奇跡編 2
「、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、……」
目の前にいるザーマが私に向かって、何度も謝罪を繰り返す。
―ああ、これは夢だ。
私は、その青い顔をした友人の姿を見て、何度も見た悪夢だとすぐに分かる。あの日のことを、私は何度も夢に見てしまう。私にとって最悪であった日、私の最愛の人と友人を失った日、この悪夢は終わらない。きっと、私が死ぬまで悩まされるものだろう。だから、だからこそ、私は、
ハッと目が覚めた。何時くらいなのか、辺りは暗い。なにか、悪い夢でも見たのか、胸の中は熱く、苦しい。何度か深呼吸して、心が落ち着くのを待つ。しかしどうしても、胸のあたりの熱は消えず、次第に、眠気も遠のいてしまう。私は一旦寝るのをあきらめ、水をいただく為に部屋をでた。
昨日、おじい様たちを見送りしてから、屋敷の中は少しだけ寂しくなった。お婆様たちは表面上変わりない様子であったが、私には何処か心ここに有らずに見えた。おじい様は、もう北のお城に着いたのか? 北のお城で何か大変なことになっていないのか? そんな不安を皆が抱えていたのだろう。
静かな朝食、寂しい茶会、どこか味気ない夕食を取り、日が完全に沈む前に部屋へと戻った。会話がないわけではないが、どこか、空虚な一日は、それまでの楽しかった毎日に比べて、物足りない一日であった。
考え事をしながらも、屋敷を歩いていて、部屋に明かりが見えた。お婆様たちが集まり何か話をしていた。
「おーい、起きろー! おきてくださーい! お客さんですよー!」
悪魔は、とりあえず、屋敷の女主人たるベスを起こしに向かった。いつもならば、この時間、ベスなり、ヒノクは昔話に花を咲かせて、酒を飲みかわしているのだが、今日は珍しく早めに就寝していた。
悪魔が門番の真似事をしていたのは、別に自発的ではない。昨日出がけに、ニックから頼まれたのだ。「何かあったら、……分かるだろ? 」たったそれだけの言葉で、悪魔は首を縦に振るしかなかった。
いやいや、夜の門番の真似事をしていたら、昼間も来た王宮の使者が来た。悪魔としては、朝に来てくださいと言いたいところだが、すぐに取りつけと剣を見せて来たので、仕方なく、ベスを起こしに来た。
「…ん、……んぅーん、何かしら、悪魔ちゃん? お客さん? 」
「王宮の使者さんが着ましたよー、門あけろー!っていてるけど? 」
「……、まずいわね、ばれちゃったのかしら? ヒノちゃんと、ギクリちゃん起こしてきて!」
「いや、待たせているのに、そんな悠長な、」
「いいから2人を起こしてきて、食堂にいるから来てと伝えて、」
「はぁ? 」
ベスからの指示に従い、他の2人も起しに向かう。2人とも王宮からの使者と聞いて、すぐに起きて、食堂に向かう。悪魔もなんとなくそのまま、食堂に付いて行った。
「どうしようかしら? 」
「ばれたという事よね? 」
「やっぱり、ヒノちゃん、あの説明が少し胡散臭かったのよ! 」
「いや、だって、あれ以外ないでしょ? ずっと待つって言ったのよ? そもそも、ベス姉が、」
「……、2人とも、今はそんな事より先に話すことがあるでしょ? 悪魔、使者さんはどんな人? 」
ねぇ?
あなた達、何したの?
なんで、そんな会話しているの? ばれた? 胡散臭い? あんたら王宮の使者を騙したの?
王宮の使者って、王様って、一番偉い人間だよね? よくやるわ、ほんとによくやるよ。
急に会話を振られた悪魔は考えていたことを飲み込んで、王宮からの使者の様子を伝える事にした。
「だいぶ、慌てていた。とにかく急ぎだから、開けろの一点張りで、用件は口にしなかった。あと、確か、コーショウと名乗っていたよ。なぁ、こんなことしてないで早く迎えたほうが、」
「何をしているのですか? 」
悪魔の言葉にかぶさるようにノイエがその場に登場した。
「ノイエ、どうしたの?」
「あ、あの、水をいただきに、その、王宮の使者って、」
「水だってよ、ベス? 」
「あそこのツボに組んであるから、」
「あ、あの、使者様が来てるんですか? 大変じゃないですか、早く、お迎えしないと、」
「「「……、いや、その、ちょっと待って、」」」
大人三人の言葉が見事にかぶる。悪魔やノイエのように考えるのが普通だ。本来、王宮からの使者なんて来ない。使者を待たせるなんて、あまりも褒められることではない。だからすぐに、迎えるべきなのだが、大人三人にも事情があった。
コーショウという名前に覚えがある。昼間に姿を見せた使者の名前だ。ばれている。明らかにばれているのだ。ドラムが謹慎を破って北の砦に向かったことがばれている。おそらく、今回はドラムを見るまで帰らないだろう。三人はどうしたものか、考え、考える。
「おーい、急に黙らないでくれよ? 王宮の使者ってえらい奴だろ? あんまり待たせるのは、失礼だろう? 違うのか? 」
「お婆様、私も悪魔さんのおっしゃる通りだと思います。」
「あ! そうだ!」
ヒノクは急に大きな声を出す。何やら、土壇場での名案が浮かんだようで、他の者に説明を始める。
どれほど待たされたのか、コーショウはイライラとしながらドラムの屋敷の前で立っていた。傍に控える御者も困った顔で傍に控える。
「遅い。なぜこれほどかかるのか」
「まあまあ、落ち着いて、なんといっても急ですし」
「しかし、昼間、これほど待たされなかった」
「夜ですからね、ご婦人はいろいろ準備がありますし」
と話していると、夜の闇から人の声と馬の音が聞こえる。




