少し離れた場所から助走をつけてそこを目掛けて一気に走る。ドラムの足がニックの作った足場にかかると今度はニックが一気にそれを上に持ち上げ、ドラムもその力をそのまま利用して更に飛んだ。
屋敷を取り囲む高い壁を悠々と飛び越えて、ドラム壁の向こうに消える。そして、どさっと少し不格好な音がした後、パン、パンとなにか払う音がして、少し間をおいて門が開く。
「…こけたのか? 」
「…急ぐぞ、儂の鎧をくれ、」
ニックの心配そうな声を無視して、ドラムは脱いだ鎧を再び着込む。思いの外、高く、そして、速かったが、何とかドラムは怪我することなく着地できていた。昔はもっと上手くできた気がするのに、そんなことを思い、しかしそれを口にすることはせずに、黙々とドラムは準備を整える。
ニックはそんな様子のドラムを待つ間、不気味なほど静まりかえる屋敷に目を向ける。今のところ何者かが暴れまわった気配はないが、ニックは何か起きていると確信した。今、ドラムの屋敷にいるのはノイエ、ニーナ、メイの全く戦闘力がない者と、ヒノクやベスの多少の心得がある者、そして、大魔術師のギクリに悪魔といった普通の人間が相手ならば問題ない戦力がいる。
ニックは出発前に悪魔に留守中の警備を頼んだ。気配の感知に優れ、睡眠も休憩も必要としない悪魔が、裏口から入ったニック達に何の反応も返してこない。これはつまり、悪魔がさぼっているか、仕事できないという事である。
「何が起きてるのか」
「準備出来たぞ、ニック、何か言ったか? 」
「いや、なんでもない、行くか」
「おう」
ニックとドラムは慎重に屋敷に向かう。
「コーショウ様、どうぞ、お座り下さい」
「ああ、では、失礼します。先に、夜分遅くの訪問を許していただき、感謝の念を申し上げます」
「ご丁寧に、先ほど、火急の件とお聞きしましたが、何かございましたか?」
「はい、実は、その、お願いしたいことがありまして、」
ベスはニックの姿を真似た悪魔の様子を、訝し気に見ている王宮からの使者コーショウに自然な感じで着席を促す。コーショウからの丁寧な挨拶を聞き流して速やかに用件を尋ねる。少し礼儀を外れたやり方であったが、コーショウはそれを咎めなかった。そして、言いにくそうに用件を切り出しはじめた。
「はい、なんでしょうか」
「その、まず、ドラム様の容態はその後? 」
やはり来たか。ベスが想定した通りの質問がされる。
「ええ、旦那様はどのような様子かしら? 」
「未だに、休養は必要ですね、面会など負担避けるべきだと思います」
「という事なのですが、ご納得いただけますか?」
打合せ通りに、ベスはヒノクに問いかける。
ヒノクの思い付いた作戦は2段構えである。一つはとにかく専門家である自分ができないととにかく主張する。もう一つは、それでも強く求めるようであれば、ドラムの部屋まで案内して部屋の外から声を聴かせるというものだ。この声は悪魔が出すという計画だが、そこで一つ問題が発生し、それを修正していた。であるから、今、2人は何とか作戦の第一段階で諦めてもらえるように強めに、そして、いかにも深刻そうに話す。
「そうですか、あ、あの、それは、どうしてもという事でしょうか?」
「ええ、そうですね。どのようなことになるか分からないですし、」
「そうですか、」
「ご用件は、それだけですか? 」
コーショウは青い顔でヒノクに問いただし、ヒノクから返答に声を震わせて、下を向いた。ベスはそのタイミングで話を切り上げるように動き出した。
「お、お待ちいただきたい。どうか、ベス様、お力添えください。」
「ですが、ドラムは、」
「分かっております。どうか一日だけでも、」
「一日? 」
「どうか、奇跡の使い手様のお力をお借りしたい、どうか、どうか、お願いします!!!」
コーショウは地に頭をつけんばかりの土下座を全員に向かって披露した。
「ん? 」「え? 」「へ? 」
「いえ、その、実は、その、もちろん、謝礼は致します。お願いいたします!」




