奇跡編 3
王都の夜は暗い。月や星が出ていれば、少しはましなのだが、それでもやはり暗い。そんな中でドラムの屋敷迫る馬の音とかすかな話声をコーショウと御者は確かに聞いた。すぐに、御者はコーショウの前に動く、手に持った明かりを上に持ち上げて、遠くを照らし、姿が見えない相手に警戒する。向こうもそれに気づいたのか、立ち止まる。
王国の首都たる王都であっても、場所により治安は上下する。貧民街などは最下層の場所であるし、貴族が多く住むこの場所は最上層にある。だが、いくら治安がいい場所とはいえ、全く危ないかといえば、そうではない。コーショウは先ほどまで感じていた待たされているという苛立ちを忘れ、明かりの届かない夜の中にいる相手が何者か考える。その時、向こうから声がかかる。
「……、こんばんわ、よい夜じゃ」
「……、こんばんわ、ええ、よい夜ですね」
「お屋敷に何か用があるのか? 」
「ええ、少し、用があり参りました。今取次ぎを頼んでいるのです。貴方は夜の散歩ですか? 」
「ああ、そうじゃ、邪魔したな」
声の主は古めかしい喋り方をした。老人のような声であるのに、声には力強さを感じた。一言、二言話すと、声の主はその場を離れた。完全に、気配が消えるまで御者は明かりを高く掲げていたが、ほどなくして、それを下げた。
「……、離れたか? 」
「はい、気配は感じません。」
「何とも、恐ろしい雰囲気であるな」
「はい、何者でしょうか? 」
「分からない。しかし、」
コーショウと御者が闇の先にいた相手の正体を考えていると、屋敷の門がゆっくりと開き始めた。2人は、話し合うのをやめて、屋敷の中に進む。
「ニック、どうじゃった? 」
「わからん。しゃべりは、おそらく本物の貴族の小僧と馬飼いじゃな。見る限り、服装も上等なものじゃ、あと、どうにも、何か、手を出してはいけない気がしたのぉ」
「そうか。お前さんの勘か、それは、信じんとな」
「ああ、お前らはどう見る? 」
「私は、あ、門が開きました。中に入っていきますよ」
「なに? 感づかれたか? よし、リョーエンはここで見張れ、ニック、裏口に回るぞ」
「了解」
「分かりました。」
ニック達が屋敷に到着したのは、ついさっきの事であった。夜も更け、人が出歩いていないだろうと、無警戒に進んでいた時、屋敷の前に人の気配を感じた。
歴戦の強者であるニック達は、すぐに気配を隠し、相手を観察する。特に目立って不審な動きを見せない相手に、まずはニックが接触を試みた。しばらく、門衛の真似事をしていたので、訪問者に対しての言葉など多少は心得があった。
ニックが話しかける間も、ドラムとリョーエンは相手を観察する。何かしら、合図を送るような動きがないか、他に潜む者はいないのか、慎重に目を凝らす。
彼らが警戒したのは、門の前にいるのが見張りである可能性だ。大規模な強盗、夜盗の集団の場合、役割を分担して仕事にあたることが多い。夜遅い時間に貴族の屋敷を訪れる人間なんて、悪事を試みるものしかいない。コーショウ達が警戒した以上に、ニック達は警戒した。
そして、3人が作戦会議をする中で、屋敷の門が開き、その中に貴族風の男の姿が消えると、ドラムは決断し、リョーエンを残して、ニックと一緒に裏口に向かう。屋敷の中にある金銀を狙うものであればいいが、家族を狙ったものであったなら、ドラムもニックも無言で駆けていた。
門が閉じられると、コーショウは少し安堵した。同じ暗闇であっても、門の中と外ではやはり違う。先ほど不思議な気配の持ち主と話した時の不安な気持ちが和らいだ。
「お待たせしてしまい、申し訳ない。屋敷まで案内する。」
完全武装の鎧を着た騎士がそこに立っていた。その声は、先ほど会話した男の声と驚くほど似ていたが、しゃべり方が少し違っていた。
「え?」
「聞こえなかったか? 屋敷まで案内する。ついて来い、いや、こちらについて来てくれ」
「あ、ああ、いや、先ほど外で、」
「? 来ないのか? 急ぎの用事があるのではないのか? 」
「う、うん、そうだ、その通りだ」
先ほど聞いた声と全く同じ声だが、やはり別人なのか、先ほどのような威圧感を感じない。騎士は急かしたてるわけではなく、不思議そうな様子でこちらに話しかけてくる。その言葉に、自分の用事を思い出してコーショウは騎士の案内に従う。
「ベス…様、お客人様をお連れいたしました。」
「ふふ、あい、どうぞ、中に、」
屋敷の中を騎士はずんずんと進み、ある部屋の前にコーショウを案内し、ノックをすることなく部屋の中にいる者に入室を確認する。いささか、無作法な感じがするやり方だが、部屋の中の主はそれを特に咎めようとしないで、入室を許す。
部屋の中、そこにはドラムの妻であるベスと警護の女性、そして、目的の奇跡の使い手がいた。
「では、失礼します」
騎士は案内が終わると急いで部屋の外に出ていく、そしてすぐに、騎士の気配が消える。案内の最中もそうだが、騎士は完全武装でありながら、ほとんど物音を立てずに歩いていた。そして、今も、まるで煙のように音が消えた。
騎士として訓練等を積んでいないコーショウであったが、金属の鎧を着て音を立てずに歩くということがどれほどの訓練で身に着くものなのか、想像し、かの騎士の実力に身震いした。




